ロシアが占拠するザポリージャ原発。送電線がたびたび破壊されるなど、危機的状況が続いている(写真:ロイター/アフロ)

7月初旬、ロシアの支配下にあるウクライナ南部のザポリージャ原子力発電所(ウクライナ・ザポリージャ州)の3号機および4号機建屋の屋根に爆発物のようなものが仕掛けられていると、ウクライナ軍参謀本部が発表した。ロシアはこれを否定するなど、ウクライナ、ロシア双方が相手の責任としつつも、ともに爆発に類する危険な事態が起こる可能性があることを認めている。

一方で2022年9月から同原発に職員を常駐させている国際原子力機関(IAEA)は同7日、「これまで立ち入りが許可された区域では『地雷や爆発物の目に見える痕跡』は確認されなかった」と発表。しかし、IAEAは原発を占領するロシアから建屋屋上などへの立ち入りが認められず、その後1カ月近くが経過しても、常駐する職員による検証ができていないのが実情だ。

出力100万キロワットの原子炉6基を擁するザポリージャ原発はその規模においてヨーロッパ最大であり、炉心溶融などの重大事故が起きれば、ウクライナにとどまらずヨーロッパ全域に放射能被害が及ぶと危惧されている。

そのザポリージャ原発をめぐっては、砲撃などの戦闘で送電線がたびたび破損し、非常用ディーゼル発電機によって核燃料の冷却がかろうじて継続されるという綱渡りの状況が続いてきた。職員のストレスと疲労も極限に達しつつあると指摘される。現在までに、炉心溶融などの重大事故は幸運にも回避されているが、いつ何時、世界を恐怖に陥れる破局的な事態が起きても不思議ではない。

国際社会が行動を起こすことで最悪の事態を防ぐ手だてはないのか――。その答えを導き出すには、ロシアがどんな目的で同原発を支配してきたのかについて理解することがまず第一に必要だ。

侵攻直後から原発制圧を狙う

ロシア軍によるザポリージャ原発制圧についてウクライナ政府がIAEAに通知したのは2022年3月4日のことだった。しかし同2月26日には原発につながる主要送電線の一つが失われており、侵攻直後から原発の支配権をめぐる攻防があったと考えられる。侵攻開始初日の2月24日に制圧したチョルノービリ原発(チェルノブイリ原発)と同様、ザポリージャ原発は侵攻直後から優先的な制圧対象であったことがわかる。

その後チョルノービリ原発からロシア軍は撤退するが、対照的にザポリージャ支配は今でも続いている。ロシアの目的はいったい何だろうか。

ロシア側の公式な主張は、「ウクライナ側による核施設での破壊工作を阻止するため」というものだ。しかしこの「核テロを防ぐため」という、ロシア政府関係者が公に語る目的は、ザポリージャ原発長期支配を説明するには不十分だ。核物質軍事転用を本気で恐れたのならば、ウクライナのすべての核施設を管理下に置かなければならない。さらに、膨大な核燃料を貯蔵しているチョルノービリ原発から軍を撤退させたことも説明がつかない。


こうした疑問に関して、ウクライナ原子力規制国家監督局元長官のグリゴリー・プラチコフ氏の分析が興味深い。2022年8月11日のForbesウクライナ版記事において同氏は、ザポリージャ制圧には主に以下3つの目的があると指摘している。
(1)産業スパイ目的:同原発におけるアメリカ製核燃料や技術情報の取得
(2)電力インフラ争奪目的:ロシア送電網につなぎクリミアやロシア本土への供給に使う
(3)軍事拠点転用目的:ウクライナ軍が攻撃しにくい後方軍事拠点としての利用

これまでの同原発をめぐる両国の動きを見る限り、この整理は妥当だと評価できる。それぞれについて検証してみたい。

むき出しにされた軍事転用目的

(1)について、同原発ではアメリカ・ウェスチングハウス製核燃料や同ホルテック製の使用済み燃料貯蔵システムが使用されている。2023年4月19日付のアメリカCNN報道によれば、アメリカ・エネルギー省はロシア国営ロスアトムに対する書簡で、ザポリージャ原発にアメリカの輸出規制対象の技術があることを認め、ロシア企業が許可なくそれら技術を入手・利用することは違法だ、と批判している。

しかし、ロシア側の専門家は制圧後、比較的早い段階で必要な技術情報を取得し、すでに産業スパイ目的は重要ではなくなっているとみられる。

(2)について、ロシアが同原発を電力インフラとして利用する目的があったことは明らかだ。

時系列で見ると、2022年4月にロスアトムによる事実上の支配が始まる。その後、ロシアのフスヌリン副首相が「同原発をロシアへの電力供給に使い、余った電力をウクライナに売る」という意図を表明した(同年5月18日付のコメルサント紙)。10月には大統領令で同原発をロシア国有資産とし、同原発運転を担当するロシア国営企業も設立された。「核テロを防ぐことだけが目的」であるのなら、これらはすべて必要のない手続きだ。

なお「電力インフラ争奪目的」は、すでにほぼ達成不可能になっている。2022年8月から9月にかけて原発に電力を供給する主要な送電線はすべて破壊され、その後すべての原子炉が停止を余儀なくされた。IAEAの報告書によれば、同年11月2日には5号機および6号機が冷温停止状態に移行した。その後、同原発で一部熱供給は行っているものの発電は行われていない。

