Xpeng G6(筆者撮影)

中国の新興BEV(電気自動車)メーカー、小鵬汽車(Xpeng)は2023年5月23日、新型BEV「G6」をラインオフした。

価格約440万元程度の同モデルは、同社の次世代技術アーキテクチャ「SEPA 2.0扶揺」をベースにした戦略SUVモデルであり、航続距離755kmを実現。800ボルトの急速充電システム、高度運転支援システムXNGP(Xpeng Navigation Guided Pilot)を搭載し、アメリカのテスラ「モデルY」と競合しようとしている。


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特筆すべきは、G6がテスラと同様に、超大型アルミダイカスト技術「ギガプレス」を採用し、車両前・後部の一体成型を実現していること。中国メーカーでのギガプレスの採用は、これが初だ。

今後、ギガプレスによる部品の成型技術が進化すれば、ボディを丸ごと成型できるようになるかもしれない。こうした技術や設備の革新が、日系のプレス・ダイカストメーカーに衝撃を与えると予測され、また業界のサプライチェーンを大きく変える可能性もある。一体成型技術の行方は、より一層注目されるだろう。

テスラ「アンボックストプロセス」のインパクト

小鵬汽車より大胆な革新を提起したのは、テスラだ。

同社は、車両コスト全体の1割超を占めるボディ(モノコックボディ)のコストダウンを通じて、競争力の向上を図っており、2019年からギガプレスによるアンダーボディ製造を進めている。

テスラが導入するギガプレス装置は、型締め力6000トン級で、車両のリア部分を構成する多くの部品を1つの部品に置き換えることで、製造コストを4割削減できるという。


テスラ「モデルY」の一体成型ボディ(写真:Tesla)

「モデル3」の場合、171個あった金属部品を2個の大型アルミ部品に置き換え、約1600回必要であった溶接工程や関連設備も不要となったというから、驚きだ。

テスラは一体成型を採用したことにより、製造原価の大幅な削減や収益の向上を実現した。2022年の粗利益率は25.9%に達してトヨタ自動車を超え、車両1台当たりの収益率でもトヨタ自動車を大幅に上回った。

テスラは今、車載バッテリーを原価の高いパナソニック、CATL、LGEから調達しているため、バッテリー以外の部品コストのさらなる低減をすることに注力し、製造工程のイノベーションにより次世代EV工場の実現へ手を打とうとしている。

また、テスラは、2023年3月に投資家向け説明会を開催し、同社5カ所目の生産拠点となるメキシコ工場に新生産方式を導入する方針を示した。高価なレアアースを使用しないモーターの開発やワイヤーハーネスの改良、炭化ケイ素(SiC)パワー半導体などにも取り組み、大衆向けEV開発を急いでいるという。

製造工程についても、新しい方式が発表された。従来の自動車工場では、プレス加工で作られた車体が塗装されたあとに、一度ドアが取り外され、パワートレインや内装品を実装してから、再びドアを取り付ける形で製造されている。


テスラ車の製造ライン(写真:Tesla)

今回、テスラが発表した「アンボックストプロセス」とは、BEVを前部・後部・底部・ドア・フロントフードなどのブロックに分け、それぞれを組み立てる生産方式である。すなわち、内装品やタイヤなどもブロックごとに生産することで製造コストを低減させることができ、コンパクトな工場により生産効率を高めることもできる。

BYD他、中国企業もギガプレスに参入

近年、テスラは機動的に車両の値付けを変動させている。これができたのは、イノベーションを通じて、生産コスト・効率を高めたことによる車両価格のダウンや、スケールメリットが実現したからだ。

テスラの生産性を見据えて、小鵬汽車を含む新興勢のNIO、理想汽車は一体成型ラインを建設し、中国国有自動車大手の長安汽車、BEV大手のBYDもギガプレス機の導入を計画している。これを受け、大型プレス機最大手の中国・力勁(LK)集団 は、2022年に1万2000トンのギガプレス機を投入し、2万トン級の開発にも着手している。


新興勢であるNIOのBEV工場(写真:NIO)

同社は2008年にイタリア・IDRAを買収してグローバル展開を加速しており、2020年にはカリフォルニア州フリーモントのテスラ工場(モデルY生産)に装置を供給しはじめた。この装置で生産したアンダーボディは17%の軽量化、1.8倍のねじり剛性アップを実現したと発表している。

