加藤未唯の「お客さんも自然と喜んでくれる」テニスの魅力 もうすぐ開幕の全米OPに期待「今年はWTAファイナルズ出場を狙っている」
加藤未唯インタビュー後編(全3回)
◆加藤未唯・前編>>涙で言葉に詰まり...「もうテニスを辞めるしかないのかな」
◆加藤未唯・中編>>「失格後」の混合ダブルスにどんな思いで臨んだのか
見ている人に、楽しいと思ってもらえるテニスをしたい──。
それは加藤未唯がたびたび口にしている、彼女の信条ともいえる言葉だ。156cmと小柄ながらコートを縦横に駆け、驚異の反射神経でボールに飛びつく。
躍動感と創造性あふれるそのプレーは、ネット際のスピーディな攻防が増えるダブルスで特に発揮され、見る者を魅了してきた。
「大舞台が好き」という生粋のエンターテイナーの、『魅せるテニス』の精髄に迫る。
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加藤未唯が満を辞して全米オープンに挑む
「プレーのなかで、身体が勝手に動いている時に、テニスをしていて楽しいと感じる」と彼女は言う。
「ここで右足を出して......とか考えすぎると、足もとが硬くなるような感じになり、動きが制限されることが多いんです。でも、『ボールが来たから動く』という感覚の時や、『このあたりにボールが来たらいいな』みたいな感じで動いている時は、けっこうひらめきもありますし、勝手に身体が動いて意外性のあるプレーもできると思います。
もちろん準備は大切なので、しっかりトレーニングとウォームアップをして試合に挑みます。でも、いい意味でちょっと適当な感じというか、硬くなりすぎずにやっている時が、一番いいパフォーマンスができている気がします。
ほかの人がやらないようなことをやれば、見ている人も驚いたりしてくれる。それをやろうと思っているわけではないですが、ちょっと派手なショットや、ジャンピングショットなど大きな動きができている時は、自分がプレーを楽しめている時なんです。そうすると、お客さんも自然と喜んでくれるんですね。
海外の選手に比べたら私はパワーがないので、同じようなことを同じようにしていたら決められない。何かやっぱり、ダイナミックに動いたりしないとポイントが取れないなかで、今のようなプレースタイルになったんだと思います」
それが、本人が解き明かす『楽しいプレー』の本質だ。
この言葉が内包するのは、「身体が勝手に動くこと」であり、身体が勝手に動く状態とは、練習の積み重ねにより脳内に構築した「精緻なプログラム」の実行だ。
同時に、トリッキーな動きのなかから創造性あふれるショットを生み出せるのは、加藤を指導するトレーナーの横山正吾氏いわく、「空間認識能力が高いから」。そのような能力は、「日ごろから意外性のあることをするのが好き、という個人の性格にも関わってくる」と横山氏は見る。
実際に、加藤は子どもの頃から「自分が楽しむことも、人を楽しませるのも好きだった」と言った。そんな性向だからこそ、観衆の存在は彼女にとって、いいプレーを生み出す重要なファクターだ。
「そうですね、子どもの頃から注目されるなかで試合をするのが好きでした。隅っこのコートでやるよりも、多くのお客さんが『何かしてくれるんじゃないかな』みたいに期待してくれる雰囲気がある時のほうが、力が発揮できると思います。
やっぱりテニスプレーヤーは、見られているからこそ成り立つ職業でもある。そこを常に意識しているわけではないですが、たぶん、本能的に感じていたんだと思います」
それらの内面的要因に加え、今季の彼女がテニスを楽しめているわけは、技術面の変化=進化にもあるようだ。
その顕著な例が、バックハンドのボレーを両手打ちにしたこと。理由は「チョンと落とす、短いボレーの習得」にあった。
以前の加藤は、片手でボレーを打っていた。だが、昨年の夏頃に「それでは相手の強打を吸収しきれない」と感じたという。そこで両手でラケットを握り、球威を柔らかく受け止め、ネット際に落とす技の体得を目指した。
