2023年7月27日、祖国解放戦争勝利(朝鮮戦争停戦)70周年慶祝閲兵式でロシアのセルゲイ・ショイグ国防相(前列左から2人目)と談笑する金正恩朝鮮労働党総書記(同3人目)(写真・朝鮮通信=時事)

7月27日は1950年に勃発した朝鮮戦争(〜1953年)で休戦協定が結ばれた日だ。北朝鮮においては「祖国解放戦争勝利記念日」となる。休戦協定締結から70年を迎えた2023年、北朝鮮では「戦勝節」として祝賀行事が行われた。

毎年、この日にはそれなりの祝賀行事が行われてきたが、2023年はこれまでにはない光景が見られた。ロシアから軍事代表団、中国からは党・政府代表団が招かれ、閲兵式では北朝鮮の最高指導者である金正恩・朝鮮労働党総書記とともに参観したためだ。

これ以外にも、ロシア側代表のセルゲイ・ショイグ国防相とともに金総書記が「武装装備展示会」を参観するなどロシア代表団への厚遇ぶりが目を引いた。2012年に金正恩政権となって以降、外国使節団が閲兵式に参加したのは3回で、いずれも中国の使節団だった。ロシアとしては、今回が初めてとなった。

北朝鮮メディアの報道もロシア側代表団に集中

北朝鮮がロシアを歓待したのは、北朝鮮メディアの報道ぶりからもわかる。韓国のシンクタンク・統一研究院の洪萊(ホン・ミン)北韓(北朝鮮)研究室長が作成した「北韓停戦協定日70周年記念閲兵式分析」という報告書によれば、北朝鮮メディアが祝賀行事に関する報道で掲載した写真は全部で202枚。そのうち、ロシアと中国の代表団関連の写真は129枚、写真枚数全体の64%を占めると明らかにしている。

また朝鮮労働党の機関誌『労働新聞』2023年7月27、28日付に掲載された写真は、中国側代表団に関しては30枚だったにもかかわらず、ロシア側代表団に関する写真は84枚と、実に中国側の3倍近い枚数を掲載してロシア代表団の動静を報道している。

今回、ウクライナ戦争が続いている中、北朝鮮がショイグ国防相をはじめロシアの軍事代表団を招き、かつ、かつてない厚遇で迎えたのはなぜか。世界的に著名な朝鮮半島問題専門家で韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授に話を聞いた。ランコフ教授はロシア出身で、平壌の金日成総合大学への留学経験を持つ研究者だ。

――金総書記はショイグ国防相はじめロシア側代表団をかなり厚遇したという印象が拭えません。北朝鮮メディアには、「戦略・戦術的共同・協調」「共同戦線」「戦略的団結」「同じ塹壕」といった連帯をアピールする言葉がちりばめられています。

その通りです。その前に、ロシアと中国からの代表団が訪朝し、閲兵式まで参観したことは、北朝鮮の核問題に対する国際的な連帯が崩壊したことを意味する、ということです。北朝鮮にとっては、国際社会が北朝鮮を事実上の核保有国として認めるという流れに向けた非常に大きな一歩だといえるでしょう。

確かに北朝鮮は今回、ロシア側を中国側よりも重要だと判断しました。ロシア側は平壌の「武装装備展示会」まで訪問しましたが、これは北朝鮮との軍事協力を長らく禁止してきた国連安全保障理事会(安保理)の制裁に対する露骨な挑戦と見るほかありません。

一方で、中国側はしたたかでした。

中国の習近平政権が代表団トップに選んだのは李鴻忠・中国共産党政治局員で、全国人民代表大会(全人代=国会)の副委員長です。李氏は高位の政治家ですが、軍事とはあまり関係がなく、祝賀行事に参加するために派遣されたという程度の意味合いです。

今回、習近平国家主席は、プーチン大統領よりも外交が上手だということがわかります。世界情勢を客観的に把握できることを改めて示しました。不必要な世界との摩擦を避けた、ということです。

