全国に33あった整備工場のうち、すべての工場で水増し請求が行われていた疑いがあるという(編集部撮影)

「動かざること山の如し」。戦国時代の武将・武田信玄の旗印「風林火山」ではないが、そんな広報姿勢を徹底的に貫いてきた大企業がある。それが中古車販売大手・ビッグモーターだ。そんな「山」がついに今月、動いた。それが、ビッグモーターが7月5日に発表した「特別調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」だ。

損害保険各社に事故車両の修理代を水増し請求をしていた疑いで、弁護士などからなる特別調査委員会が報告書を提出し、不正を認定した。今回、報告書がまとまったことを受けて、「お知らせ」を発表したのだ。

だが、この「お知らせ」。どうにも不誠実極まりないものに見える。私は現在は企業の広報PRを支援する者として、以前はテレビ東京記者として900を超える記者会見に出たが、これほど「内容の薄い謝罪文」、そして「そっけない対応」を見たことがない。

ビッグモーターの謝罪対応がいかに企業広報のモラルから、かけ離れた異様なものだったのか。なぜ、今回に限って「お知らせ」を出したのか。さらに「完全黙殺」はこれからも機能し続けるのか。広報PRを専門とする立場から、紐解いてみたい。

極めてあっさりした「お知らせ」

東洋経済によると、報告書には全国に33あった整備工場のうち、すべての工場において事故車修理費用の水増し請求の疑義があったことが報告されているという。

これは、単にビッグモーターと保険会社の間にとどまらない問題だ。本来必要のない保険を利用して等級が必要以上に下がってしまい、保険料が割高になった契約者がいる可能性も十分にあるからだ。ビッグモーターで修理歴のある全利用者にとって、決して「他人事」ではない話なのだ。

このように大きく広がる可能性のある深刻な問題なのだが、「お知らせ」は極めてあっさりしたものだった。字数にすると、本文は400字にも満たない。

肝心の中身も、「関係者の皆さまにはご迷惑とご心配をお掛けしておりますことを深くお詫び申し上げます」といった定形表現を除けば、以下の記載にとどまっている。

本調査にて自動車保険金請求において、不適切な行為があったと認められました。
特別調査委員会からの再発防止策の提言は以下のとおりです。
・鈑金部門における適切な営業目標の設定
・リスクマネジメントを実効的に行うための内部統制体制の整備
・懲戒処分の運用の適正化等
・現場の声を拾い上げるための努力
・従業員教育の強化

「不適切な行為」の内容が具体的にどのようなものだったのか。あるいは再発防止策として、具体的に何をすべきと指摘されたのか。これでは全くわからない。

(編集部による補足:なお、東洋経済オンラインでは、「不適切な行為」の内容や、再発防止策についてビッグモーター側に質問状を送付しています。返答があり次第こちらに追記します)


7月5日にビッグモーターが公式サイトにアップした「お知らせ」(出所:ビッグモーター公式サイト)

そして目を引いたのは、箇条書きの最初にある「鈑金」の文字だ。自動車業界「以外」で、この言葉を知っている人がどれほどいるだろうか。古い自動車修理工場の名称などでは使われているそうだが、一般的には「板金」と記されているものだ。「鈑」の字は、使用頻度が高い常識的な漢字として国が制定した「常用漢字」にも含まれていない。

「普通の会社」の広報であれば、仮に社内で「鈑金」の文字が使われていたとしても対外的にはわかりやすさを重視して「板金部門」と記すか、「修理部門」などと表現を変えるだろう。

責任者の処分に対する言及も、問い合わせ先もない

この「お知らせ」が異様なのは、これだけではない。責任者の処分に対する言及も一切、ないのだ。これだけ悪質な不祥事であれば、社長や担当役員の辞任、あるいは減俸などの処分があって然るべきではないか。

処分内容だけではなく、問い合わせ先に関する記載もまったくないのだ。「自分もビッグモーターで修理をしたことがあるが、不正請求されていないのか」。不安を抱いている顧客が問い合わせる窓口すら、記載がないのだ。


インフォメーションの欄に「お知らせ」(出所:ビッグモーター公式サイト)

この「お知らせ」の掲載場所も、実にそっけないものだ。トップページで大々的にうたっている「6年連続買取台数日本一」のずっと下部の「インフォメーション」の欄に「ビッグモーター神栖店 2023年7月8日(土)オープン『オープンチラシ公開中!』」という告知と一緒に並んでいるだけなのだ。

同じサイト内で「お知らせ」よりもはるかに大きく掲げられた「ビッグモーターが提案する安心の自動車保険」というバナーが、虚しく見えてしまう。

実に空疎な「お知らせ」なのだが、ビッグモーターとしては「出しただけマシ」とも言える。というのも、ビッグモーターはどのような不祥事や疑惑を指摘されても、反応してこなかったからだ。

昨年は「展示車とみられる車両がナンバープレートを付けずに公道を走る写真」「無料見積もりを依頼したら、勝手にドラムブレーキを分解されて、追加料金まで請求された」といった投稿が炎上した。

今年に入っても「車検で必要な検査の一部を実施せず不正合格させたとして、九州運輸局が熊本浜線店の民間車検場の指定を取り消した」ことを朝日新聞、熊本放送、熊本日日新聞などが記事にしている。

