F1レッドブルの連勝を止めるのはハミルトンかルクレールか「化ける可能性がある」若手か?
中野信治・F1インタビュー<2023年前半戦>後編(全3回)
2023年のF1の後半戦は第14戦オランダGP(決勝8月27日)からスタートする。レッドブルとマックス・フェルスタッペンがチャンピオンシップを独走するが、はたしてその勢いを止めるチームは出てくるのだろうか。元F1ドライバーの中野信治氏が、レッドブル連勝ストップの可能性、後半戦の注目選手を語る。
* * *
中野信治 今季の後半戦で僕がもっとも注目しているドライバーは、マクラーレンのランド・ノリス(23歳)とオスカー・ピアストリ(22歳)。マクラーレンのマシンは中盤戦にかけてアップデートに成功し、大きく競争力を上げてきました。それに伴って、若いふたりが本来の力を発揮し始めました。
中野信治氏が注目する22歳のオスカー・ピアストリ 撮影/桜井淳雄
もともとノリスはバツグンのスピード感覚を持っています。彼の高速域でのマシンの動かし方やコーナーを抜けていく速度のデータを見ていると、レッドブルのマックス・フェルスタッペン、メルセデスのルイス・ハミルトン、フェラーリのシャルル・ルクレールに匹敵すると思っています。
ノリスと新人のピアストリの走行データを比較すると、両者はほぼ互角。コーナーによっては、ピアストリがノリスをやっつけてしまうのでないかというぐらいの走りをしているんです。これは驚きでした。これからピアストリが経験を重ねて、すごいドライバーに化ける可能性があります。
今シーズンは中団グループの戦いが接戦でおもしろいですが、そのなかでも印象に残ったドライバーを挙げるとすれば、まずはハースのニコ・ヒュルケンベルグです。2019年限りでレギュラーシートを失い、4年ぶりに復帰したヒュルケンベルグは、とにかく予選のアタックをまとめるのがうまい。決して速いとは言えないハースのマシンで予選のトップ10に何度も入っています。
今年、イギリスに行った時にハースでエンジニアリングディレクターを務める小松礼雄さんと食事をする機会があり、その時にヒュルケンベルグについていろいろ話を聞きました。彼はものごとを論理的にきっちり組み立てていくタイプで、クルマに対するフィードバックが的確ですごく細かいそうです。しかも、走行後には必ず「To Doリスト」をつくって小松さんのところに送ってきて、「ここをこうしたい」と細かくリクエストしてくるとのことです。
そこまでやって初めて自信を持って走れるというんです。予選の一発の集中力と、ラップをまとめる能力はトップグループのドライバーに匹敵するレベル。強さの根底には、見えないところで本当に細かい作業を積み重ねているんですよね。
ハースのマシンはアップデートして徐々によくなってきていますが、レースではタイヤの摩耗に苦しんでいます。それでも、ヒュルケンベルグの予選のアタックは一見の価値があるので、ぜひ注目してほしいです。【後半戦はアルファタウリに期待】
ウイリアムズのアレクサンダー・アルボンも前半戦で目立ったドライバーのひとりです。27歳のアルボンはもともと元気のいいドライバーですが、F1参戦4シーズン目を迎え、さまざまな経験を積んで成熟してきました。
彼はクルマをコントロールするのがすごくうまい。今年のウイリアムズのマシンはダウンフォース(※マシンを地面に抑えつける力)が少なく、軽くて暴れることもありますが、それを繊細なドライビングで絶妙にコントロールしています。
あとアルボンは好不調の波が少なく、いつも同じテンションで戦うことができている。こういう選手は強いです。うしろから攻められても焦らないし、ミスもしない。自分のペースを崩さずに走ることができるので、タイヤをスライドさせて余計な負荷をかけることが少ない。結果、うまくタイヤをもたせることができます。
アルボンのよさが存分に発揮された第9戦カナダGPはすごく印象的でした。タイヤをうまくマネジメントして、絶対に不可能だと言われた1ストップ作戦をみごとにやり抜き、7位入賞を果たしました。
アルボンの強さの根底にあるのはメンタルの強さ。一流のメンタルコントロールができているので、ポイントを獲得できているのだと思います。
中団でしのぎを削っているのが角田裕毅選手の所属するアルファタウリです。前半戦の最後のレースとなったベルギーGPで角田選手が10位に入り、今季3度目の入賞を飾りました。
今年のアルファタウリのマシンは直線スピードでライバルにおくれをとっています。ベルギーGPの舞台となったスパ・フランコルシャンは長いストレートがありますので、セットアップの方向性をこれまでと大きく変え、他のチームよりもダウンフォースを減らすセッティングをしてきました。ダウンフォースが少ないとコーナーリングで苦戦するはずなのですが、意外に遅くなってないことが今回のレースで判明したといいます。
今、アルファタウリのエンジニアたちはセットアップの最適化の方法を発見しつつあるのかなと思っています。同時にドライバーも走らせ方を学んで、自分たちが持っている武器の使い方をようやくチームとしてつかんできたのかもしれません。後半戦は期待したいですね。
元F1ドライバーで解説者の中野信治氏
後半戦の最大の見どころは「レッドブルの連勝がどこまで続くのか?」ということだと思います。でも、夏休み前のハンガリーGPやベルギーGPでのレッドブルとフェルスタッペンの走りを見ていると、彼らが負ける姿は、正直言ってなかなかイメージできません。
後半戦、どこかのチームがマシンのアップデートを成功させ、そのマシンがサーキットのコンディションにピタッとマッチングした時にレッドブルを倒す可能性が出てくるかなと。サーキットで言えば、レッドブルが強いストレートがそれほど長くないところですね。シンガポールやアブダビ、メキシコも意外とチャンスはあるかもしれません。
フェルスタッペンを倒す可能性があるとすれば、マクラーレンのノリスとピアストリ、メルセデスのハミルトンとジョージ・ラッセル、あとはフェラーリのルクレールというのが僕の見立てです。
マクラーレンはクルマが決まったら、少なくとも予選ではレッドブルといい勝負をすると思いますが、タイヤに厳しいところが弱点。フェラーリのマシンもタイヤに厳しい傾向がありますが、アップデートによってかなり改善されてきました。ただ、戦略やチームワークに課題を抱えています。
その点、メルセデスのマシンはタイヤにやさしいですし、ハミルトンとラッセルのコンビは強力。チーム力も高いので、クルマがコースにうまくハマれば、レッドブルを打ち負かす可能性はあります。
とはいえ、安定感のあるホンダのPUと、タイヤをうまく使えるという部分でのレッドブルのアドバンテージは絶大です。レッドブルとフェルスタッペンに対抗するチームとドライバーが出てきてほしいですが、大きなトラブルやミスがない限り、彼らを倒せる可能性はかなり低いと言わざるを得ません。(終わり)
前編<中野信治に聞くなぜフェルスタッペンはここまで強いのか?レッドブルのマシン特性から考察>を読む
中編<F1角田裕毅とF2岩佐歩夢の変化に中野信治が驚き「人間はここまで変わるんだな」>を読む
【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿(前・鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として、現在F2選手権に参戦する岩佐歩夢をはじめ国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜日のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。