宇野昌磨のコーチ、ランビエルと高橋大輔の「対決」長い年月をかけて身につけた技の数々
2006年トリノ五輪で銀メダルを獲得し、世界選手権は2005、2006年と連覇するなど、かつて一世を風靡したステファン・ランビエル(スイス)の流麗なスケーティングは、健在だった。
『フレンズ・オン・アイス』公開リハーサルに登場したステファン・ランビエル
体のラインだけで静ひつさを醸し出す。『交響曲第5番 アダージェット』のピアノの旋律に、身をゆだねる。鍵盤をなでるような丁寧さと大きな体躯(たいく)を活かしたダイナミックさで、丹念に音を拾い上げる。
感極まった拍手のなか、既視感が浮かぶ。
現在の世界王者である宇野昌磨に通じる気配があったのだ。
言うまでもなく、ランビエルは宇野のコーチであり、窮地から救い、羽ばたかせた師匠である。肩甲骨の使い方ひとつで背中は美しく見えるし、指先にまで神経を通わせることで演技の引力は増すわけだが、伝承されるものはあるのか。
ふたりは体格も年齢も違うし、ランビエルだけの色があるように、宇野だけの華やかさもあるが、どこか似た気配をまとうのだ。
師弟関係のふたりだが、フィギュアスケーターたちはそうやって何かをシェアし、受け継ぐのだろう。【高橋大輔、ランビエルのステップ対決】
8月24日、横浜。アイスショー『フレンズ・オン・アイス』で、名だたるスケーターたちが競演している。
新鋭の三宅星南が「W杯に負けない演技を」と意気込み、サッカー日本代表のテレビ中継でも使用される、サラ・ブライトマンの『A Question of Honour』で今シーズンの新プログラムを披露した。
昨シーズンのグランプリ(GP)ファイナル女王である三原舞依も新プログラムとなるセリーヌ・ディオンの『To Love You More』でダブルアクセルや3回転フリップを成功させ、バレエジャンプでエッジを利かせた。
一方、プロスケーターの本田武史、安藤美姫、鈴木明子、荒川静香はそれぞれの世界観で滑った。ひとつの時代をつくった英雄たちの円熟味か。エッジの使い方、肩の上げ下げ、表情のつくり方だけで独自の世界を表現した。
登場したスケーターたちの呼吸は、お互いリンクしていた。
「『この曲なら、このスケーターに』という感じで、個々のよさを引き出す割り振りでコラボはつくってきました」
ショーの座長である荒川は語っていたが、それぞれの世代や種目のスケーターが調和させることで、エンターテイメント性を高めていた。
前半の山場である『Poeta』は象徴的だろう。史上最も美しい世界王者だった高橋大輔、ランビエルのグループナンバー、そこに村元哉中がソロで、アンドリュー・ポジェも共演した。「滑る」が凝縮され、組み合わさって、ため息が出るほどの技量だった。
「大ちゃん(高橋)はもともとシングルで持っていたスキルに、アイスダンサーとして培ったものもあって。ステファンとは『ステップ対決』みたいな感じで、ふたりの情熱がバシッと重なり合うようなところがありました。私は(リハーサルで)一番いい席で見せてもらいましたが、スケートファンが見たいもの、と思いました」
ランビエルと高橋大輔らのグループナンバーもあった
日本のフィギュアスケートをけん引し、背負ってきた者たちが切磋琢磨することで、そこに続く者がいる。
キッズスケーターとして登場した小学生のカップルは、「(村元と高橋の)かなだいに憧れて」アイスダンスをスタートさせたという。『カルメン』を懸命に演じきり、ファンの拍手を浴びた。晴れ舞台に立った昂揚は、ふたりの成長の触媒となるだろう。
この日、かなだいはプロ転向後、初めて新プログラムを披露していた。
「アイスダンスのおもしろさを伝えたい」
かつてふたりはそう話していたが、たった3年で全日本王者となり、世界トップテンに迫り、道標になっている。種目を超え、フィギュアスケート人気の幅を広げた功績は大きい。
ショーは後半、シェイ=リーン・ボーンが南アフリカW杯の大会ソングでシャキーラの『Waka Waka』を踊って、リンクを楽しい空間につつむ。名手ジェイソン・ブラウンは『Adios』を滑り、フィギュアスケートを生きるために彫られたような肉体で、万感のスピンを見せた。鈴木明子は『Yo Soy Maria』でタンゴを情熱に踊っている。
長い年月をかけ、身につけた技はどれも珠玉だった。
「明日の活力となるようなショーに」
荒川はそう語っていたが、きっと勇気を与えるだろう。スケーターたちは熱気のなかでさらに輝きを増す。そこに響くのはフィギュアスケート賛歌だ。
シングルからアイスダンサーに転向した高橋にインタビューした時、彼が熱っぽく言っていたことがある。
「舞台(『氷艶』)を経験し、他ジャンルの人とのコラボで、スケートの可能性はまだまだ広がる、と感じました。自分はできる限り長く、スケートで表現していきたい。人と組むことで、いろんな伝え方ができるようになるはず。僕は滑り続けますよ。(スケートに関して)競技者か、プロか、その境をなくしています。どっちか、というのはありません」
氷上の表現者としての矜持が、フィギュアスケートの道を広げ続けるのだ。