今年の大学4年生はWBC日本代表でも活躍した佐々木朗希(ロッテ)、宮城大弥(オリックス)らと同期の「ゴールデンエイジ」である。

 なかでも2023年のドラフト1位候補として名高いのが、東洋大の左腕エース・細野晴希だ。


今秋ドラフトの注目選手、東洋大の細野晴希

【スカウトの前で圧巻のピッチング】

 下級生時から注目され、持ち前の快速球は最速155キロをマークする。スライダー、スプリットなどの変化球もハイレベルで、さらなる伸びしろも感じさせる。こんな逸材を擁する東洋大が2部リーグを戦っているのだから、あらためて東都大学リーグの激戦ぶりには恐れ入る。

 4月17日、等々力球場で行なわれた国士舘大との1回戦には、多くのプロスカウトが視察に訪れた。力みを誘発しそうなシチュエーションにもかかわらず、細野は立ち上がりからカーブ、スライダー中心の投球を展開した。

 試合後、細野は「相手が真っすぐだけ張ってる(狙ってる)と感じたので、カーブで目線をずらしたかった」と意図を語っている。

 球場のスピードガンに表示されるストレートの球速は、「138」といったおとなしめの数字ばかり。明らかに力をセーブした立ち上がりだった。

 ところが、四球とヒットで一死一、三塁のピンチを背負うと投球が一変する。4番の鈴木虎我に対して、初球のストレートは147キロを計測。明らかにギアを入れ替え、全力で抑えにかかっているのがうかがえた。

 最後は指にかかった144キロのストレートで空振り三振。ボールがひしゃげた楕円に見える、猛烈な勢いを感じさせるストレートだった。続く打者を変化球でファーストゴロに抑えると、細野は涼しげに三塁側ベンチへと戻っていった。

 その後はピンチらしいピンチもなく、わずか2安打で完封勝利。奪三振は13を数えたが、試合を通じてこんな思いがぬぐえなかった。

── もしかして細野が全力で投げたのは、初回のピンチだけだったのではないか?

 試合後に本人に尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「ピンチでもないのに思いきり投げていたら、疲れちゃうので」

 あまりに率直な返答に、ぷっと吹き出してしまった。

 現在はセットポジションから力感なく投げる細野だが、2年時までは右足を勢いよく蹴り上げ反動を使って投げるダイナミックなフォームだった。どうしてフォームを変えたのか。昨春に本人に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「足を高く上げると疲れるので。リーグ戦で長いイニングを投げたり、連投したりすることを考えると厳しくなるなと。あとは少ない力でも球速が出るようになったので、この形になりました」

 細野がいかに疲労を軽減しようと腐心してきたか、伝わるだろう。

【省エネ投法にたどり着いた理由】

 あれから1年が経つ。いいボールを投げても、勝てないのでは意味がない。今春で2年に及ぶ2部リーグ暮らしのなかで、細野はそのことを痛感しているのだろう。

 今の投球フォーム、投球スタイルなら、2年時より登板後の疲労度は違うのではないか。そう尋ねると、細野は「言われてみれば」とでも言いたげにこう答えた。

「今日もそんなに疲れなかったので、そこは変わったのかなと」

 大胆なことをさらりと口にしながら、嫌味な感じがしない。そんな不思議なムードを細野はまとっている。

 出力を抑えながら、それでも強いボールを投げるには技術が必要なはずだ。その極意を問うと、この日の会見のなかで細野がもっとも饒舌になった。

「そこらへんは結構、感覚的です。欲を出さずに、軽くピュッと投げるイメージで。もっとスピードを出そうとか、強い球で空振りをとってやろうとすると体にエラー動作というか、無駄な動きが出るので。球速は出てもバッターが速く感じないボールになるので、できるだけ力を入れずに投げています。バッターがフォームとボールにちょっとでもギャップを感じてくれたら、速く見えるんじゃないかと思うので」

 ちなみに、この省エネ投法を編み出したのは、リーグ戦で勝つためなのか。それとも、卒業後の世界を見越してのことなのか。少し意地悪な質問と思いつつも、最後に聞いてみた。細野は即答した。

「上級生になったので、明日以降の2回戦、3回戦も考えないといけないので。リーグ戦のカードを考えて、一応やっていました」

 まずは目の前の勝負で勝ち続ける。その先に、さらなる高みへの道が拓けることを細野は本能的に知っているのかもしれない。

 これだけの大器をプロが放っておくはずがない。もはや「ドラフト1位候補」と呼ばれる段階ではなくなった。「何球団の1位指名が重複するか?」という視点で論じられる対象になったと見たほうがいい。

 そうやって過熱していく周囲をものともせず、細野晴希は軽やかに左腕を振っていくのだろう。