さらに5月5日号の『FRIDAY』は「客のタイヤにネジを突き立てパンクさせて、工賃を請求」「高級タイヤに取り替えたとウソをついて安価なタイヤを使い、その差額を利益に」「車検を行っていたのは無資格のスタッフ」など、にわかに信じられないほどの内容を報じている。

まさに、不祥事や疑惑のオンパレードなのだが、ビッグモーターは謝罪会見どころか、どのメディアの取材にも応じず、コメントも発表していない。徹底して「完全黙殺」を貫いてきたのだ。

「完全黙殺」の数少ない例外が、昨年9月5日の「一部報道に関する、問い合わせ窓口開設のご案内」と、今年1月30日の「特別調査委員会設置のお知らせ」だ。

前者の「問い合わせ窓口開設のご案内」も、実に不親切なものだった。この「ご案内」は以下の書き出しで始まる。

先般のマスコミ報道により、お客様、お取引先様をはじめ関係する皆さまに多⼤なるご不安・ご⼼配をお掛けしますことを⼼よりお詫び申し上げます。

そして「ご案内」を最後まで読み進めても、「一部報道」がどのようなものであったのか、一切「案内」されることはない。「一部報道」を目にしていない顧客にとっては、「何のことかさっぱりわからない」代物なのだ。

後者の「特別調査委員会設置のお知らせ」にしても、最小限の情報開示しか行っていない。特別調査委員会のメンバーとして、委員長の名前しか明らかにしていない。委員長以外はどのような人選を行ったのか、全くわからないのだ。

ビッグモーターの異様なる「完全黙殺」の広報戦略

さて、ビッグモーターが「完全沈黙」を破った今回の「特別調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」、昨年9月の「一部報道に関する、問い合わせ窓口開設のご案内」、今年1月の「特別調査委員会設置のお知らせ」には、ある共通点がある。いずれも保険金の不正請求に直結する事案なのだ。

なぜ保険金不正請求「だけ」は、最低限ながらも「完全黙殺」を破ったのか。東洋経済によると、このような経緯だったという。

調査委や取引のある大手損保からは報告書の公表を強く求められていたにもかかわらず、受領後も「1カ月近くにわたって延々と渋り、公表の有無を自ら決めようとしなかった」(調査委の関係者)という。

有力取引先である大手損保からのプレッシャーがある事案だけを渋々、コメントしているのだとしたら、自社の修理サービスを信じて任せてくれた顧客に対する誠意はどこにあるのかと問いただしたくもなる。

ビッグモーターの異様なる「完全黙殺」の広報戦略だが、これまでは功を奏してきた。「完全黙殺」が機能してきた理由は、3つに集約できる。

ひとつはビッグモーターが非上場であること。非上場なので、決算会見や株主総会といった経営者が追及されうる「公の場」に立つ必要がないのだ。

2つ目は「完全黙殺」によって、メディアの報道を「結果的に」最小限で抑えることができたことだ。

もし何らかの謝罪コメントをビッグモーターが発表すれば、メディアは「謝罪コメントを出した」という「事実」を報じることができる。だが、何のコメントも出さなければ、メディアはSNSや『FRIDAY』が指摘する不祥事が「事実」かどうか、「自ら」取材しなくてはならない。取材して「事実」だと確認できたとしても、所詮、SNSや『FRIDAY』の「二番煎じ」に過ぎない。記者心理としては、「わざわざ、やる気が起きない」のだ。

最後はビッグモーターの顧客層がネット情報にそれほど接していない層だということだろう。ビッグモーターはラジオに大量の広告を出稿している。あるいは新聞の折り込みチラシも積極的に用いている。つまり、主な顧客層は「普段はラジオを聴いている人々」や「紙の新聞の購読者」ということなのだろう。

ビッグモーターの不祥事は主にSNSであったり、『FRIDAY』のネット配信であったり、民間車検場の資格を取り消された店舗がある九州のメディアとそのネット配信記事で伝えられてきた。ネットを中心に広がったビッグモーターの悪評は、主な顧客層にはそもそも届いていなかったのだろう。

「完全黙殺」戦略も、今回の調査報告書で綻びが生じた

さて、最後に「これからも」完全黙殺の広報戦略は機能するのかを考えてみたい。結論から言うと、私は今回の調査報告書によって、「完全黙殺」戦略に綻びが生じたと見ている。

保険会社からの圧力によって調査はさらに進み、保険料が割高になった契約者に対しても、順次、返金処理が行われることになるだろう。そうなれば、これまでネット情報に接してこなかった「被害者」も否応なく水増し請求の事実を知ることになる。

ビッグモーターの事故車修理は年間3万件超あったとされる。報告書によると、全国に33あった整備工場のうち、すべての工場で水増し請求が行われていた疑いがあるという。「被害者」は膨大な数に及ぶのではないか。

「被害者」たちは普段は開かないSNSで怒りをぶつけるかもしれない。新聞社や週刊誌に、ビッグモーターの不誠実な対応を告発しに向かうかもしれない。職場などリアルな場でも怒りをこめて話題に上げるはずだ。今、まさに「パンドラの箱」が開いたのだ。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)