それでは経済的価値を失ったザポリージャ原発をロシアが支配し続ける理由は何なのだろうか。それを説明できるのが(3)の「軍事拠点転用」だ。

前出のプラチコフ氏は、ロシアには「ウクライナ軍が砲撃しにくい後方軍時拠点」としてザポリージャ原発を利用する意図があると指摘する。

プーチン大統領はウクライナを攻撃するために同原発にロシア軍の兵器を配備していることを否定している。その一方で原発警備のために軍用車両(タイガー戦車)があることは認めている(2022年9月7日、東方経済フォーラムにおける発言)。他方、IAEAは、同原発敷地内に兵器(military equipment)が配備されていることを確認している。ロシア軍が実効支配継続を狙うザポリージャ州における軍事拠点として同原発を利用していることは間違いない。


しかしこの「軍事拠点転用」はうまくいっているとはいえない。というのも、原発はそれほど「砲撃されにくい拠点」ではないからだ。

原発をめぐり両軍が攻防戦に突入

ロシア、ウクライナ双方が相手側によるものと批判しているが、同原発およびその安全確保に不可欠な送電線が繰り返し攻撃され、損傷していることは事実だ。IAEAの報告書によれば、原発周辺に地雷が仕掛けられていることが被害を拡大し、送電線の復旧を妨げている。

プーチン大統領が主張するようにロシア軍が直接同原発を攻撃していないことが事実だとしても、地雷を周囲に設置するなどして原発を危険にさらしていることは間違いない。それだけでも、原発を攻撃しているも同然であり、ロシア軍の責任は大きい。

一方、日本のメディアの報道ではウクライナ軍が原発周辺に兵力を振り向け、砲弾を撃ち込んでいることについてはほとんど触れられていない。イギリスTimes紙の記事(2023年4月8日付)によれば、2022年10月19日にウクライナ軍によるザポリージャ原発奪還作戦が実行されたことを、ウクライナの特殊部隊や情報機関のメンバーが認めている。

Times紙によれば同作戦において、アメリカから供与された高機動ロケット砲システムHIMARSも使用されており、アメリカから提供された位置情報が利用された可能性も指摘されている。この奪還作戦はロシアの反撃で失敗に終わり、原発施設内の攻防とはならなかったが、原発周辺で砲撃の応酬が続いたことは間違いない。

つまり原発を支配し兵器を配備しても相手方から攻撃され、盤石な拠点たりえない。とはいえ、ロシア側としてはウクライナ軍による原発奪還を許せば、ウクライナ東部と南部を結ぶ要衝であるザポリージャ州奪還への弾みをつけかねない。このように引くに引けない状況で、経済資産としては守る価値のなくなった原発の支配が続いている。

軍事拠点として利用価値がある限り、ロシアが意図的に原子炉の爆破など破壊工作を試みることは考えにくい。他方、ウクライナ側も、自国領土に放射能被害を及ぼしてまで、原発を奪還するメリットもないだろう。しかしこれは両軍が合目的的に行動した場合のことであり、指揮系統の乱れや、自暴自棄な行動、誤爆などの可能性はある。

それ以前に同原発ではスペア部品の供給が途絶え、必要なメンテナンスや点検もできていない。今年6月のカホフカダム決壊後、冷却水の安定供給にも懸念が生じている。7月24日時点でIAEAは「数カ月分の冷却水がある」との見解を示しているが、冷却池の水位低下を認めている。爆破されずとも、今の状態は事故の一歩手前であるとみるべきだ。

IAEAはロシア・ウクライナ両政府に対して同原発への兵器・兵士の配備や同原発への攻撃を禁止する「非軍事ゾーン」設置を提案してきた。

しかし、2023年7月現在この提案は実現できていない。ロシア、ウクライナ双方がこの非軍事ゾーンをめぐる合意を相手側が妨害していると批判している。

原発から両軍の引き離しを

「非軍事ゾーン」を設定し有効に機能させるには、最低でもロシア軍による兵器の撤去、ウクライナ軍による軍事的奪還作戦放棄を保証することが必要になる。IAEAの仲介だけではこの提案が実現できないことは明らかだ。国際社会全体からの両政府への強い働きかけが必要だ。しかし、穀物合意をめぐる仲介努力に比べて原発非軍事ゾーン合意に向けての各国および国連の積極的な動きは見えない。

そこで筆者は以下のようなことを提案したい。

現在、ロシアと原子力分野での取引を行う国はまとまって、ロシアに同原発からの撤退を要請すべきだ。例えば、2022年の穀物合意の仲介で役割を果たしたトルコでは、ロスアトムによる原発の建設が進められている。

トルコの場合、ザポリージャ原発が炉心溶融などの最悪の事態に陥った場合、放射性物質の飛散により、国土が被害を受ける可能性がある。被害国になりうるトルコを含め、ロシアと原子力分野で協力関係にある国は、ザポリージャ原発の軍事制圧を続けるのであれば、ロシアおよびロスアトムとは取引を凍結するくらいの強い働きかけをすべきだ。

一方、ウクライナを軍事支援しているG7、北大西洋条約機構(NATO)諸国は、「武力による原発奪還はしない」という法的拘束力のある確約をウクライナから取り付ける必要がある。ザポリージャ原発がウクライナ軍に奪還される可能性がある限り、ロシア軍の撤退は考えにくいからだ。

これは侵略された側のウクライナに対して不当に厳しい要求と見えるかもしれない。しかしウクライナによる武力奪還が成功する場合、敗走する側による自暴自棄な破壊行動を誘発する危険がある。最悪の事態を回避するためには、「非軍事ゾーン」の設定が急務だ。そのためには、ロシアによる軍事支配をやめさせるとともに、ウクライナにも武力による奪還を断念させることが必要だ。ウクライナにとっては厳しい要求となるが、世界を破局から救うには現状ではそれ以外に方法はない。

(尾松 亮 : 作家・ジャーナリスト)