また、スイス・ビューラーや中国・海天集団も、自動車メーカーに6000トンのギガプレス機を供給。中国車体部品大手の文燦集団、アルミ鋳造大手の広東鴻図科技、ジャーシ大手の拓普集団、金型メーカーの賽維達(Sciveda)がギガプレス機を導入し、一体成型した部品や大型金型を自動車メーカーに納入している。

鉄、銅、チタン、マグネシウムなどさまざまな合金が使用されている鋳造工程で、テスラのギガプレスはアルミ合金を使用しており、アメリカとドイツの工場ではイタリア・IDRA製、中国工場ではLK集団製の大型ギガプレス機により、フロント・リア部のアンダーボディ生産を実現した。

一方、巨額な設備投資、サイクルタイムの長さ、変形・伸びを含む機械的特性の悪さ、異材接合の難しさなどが、ギガプレスのネックとなっている。

また、押し出し材の使用量が多くなり、BEVの軽量化に繋がらない可能性もある。さらに、事故を起こした場合に修理ができない大型アルミダイカストの品質維持などの課題も、クリアする必要もあるだろう。


上海にあるテスラのギガファクトリー(写真:Tesla)

現在、中国では機械的に締結する接合方法として採用されているフロードリルスクリュー(FDS:Flow Drilling Screw)は、技術的難易度が下がりつつあるが、シーラーやメディアを採用したことより、製品のウェイトは上がる傾向だ。

大手プレスメーカーは、「難易度の低い機械締結を普及させたうえで、本格的な異材接合技術のイノベーションが起きれば、ウェイト問題が解決する」という。

テスラが提唱したホットスタンプ(高張力鋼板の熱間プレス材)とアルミの締結は、一見してFDSに類似しているものの、溶接融合や固相接合などの製造工程、マルチマテリアルに対応した異材接合技術が求められる。

現在、地場自動車メーカーはプレスメーカーや金型メーカーと提携しながら、ラインの内製に取り組んでいる。今後は技術の成熟度やコストダウンを勘案すれば、自動車メーカーが一体化成形部品を大手専業プレスメーカーに委託生産すると予測される。

日本プレスメーカーの事業戦略は?

テスラや中国メーカーが積極的に一体成型技術の開発に取り組んでいる一方、日本の自動車メーカーは導入が遅れている。

また、ギガプレスを採用するホットスタンプ事業は設備投資が大きいため、既存設備を抱える日系プレスメーカーは、日本自動車メーカーから新製法を採用する部品の受注を確保できなければ、テスラを含む一体化成型を採用するBEVメーカーへの対応は難しいだろう。

日系プレスメーカーはこれから、どのような対策を取っていけばいいのだろうか。

短期的には、アンダーボディ向けの中小型ダイキャスト部品を中心に、一体成型の需要は増加し、車体の一部はアルミと鉄のハイブリッド構造(異材接合)とすることでコストダウンを図れるだろう。

そうした異材接合技術の改善が行われ、高強度部材を鉄などに置き換えれば、それなりのコスト競争力を維持する可能性も考えられる。


既存モデルのボディを流用するホンダの中国向けBEV(筆者撮影)

ただし、そのためには日系プレスメーカーが、レーザーや一般溶接による異材接合で、腐食やサビなどの課題をクリアする必要がある。また、アルミのコスト高を勘案すれば、押し出し成型に代替できる熱間・冷間プレスや鍛造などの技術・工法も求められる。

中長期的に見ると、中国地場プレスメーカーの成長や技術・設備の進化にともなって、コストダウンが実現できれば、一体成型が業界主流になっていくと予測される。こうした技術変化を見据えて、プレスメーカーは技術路線を再検討する必要があるだろう。

実際、日本の自動車メーカーが、プレス成型で車体のコストダウンを実現する中で、多くのプレスメーカーも高張力鋼板技術を生かし、協力メーカーとして競争力を維持している。日本大手化学・成型機械メーカーのUBEは、一度に成型できるアルミ部品製造装置を開発した。

手をこまぬいている時間は、もうない

自動車メーカーがギガプレスを導入すると、系列部品メーカーからの部品調達が減ってしまうというトレードオフがあるが、一体成型化が進むのは間違いない。

中国メーカーが大型アルミダイカスト装置を本格導入し、ギガプレスの適用範囲がボディ製造まで広がっていけば、コストパフォーマンスに優れたBEVが続々と投入されるだろう。

そうなれば、ガソリン車ブランドが独占している大衆車市場を、BEVが塗り替えることになると予測される。日本の自動車メーカーやプレスメーカーが手をこまぬいている時間は一層なくなり、難しい選択を迫られることになるはずだ。

(湯 進 : みずほ銀行ビジネスソリューション部 主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)