「ジャガーのイメージ」一変させるE-PRIXの活躍
第15戦の舞台になったイーストロンドンを走るジャガーTCSレーシングのマシン(写真:Jaguar Japan)
ジャガーのイメージってなんだと思いますか――。
JLRジャガー担当マネージングディレクターのラウドン・グローバー氏に、私はそうたずねられた。
場所は、ロンドン。イーストロンドンのドックランズにある「エクセル・ロンドン」なる巨大な見本市会場を使って、2023年7月末に「ロンドン E-PRIX(イープリ)」が開催されたときだった。
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E-PRIXとは、グランプリに対してBEV(バッテリー駆動のピュアEV)を使うレースのことで、正式には「ABB FIAフォーミュラE世界選手権」のロンドン戦。第15戦と、2022−2023年シーズンの最終戦が、ロンドンを舞台に開かれたのだった。
ジャガーは、この選手権に参戦するチームのなかでも古株だ。レースが始まったのが2014年10月で、同社は2016年10月に始まった2016−2017年シーズンから参戦している。
なぜ、ジャガーは熱心にフォーミュラEに取り組んでいるのだろう。それを知るにも、ロンドンでのレースを観るのはいいチャンスだった。
実は電動化に熱心なジャガー
日本でのイメージはあまり強くないかもしれないが、ジャガーは電動化に熱心なブランドだ。市販BEVにおいても、2018年にいち早く「I-PACE(アイペース)」というクロスオーバー車型のモデルを発売している。
2025年には、新世代のピュアEVの発売も予定しているし、そこからジャガーはピュアEVのブランドになるという。
ジャガーがいち早く製品化したBEVのI-PACE(写真:Jaguar Japan)
「Race To Road And Road To Race」(レースカーと市販車の技術をたがいに役立てる)を標榜するジャガー。「実際にレースの技術を活かして、I-PACEの航続距離を伸ばすこともできたんです」と、マネージングディレクターのグローバー氏は言っている。
フォーミュラEのレギュレーションでは、シャシーやタイヤ、フロントサスペンション、バッテリーなどは、すべてのチームで同一規格のものを使用。リアに搭載され、後輪を駆動するモーターやインバーター、コンピューターユニット、リアサスペンションがチーム独自の開発となる。
2022年−23年シーズン(シーズン9)では、マシンが第3世代へと進化。車体が軽量化され、パワーが上がり、フロントに回生用モーターが搭載される一方、リアブレーキが省略された。
私が観たのは、第15戦。市街地で比較的コンパクトに開催でき、多くの人がアクセスしやすいようにというフォーミュラEの企画どおり、特設コースには一部、一般道も使用される。
びっくりしたのは、速度感だ。エンジン音や排気音がなく静かなため、なんとなくおだやかなレースだろうと考えていたが、エンジンより加速力にすぐれるモーターゆえ、速い速い。
ミッチ・エバンスの乗るジャガーTCSレーシングはラップ9から終始レースをリード(写真:Jaguar Japan)
1周およそ2.1kmのコースは、あえて屈曲を多くしたり、コース幅をそれほど大きくとらないなど、速度を抑える工夫がなされている。なにしろ理論上、マシンは時速350kmを超えるというのだ。
レース中の最速ラップタイムをみると、1周を1分12秒ほどで走ってしまう。十分に速度を落とすシケインなどがあっても、平均速度は時速100kmを超える。
第15戦では勝利を獲得
今回、私はレース前に同じコースをI-PACEでの同乗体験することができた。このクルマもトルクがたっぷりあって、路面に張り付くようにコーナリングする。ドライバーはかなり攻めた走りをしてくれたため、シケインやバリアなどがすぐ膻に迫って、ドキドキした。
レースでも、ドライバーたちの走りは想像以上にアグレッシブだった。タイトなコーナーでは、膻に並んだ相手のマシンをコース外に押しだしてしまう光景を何度も目撃。
混戦のレースをリードするジャガーTCSレーシング(写真:Jaguar Japan)
途中、ライバルチームの2台にマシンを外に押し出された(そうなるとバリアに突っ込むことになる)が、押しだされたチームのマネジャーが相手のピットに文句を言いにいく場面すらあった。
ジャガーTCSレーシングは、このレースでみごとな走りっぷりを展開。特に第15戦では、ニュージーランド人のエースドライバー、ミッチ・エバンスは早々とトップをとるや、クルマ同士のアクシデントにもレース中断のレッドフラッグにも影響されず、首位を守りきった。
「フォーミュラEの認知はどんどん上がっていて、このレースでもメインスタンドは満席。この点でも、この選手権に参加している意義は十分にあります」
グローバー氏は、「フォーミュラEに参戦しつづけてきた理由は」という私の質問に対して、そう答えた。
圧倒的な速さを見せつければ、ジャガーの技術力のいい宣伝にもなり、次世代のBEVの前評判を盛り立てることもできる。それにサステナビリティ、地球環境保全の取り組みのアピールにもなる。
「フォーミュラEは“ネットゼロ・カーボン”(CO2排出量が正味ゼロ)を目指す」と、主催の国際自動車連盟(FIA)はうたい、「タイヤは1セットしか使わない」、マシンもドライバー1人に1台のみで「スペアカーの用意はしない」というレギュレーションを敷く。
ピットでマシンを間近に見ることもできた。タイヤはHANKOOKが採用される(筆者撮影)
シーズン9で新たに投入された第3世代のマシンは、発電機(バイオ燃料使用)で作られた電気の90%以上をエネルギーとして使えるという。高効率のICE(内燃機関)ですら40%台がやっとだから、エネルギー効率は大きく違う。
マシンは軽量かつ高剛性の炭素樹脂製だが、そのパーツにはリサイクル素材が使われている。航空産業や宇宙産業で使ったものを、特殊な技術でフォーミュラEマシン用に作り直すのだという。
ジャガーという名は今「未来」の2文字と重なる
イギリスでは今、BEVの販売が好調といい、それもフォーミュラE人気の下支えになっているとか。
このレースの開催が発表された2012年の時点では、「理念は立派だけれど、レースとしておもしろいんだろうか」と思ったものだが、思いは杞憂でマシン性能を含めたレギュレーション改定により、レースはどんどんおもしろくなっている。東京でも2024年3月30日の開催が公示されたから、楽しみだ。
ジャガー担当マネージングディレクターのラウドン・グローバー氏(写真:Jaguar Japan)
ところで、「ジャガーのイメージってなんだと思いますか」とグローバー氏からたずねられたとき、「1980年代初頭の『XJサルーン』の乗り心地は雲みたいだった」とか、「グレース・ケリーも愛した『XK』は今も美しい」とか、そんなことがパパっと頭に浮かんだ。
でも、ここまで読んでくださった読者なら、それが過去のイメージだということにお気づきだろう。実際にはフォーミュラEやI-PACEで見られるとおり、ジャガーという名前は今、「未来」という文字と二重写しになっている。東京のレースに足を運べば、きっとよくわかるはず。
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)