藤浪晋太郎が在籍したアスレチックス本拠地は「昭和のパ・リーグ」ラスベガス移転で生まれ変わるか
カリフォルニア州オークランドといえば、1980年代後半から90年代にかけてマーク・マグワイアとホセ・カンセコの"バッシュ・ブラザーズ"に、"世界の盗塁王"リッキー・ヘンダーソンを擁し、黄金時代を築いたアスレチックスのフランチャイズとして日本の野球ファンにも知られていた。
それから時が経ち、アスレチックスの名を再び目にするようになったのは、2011年に上映された『マネーボール』。その内容は、経営危機に瀕した球団をやりくり上手のGMが低予算で再建するという話。しかし、そのやりくりも巨大資本を擁する隣町のサンフランシスコ・ジャイアンツやロサンゼルス・ドジャース、ニューヨーク・ヤンキースといった、いわゆる"ビッグ・マーケット球団"の前に後塵を拝することが多くなり、近年は低迷が続いている。
チームが弱くなれば、かつては強さの象徴であったホームグラウンドも貧相に見えてくる。実際、ボールパーク仕様の新しいスタジアムが各地で建設されるなか、1966年に建てられた収容約3万5000人のオークランド・コロシアムはその名のとおり、古代ローマの遺跡を思わせるかのように老朽化が進んでいる。
観客動員数が5000人を下回ることも珍しくないアスレチックスの本拠地オークランド・コロシアム
2019年以来、ネーミングライツもついていないのは、広告価値を見出せなくなっているからだろう。移転を再三ちらつかせる球団を前に、オークランド市もベイエリアに新球場を建設する計画をぶち上げたが、それをあと押しするはずの市民が「ノー」を突きつけ、頓挫することになった。
世界のトップリーグであるMLBの球団でありながら、観客動員数は年々減少。昨シーズンの1試合あたりの観客動員数はMLBで唯一1万人を割り込み、日本の12球団すべてを下回るどころか、メキシカンリーグのティファナ・トロスにまで抜かれる有様である。こんなチームに税金を使われることに、オークランド市民が手を挙げることはなかった。
近年は、数年おきにやってくるMLBの日本開幕シリーズの"かませ犬"役としてしか認知されていなかったアスレチックスが藤浪晋太郎を獲得したのは、その荒削りな才能に光明を見出したからだろうが、今や世界でもトップを争うほどの人気球団である阪神タイガースのブランド力を利用した可能性もある。
ロサンゼルス郊外に本拠地を置く、ある意味でアスレチックスと同じ立ち位置のアナハイム・エンゼルスは、大谷翔平を獲得したおかげで日本人ファンがスタジアムに押し寄せ、グッズも驚異的なペースで売れている。高校時代は大谷以上の逸材とも言われた藤浪に期待を寄せたのも頷ける。
しかし藤浪は、メジャー移籍後も課題であった制球難を克服できず、先発投手としては結果を残せないまま、リリーフへと回った。一時期2ケタに迫ろうかという防御率の一方で、チームの勝ち頭になっていたが、それだけ登板機会が多かったということだ。
そしてアスレチックスは、ポストシーズンを狙うボルチモア・オリオールズという"売り先"が見つかると、さっさと売り渡してしまった。このチームにとっては、数年後のビジョンよりも、いま手に入るキャッシュのほうが重要なのだ。
ある日の試合前、スタジアムにいたベテランカメラマンが声をかけてきて、「大谷はいないけど、ウチにも日本人がいるんだ」と藤浪の名を出してきた。
「彼はこの前、トレードに出されたよ」と返すと、「えぇ?? アイツ、いなくなっちゃったのか」と驚きの声を上げていた。
つまり、藤浪のオークランドにおける存在は、その程度だったというわけだ。世界中からタレントが集まるアメリカ球界は、メジャー、マイナー問わず、各国から選手がやってくる。アスレチックスのマイナーの試合を見に行った時は、台湾人投手が先発のマウンドに上がっていた。アメリカの野球ファンはそれを珍しいことともとらえず、彼らが卓越したパフォーマンスを示したあとに受け入れる。
結局のところ、藤浪はオークランドの人々の心をつかむ前に去ってしまった。
【2年後のラスベガス移転が現実的に】そもそもオークランドの人々にとって、日本人選手どころではないのだ。おそらく2年後にはこの街からチームがなくなるのだから。
新球場建設のメドが立たないなか、アスレチックスは3A球団のあるラスベガスへの移転を決めた。ラスベガス・アビエイターズは、マイナーでもトップランクの人気を誇るチームだ。昨年も1試合平均約7000人を集めている。メジャー球団がマイナー球団に観客動員で負けるという屈辱の歴史をつくる前に移転したほうがいいと考えたのかもしれない。
すでに新球場建設のための土地を買いつけ、オークランド・コロシアムとの契約が切れる来年限りで去り、しばらくはこのマイナーチームの球場を使用するという。もちろんファンは黙ってはいない。外野席の応援団はドラムを鳴らし、旗を振って応援。そして外野フェンスに多くの垂れ幕をぶら下げている。
そのなかに、「KAVAL OUT」、「FISHER OUT」の文字があった。聞けばふたりの共同オーナーの名だという。しかし、彼らの声がオーナーたちに届くことはなさそうだ。いかんせん数が少なすぎる。閑散としたスタンドに虚しく響く太鼓の音は、40年前の「昭和パ・リーグ」を彷彿とさせた。1970年代から1980年代のパ・リーグの球場には閑古鳥が鳴き、そして各球団は身売りや移転を繰り返した。
この夜の観客は約4000人。2A並みと言っていい。昭和パ・リーグではけっこうな入りだったかもしれないが、器が大きい分、余計に寂しさが募る。スタンド最下層内部にはラウンジ席が設けられているが、閑古鳥が鳴くなか、野球に興味のない来場者がゲームを楽しんでいる。
アメリカの野球ファンにとって、オーナーの交代は大きな出来事ではない。しかしフランチャイズの変更は、チームが消滅するに等しいおおごとである。カリフォルニア州のオークランドからネバダ州のラスベガスはあまりに遠い。
移転が明るみになったあと、ファンは抗議の意を示すために球場に押しかけることを呼びかけたが、それでも1万人を集めるのがやっとだった。身売りや移転が決まってからファンが騒ぎ立てるのは、「昭和パ・リーグ」でも見られた光景だ。オーナー側からすれば、ビジネスにならない場所からは去るのみということなのだろう。
この夜の試合も、アスレチックスが先制したものの、絵に書いたような逆転負け。ファンも慣れっこになっているのだろう。淡々とした表情で帰路についていた。
オークランド・コロシアムはアメリカでは珍しい地下鉄でアクセスできる球場だ。サンフランシスコのダウンタウンまで20分という交通至便なこの地下鉄だが、試合後とは思えないほど空いていたのも「昭和パ・リーグ」だった。
一時、消滅の危機に瀕したパ・リーグだが、今は隆盛を極めている。MLBで後発のアメリカン・リーグがナショナル・リーグの観客数を追い抜いたように、近い将来、セ・リーグを人気面でも凌駕する日が来るかもしれない。その隆盛の裏には、幾多の身売り、移転の歴史があった。
アスレチックスも移転という劇薬によって生まれ変わるべきなのかもしれない。