筆者は今シーズン開幕前から、久保建英(22歳)の評価基準を記してきた。

「Tirar del Carro」

 それは、「荷車を引く」という意味から転じて、「先頭に立ってやる、一番難しい仕事を引き受ける」という"リーダーの資質"である。

 現在、久保はそれをほとんど完璧にやってのけている。開幕から3試合連続でゲームMVPを受賞。勝利を目指して力強くチームをけん引している。久保はもはや覚醒した感がある。

 ところが、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)は3試合連続引き分け、まったく調子が上がらない。久保の進化にチームは追いつくことができるのか。


直近のラス・パルマス戦に先発、後半30分に退いた久保建英

 8月25日、グランカナリア。久保を擁するラ・レアルは北大西洋に浮かぶ島に乗り込んでいる。

「前半のようなプレーだったら、負けるのが普通だし、引き分けることすら難しい」

 イマノル・アルグアシル監督が自ら猛省するほど、チームはうまくいっていない。バルサBを長く率いたガルシア・ピミエンタ監督やサンドロ・ラミレスなど元バルサの選手を多く集め、ペドリやダビド・シルバなどファンタジスタを数々生み出してきた土壌を持つラス・パルマス相手に劣勢となった。なかなか敵陣でプレーすることができない。ビルドアップにも四苦八苦だった。

 その不利を挽回したのが、久保である。

 17分、右サイドで下がってボールを受けると、中にボールを運び、相手を動かすことで攻撃の渦を生み出す。右で再びボールを受けると、左足でクロスを入れる。クリアされたボールを回収し、再び右で1対1になるも孤立無援で、やり直し。三たび、右で受けると、今度はフォローがあるもタイミングが合わなかった。

 しかし1分間、波状攻撃の中心となっていた。

 32分にはマーカーを食いつかせて入れ替わり、左足を振る。これは惜しくもバーの上を超えた。ただ、相手の脅威になっていた。

 前半終了間際には、マーカーだった左サイドバックを翻弄する。誘い込んで振りきると、後ろからシャツを引っ張られ、イエローカードを誘発。これで牽制に成功し、相手は完全に動きを止めた。

【現地紙は久保に高評価もチームは不調】

 後半、久保はさらに躍動している。51分、中盤に落ちてGKのロングパスを受けると、左を走ったミケル・オヤルサバルに左足で絶妙の展開。54分、右サイドを縦にボールを運び、マーカーを振りきってクロスを折り返し、味方のシュートはブロックされた。しかし相手のバックパスを久保がすかさず回収。自ら左足でゴールを狙ったが、これもバーの上に外れた。

 73分には、すでに交代していた左サイドバックを簡単に振りきって、マルティン・スビメンディに絶好のクロスを送ったが、ヘディングはGKにセーブされる。スコアレスのまま推移したが、得点になってもおかしくはなかった。

「ラ・レアルの選手で、一番インスピレーションを感じさせた。パワー切れになるまで、挑戦することをやめなかった」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』の評価は端的だろう。

 75分、モハメド・アリ・ショと交代でベンチに下がったのは、控え目に言っても"意外"だった。

「(久保は)痛烈だった。マーカーの(セルジ・)カルモナの対応に当初は手こずっていたが、一度制すると、そこから深みを作っている。2本の決定的シュートを放ち、2本目は決められる形だった」

 スペイン大手スポーツ紙『エル・ムンド・デポルティーボ』も、久保をそう称賛している。

 もっとも、各紙が最高評価を与えたのは、前節と同じくGKアレックス・レミーロだった。全体で見ると、やや不利だった試合でのスコアレスドロー。レミーロは一度ならず、決定機を止めていただけに、最高の殊勲者と言えるだろう。

 つまり、チームとして好調とは言えない証左だ。

 敵地とは言え、似たスタイルのラス・パルマスに劣勢だった事実は重い。攻撃の仕組みは昨シーズンと同じだが、精度は低くなっている。阿吽の呼吸のパスで崩すような場面はほとんどない。相手に読まれているのもあるだろう。

 また、ラス・パルマスでジョナタン・ビエラのような"アーティスト"が躍動しているのを見ていると、「ダビド・シルバがいれば......」という嘆き節が出てしまう。ダビド・シルバはラ・レアルの仕組みを完結させていた。ラス・パルマス戦でデビューしたアルセン・ザハリャン(ロシア代表)は前線で緩急を作るよりも、強度を与えるタイプで、「後継者」という評判には疑問符がつく。

 再三書いていることだが、久保のほうがダビド・シルバに近い。ただし、彼はよりゴールに近いところで最大の力を発揮する。昨季、ダビド・シルバがトップ下で久保が2トップの一角というコンビで旋風を巻き起こしたように......。

 攻撃が単発になっているのは、FW陣のパワー不足も明らかだろう。アレクサンダー・セルロートは移籍し、アンドレ・シルバはケガ、カルロス・フェルナンデスは実力的に1シーズンを通して活躍するのは厳しく、ウマル・サディクはあらゆる点でフィットしていない。ストライカー的ポジションができるオヤルサバルも、まだ復活途上だ。

 結局、久保が孤軍奮闘するしかない。

 8月31日には、9月に開幕するチャンピオンズリーグ本戦の組み合わせが決まる。ラ・レアルはポット4に入ったことで、強敵との対戦が予想される。率直に言って、ベスト16進出は至難の業だろう。

 久保がチームを引っ張り、勝ち筋を見つけるしかない。