その試みが、さらなる気づきにより昇華し結実したのが、今年3月。BNPパリバ・オープン(WTA1000)の2回戦で、世界2位ペアのココ・ガウフ/ジェシカ・ペグラ(アメリカ)と対戦した時である。
ガウフ/ペグラ組との対戦は、この時が今季早くも3度目。過去2度の対戦では、ガウフの「読みのよさ」の前に連敗を喫していた。
「特に2度目の試合では、負けた瞬間に『これは何か変えないと、この人たちには勝てない』と思ったんです」と、加藤は当時を回想する。
「そこで(2度目の試合後に)予定を変更し、すぐに日本に帰って練習しました」
敗因を噛みしめて向かった、帰国の途。それは『短いボレー』に磨きをかけ、広角かつ鋭角に打ち分けるボレーも練習するためだった。
奇しくも......というべきか。その直後に出場したBNPパリバ・オープンで、加藤たちは三度、世界2位ペアと相まみえる。しかも対戦の日は、ガウフの誕生日。相手の自国での一戦は、当然ながらアウェーの熱気に満たされた。
だが、それは彼女が好む、多くの観客が注目する華やかな舞台、でもある。はたして試合は、一進一退の激しい攻防の末に、加藤/アルディラ・スチアディ組がファイナルセットを制す。
「すぐに練習の成果が出た。あえて日本に帰った意味があった」と会心の笑みを広げる、「ここ最近で最もうれしい勝利」だった。
そのBNPパリバ・オープンでのベスト4を含め、今季は全豪、全仏、そしてウインブルドンでも女子ダブルスでベスト16進出と、安定して好成績を残している。
とりわけ大きいのは、ウインブルドンで掴んだふたつの勝利だった。
「フレンチオープンのあと、試合をしても楽しいと思えない時期が続いていたんです。芝のコートに苦手意識もあったので、ウインブルドンの前哨戦は3大会に出て、一回も勝てなかった。それでも日本に帰らず、どうにか以前のテニスを取り戻したいと思って試合に出続けたのが、よかったと思います。
ウインブルドン前にちょっと気づけたことがあったし、苦手だと思っていたウインブルドンでもシードを守れた(ベスト16進出)のは、あの時の私にとっては、すごく大きなことでした。今振り返れば、3回戦なのでそこまで喜ぶ結果ではないのですが、あの時はすごくうれしかったですね」
苦手意識を抱くウインブルドンから、彼女が持ち返ったもの──。それは「ベスト16」という結果のみならず、試合を楽しむ心と、勝利とともに胸の内を満たす喜び。そして、新たな技習得への意欲と手応えでもあるという。
「芝での試合の時に、もっとできたらよかったなと思っていたプレーがあるんです。それはハードコートでも通用することなので、今、ある技を磨いているところです。
今年はWTAファイナルズ(※)出場を狙っているので、ここで止まっているわけにいかない。もっと上を目指しているし、その目標に向かって集中して取り組めています。
※=年間最終ランキングでシングルス上位8名、ダブルス上位8組が出場できるツアー最終戦。加藤/スチアディ組は現在11位につけている。
今回は磨いている技もあるし、ウインブルドンでもあそこまで行けたということは、ハードコートではもっと行けるんじゃないか? そういう自分への期待があるので、ここからが楽しみです」
明確な目的地と新たな技の獲得は、彼女の熱源である『テニスを楽しむ』気持ちを一層増幅させる。
8月28日に開幕する全米オープンでは、見る者を魅了する加藤未唯らしいテニスが、ハードコートいっぱいに描かれるはずだ。
<了>
【profile】
加藤未唯(かとう・みゆ)
1994年11月21日生まれ、京都府京都市出身。8歳からテニスを始め、2013年10月にプロ入り。2017年の全豪オープン女子ダブルスでは穂積絵莉とのペアでベスト4進出。2018年の東レPPOでは二宮真琴とのペアでツアー初優勝を果たし、2023年6月の全仏オープン混合ダブルスではティム・プッツ(ドイツ)とのペアでツアー2勝目。身長156cm。利き手=右、バックハンド=両手打ち。キャリア自己最高ランキングはシングルス122位、ダブルス30位。