【記者註】中国はこれまで40周年(1993年)、60周年(2013年)の“戦勝節”行事に代表団を派遣している。1993年当時は胡錦濤・中国共産党中央政治局常務委員(後の国家主席)が、2013年には李源潮・同政治局委員・国家副主席が代表として訪朝している。政治的地位からすれば、今回の李鴻忠氏は李源潮氏とそれほど変わらない人物だ。

韓国とアメリカに警告を与えたロシア

――今回、プーチン政権が代表団を訪朝させたことはどのような意味を持つのでしょうか。

私は、今回の訪朝でロシア側が達成しようとした目的は次のように考えます。

まず、韓国に対する警告です。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は7月15日にウクライナを訪問しました。この訪問により、韓国がウクライナに向けて軍事支援を行う可能性が高いとみられています。そのため、ロシアからすれば「ウクライナに韓国が軍事支援を行えば、ロシアは北朝鮮に軍事支援を行う」という圧力をかけたかったのでしょう。

次に、アメリカを初めとする西側諸国への恐喝です。この数週間、ロシアの親政府系メディアの報道をみると、核戦争の話がよく出ています。「核戦争は危険だが、必要悪だ」との内容の報道が目立つようになりました。

これは、必ずしもプーチン大統領をはじめとするロシア指導部が、本物の核兵器を使用する考えがあることを意味するものではないかもしれません。とはいえ、アメリカに対して強力な心理的圧迫を行っているのだと思います。ロシアが北朝鮮を軍事的に支援すれば、これはアメリカにとって深刻な圧力となるでしょう。

最後に、ロシア代表団の訪朝は、中国・ロシア・北朝鮮の3カ国軍事同盟、厳密に言えば、「3カ国軍事準同盟」が成立可能だということを示したかったということです。

――先に指摘された「武装装備展示会」に金総書記がショイグ国防相を案内しました。これまで「北朝鮮製武器がロシアに輸出されているのではないか」という懸念がありましたが、これが再燃しています。

北朝鮮がロシアに武器などを輸出していれば、これは露骨な国連安保理決議違反になります。ロシアが北朝鮮からひそかに武器を購入する可能性は拭えません。当然、北朝鮮もそうすれば外貨を稼ぐことになります。


アンドレイ・ランコフ/1963年、旧ソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード国立大学を卒業後、同大学の博士課程を修了。金日成総合大学に留学した経験もある。母校やオーストラリア国立大学などで教鞭をとった後、現職。著書に、『平壌の我慢強い庶民たち』『スターリンから金日成へ』『民衆の北朝鮮』『北朝鮮の核心』など邦訳も多数(写真:ランコフ氏提供)

北朝鮮は旧ソ連時代の兵器を大量に生産する能力は確かにあります。しかし、最新兵器を必要な規模で生産できるかどうかは疑わしい。そのため、ロシアが北朝鮮から武器を輸入したとしても、軍事的効果においてそれほど得るものは多くはないのが実情です。

もちろんロシアが「北朝鮮から武器を輸入する」と言えます。しかしこれはあくまでもアメリカなど西側諸国への脅しといったレベルでしょう。現実主義というよりは象徴主義的なものにすぎないと考えます。

参考記事「ロシアが北朝鮮に販売した武器を買い戻した理由」

北朝鮮も米韓に強硬なメッセージを発信

閲兵式では、金総書記ではなく強純男(カン・スンナム)国防相が演説した。金総書記が演説をしなかったのは、最高指導者がアメリカなど西側に恐慌的なメッセージを発信してしまうことによる中国とロシアへの影響を考慮したものと思われる。とはいえ、強国防相はアメリカと韓国の軍事的な動きに対して強く警告した。

例えば、韓国にアメリカの原子力潜水艦が寄港するなど、アメリカの戦略的装備が朝鮮半島に展開しつつあることに強く反発してきた。今回の閲兵式を含む祝賀行事を行うことで、北朝鮮はロシアと中国と連帯できること、また武器開発の成果を固辞することによって、アメリカや韓国に対し外交・軍事的な強いメッセージを送りたかったと考えられる。

2023年8月18日に、アメリカで日米韓首脳会議が開催されるが、今回の北朝鮮の姿勢をどうみるか。日本の安全保障にも重大な影響を与えそうだ。

(福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト)