「昼顔」から9年、「あなして」が注目を集める必然

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話題の春ドラマはセックスレスというテーマを扱っている(画像:「あなたがしてくれなくても」公式HPより

スタートから1カ月あまりが過ぎた春ドラマ。その中で、「あなたがしてくれなくても」(フジテレビ系、毎週木曜夜10時〜)は最大の話題作と言っていいでしょう。

視聴率の低迷を指摘する一部メディア報道もありますが、これは明らかなミスリード。タイトル通りセックスレスを前面に出した物語だけに、「リアルタイムで家族と見る」という人はおのずと少なくなり、「配信や録画でこっそり見る」という人が増えるのは当然だからです。

TVerの見逃し配信再生数1話あたり約350万回超

実際、TVerの見逃し配信再生数1話あたり約350万回超、TVerのお気に入り登録者数、ツイッターのツイート数とトレンド入り数、ネットメディアの記事数などがすべて今春のトップクラス。しかも右肩上がりで増え続けていることから、今後もさらなる盛り上がりが予想されます。

当作はセックスレスをきっかけに不倫がはじまる物語であり、スタート前から「このテーマを22時台のプライムタイムで放送すること」が話題を集めていました。

実はセックスレスというテーマは近年の隠れトレンドで、この2年だけでも「それでも愛を誓いますか?」(ABC・テレビ朝日系)、「夫婦円満レシピ〜交換しない?一晩だけ〜」(テレビ東京系)、「私のシてくれないフェロモン彼氏」(TBS系)、「わたしの夫は―あの娘の恋人―」(テレビ東京系)などが放送。さらに現在Paraviで「私と夫と夫の彼氏」が先行配信していて、テレビ東京系でも5月31日から放送予定です。

ただこれらの作品はすべて深夜帯の放送だったため、その影響力は限定的なものにとどまっていました。深夜帯に放送された理由は、「セックスレスというテーマがセンセーショナルかつセンシティブのため、『見る人を選ぶ』と思われている」からでしょう。

ではなぜ「あなたがしてくれなくても」は大規模なPRが行われ、多くの人々の目にふれるプライムタイムで放送されているのでしょうか。それを追求していくと、セックスレスや不倫に対する人々と作り手の変化が浮かび上がってきます。

日本人夫婦の約半数が該当

もともとセックスレスは夫婦にまつわる悩みの中でも、「友人や家族にすら話せない」という深刻なケースが多いもの。当事者はあまり口にしないし、当事者以外は誰かの話も聞かない。

しかし、その一方で「日本人夫婦の5〜6割程度が該当する」というデータが複数あるなど、「セックスレスは誰にでも当てはまる身近なもの」と言われるようになっているのも事実。加えて、男女を問わず「レス」というフレーズでSNSに書き込めるような時代の変化も感じさせられます。その意味で「あなたがしてくれなくても」が反響を集めているのは、各話のエピソードにリアリティを感じるところがあるからでしょう。


第3話の見逃し配信がも途中集計で381万再生となっている(写真:公式サイトより)

なかでも、主人公の吉野みち(奈緒)と夫・陽一(永山瑛太)、新名誠(岩田剛典)と妻・楓(田中みな実)のセリフやモノローグ(独白)は、「共感できる」というツイートが相次いでいます。たとえば5月11日放送の第5話でも、視聴者の共感を誘うシーンがいくつかありました(以下、ストーリーのネタバレがあります)。

誠から「じゃあ何でずっとセックスを拒むの?」と聞かれた楓は「それは前にも言ったけど、今じゃないの。今それどころじゃなくて」と返事。さらに誠が「じゃあいつになったらいいの?1年後?2年後?俺たち夫婦の時間すらまともに作れてない」と続けると楓は「私のこと嫌いになった?もう好きじゃない?」と尋ねました。しかし、誠の返事は「わからない……」。

その後、誠の心が離れはじめていると感じた楓は珍しく早めに帰って家事をしますが、ここで誠の「楓が頑張ってくれればくれるほど、『今さらなんなんだ』と腹を立ててしまう」、楓の「誠、目も合わせてくれなかった」というモノローグが流れました。

一方、みちも楓と会ってしまったことで、「もう私、どうしたらいいかわからない。こんな覚悟で新名さんに会っていいのか」「このまま私は陽ちゃんを傷つけてしまうんだろうか」と悩みます。また、ラストシーンでは誠に「もう会えません。ただの同僚に戻りましょう」と告げたあと、「私たちの関係はずっと続くわけない。砂時計みたいにキラキラして見えるのは一瞬だ。その一瞬に私たちは逃げてるだけだ。きっと私と新名さんは今しか見えていない。陽ちゃんとの今が苦しいのはきっと私と陽ちゃんには過去も未来もあるから」というモノローグが流れました。

セックスレスがきっかけの不仲や、不倫関係になりかけた経験がある人が共感できるようなシーンやセリフがちりばめられているのです。

漫画業界で人気のテーマだった

そんな視聴者の共感こそが、深夜帯ではなくプライムタイムで放送する意義そのもの。セックスレスや、それをきっかけに不倫がはじまることが身近になったことの証しであり、制作サイドも「現在の視聴者に共感してもらえるテーマ」という確信を持ってこの作品を選んでいる様子が伝わってきます。

もう1つ、制作サイドがプライムタイムで放送するうえでの確信を持てた理由は、ハルノ晴さんの原作漫画が主に30〜40代女性から圧倒的な支持を集めていたこと。2018年に「めちゃコミック」の年間ランキング1位を獲得したほか、9巻840万部超の累計部数やネットレビュー数の多さなどもあり、ドラマの三竿玲子プロデューサー自身も「女性から圧倒的支持を得ている」「私も一ファン」などとオファーの理由を語っています。

当作に限らずセックスレスを扱ったドラマが増えているのは、このように「漫画業界の人気テーマとなっているから」という背景がありました。事実、前述したドラマはそのほとんどが漫画原作の実写化であり、ネット上で話題を集めているセックスレスの作品を各局のドラマプロデューサーが狙い撃ちしているのです。

また、三竿プロデューサーは、「2組の夫婦、4人がそれぞれに悩みがあり、思いがあり、もがき苦しんでいる。誰一人として本当の意味で悪者はいないこの作品にほれ込みました」ともコメントしていました。その言葉通り当作は、「セックスレスされる側」のみちと誠、「セックスレスする側」の陽一と楓の心理が丁寧に描かれています。

不倫を扱ったドラマは毎クール2〜3本ペースで放送されていますが、その多くは不倫そのものやベッドシーン、された側の復讐などの刺激的な描写にスポットを当てた作品。ここまでセックスレスにスポットを当て、「する側」「される側」の心理を丁寧に描いたものはほとんどありません。

名監督の映像美で生々しさを中和

たとえば、みちの「女としての魅力が足りないのか。性欲はあるのになぜ?」「またはぐらかされた。もう2年もしていないのに」「さすがにそろそろ子どもがほしい」、陽一の「恋人じゃなくて家族だから」「セックスしなくてもいい夫婦関係を築けていると思う」「自分はEDなのかもしれない」、誠の「家事などをこんなに頑張って支えてきたのに」「これで夫婦と言えるのか。さすがにもう我慢できない」、楓の「仕事で疲れているから」「今がキャリアの正念場で子どもができたら困る」。

周りの人々から見たら、うらやましいほどの仲良し夫婦が実はセックスレスで、心がすれちがい、体にふれ合わないから、ふとしたきっかけで不倫がはじまってしまった。自然にも見えるこの流れを丁寧に実写化したことで、より「誰にでも起こりうることかもしれない」と感じさせています。

しかし、セックスレスを「される側」「する側」の心理を実写化することは、ある意味でベッドシーン以上に生々しさを感じさせやすいもの。実際のところ、原作を読んだ人々から「漫画だから見やすかったのかもしれない」という声があがる難しさがありますが、そんな生々しさをチーフ演出の西谷弘監督が洗練された映像で中和させています。

西谷監督はこれまで「白い巨塔」「エンジン」「ガリレオ」「任侠ヘルパー」「刑事ゆがみ」「モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―」などを手がけてきた映像の美しさに定評がある演出家。不倫というテーマでは9年前の2014年に「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」を手がけましたが、このときも不倫の生々しさを映像の美しさで中和させていました。

ドラマだから描けるファンタジー

特筆すべきは、劇中の不倫を背徳や妖艶などで刺激を与えるアプローチではなく、“ドラマだから描けるラブ・ファンタジー(恋の空想・幻想)のようなもの”として見せていること。「昼顔」も「あなたがしてくれなくても」も映像が美しいから視聴者は「リアルなんだけど、どこか遠い世界の話にも見える」と感じるなど、見やすくなっているのです。

この「映像が美しい」は、イコール「作品としての質が高い」ということ。当作は決してセックスレスという強烈なテーマを扱っただけの作品ではなく、映像の質が高いからこそ支持を集めているところもあるのでしょう。

ちなみに西谷監督だけでなく、プロデュースの三竿玲子さん、演出の高野舞さん、音楽の菅野祐悟さんなども「昼顔」の制作チームだけに、両作が比較されるのは自然な流れ。ただ、「昼顔」の放送後に芸能人の不倫騒動が相次いで世間を騒がせ、今なお「不倫」と聞いただけで懲罰感情を持つ人が少なくありません。

その意味で「あなたがしてくれなくても」は「昼顔」ほど、映像の美しさやラブ・ファンタジーを思わせる世界観を前面に出さず、より心の動きにスポットを当てているところが見受けられます。つまり、「不倫を『昼顔』のときほど美しく描かないほうが現在の世の中にフィットするのではないか」「ほどよいラブ・ファンタジーにとどめて、その分、当事者心理にスポットを当てよう」というプロデュース方針ではないでしょうか。

今春の最大勢力は、「風間公親 ―教場0―」(フジテレビ系)、「ラストマン―全盲の捜査官―」(TBS系)、「ケイジとケンジ、時々ハンジ。」(テレビ朝日系)など1話完結型の刑事ドラマ。それだけに連ドラらしい連続性があり、全話をかけて主要人物の心理状態を描く「あなたがしてくれなくても」は、少なくとも話題性や反響の大きさでは最後までトップを走り続けるでしょう。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)