「あなたはおバカなんだよ」博士号保持者世界一の超高学歴企業グーグルで、そんな会話が頻発するワケ
※本稿は、ピョートル・フェリクス・グジバチ『世界の一流は「雑談」で何を話しているのか』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■グーグルの社員が自分の意見を経営陣にぶつけるMTGの中身
グーグルはアメリカの雑誌『フォーブス』が選ぶ「働きがいのある企業ランキング」で何度も世界の第1位に選ばれています。
その理由のひとつは、社内のコミュニケーションを重視していることにあります。
どの分野の企業でも、従業員や部下が抱える一番の不満は「上司から十分な情報が得られない」、「上司が何を考えているのかわからない」という点にあります。
上司と部下が日常的に意思の疎通を図れなければ、部下は自分がチームの重要な一員であると認識することができません。
グーグルでは、社内のコミュニケーションを充実させることが、部下の幸福感の維持につながる……と考えています。
その象徴的な例が、毎週金曜日の午後に開かれているTGIF(Thanks Google It's Friday)という全社的なミーティングです。
ここでは、社長や経営幹部が壇上にあがり、会社の方向性や新規事業、新商品などについて、全社員に説明をします。
その場には、お酒やおつまみも用意してあり、参加者同士がフランクに議題について話し合うことができますが、ポイントは普段は接することのない経営幹部に対して、ダイレクトに質問ができることです。
「社長の意見は間違っていると思います」
「その判断は正しくない方向に向かっています」
参加者は忌憚(きたん)のない意見を経営陣にぶつけることができるのです。
こうした厳しい意見に対して、経営幹部が感情的になることはありません。
丁寧なフィードバックを返して、議論を深めようとします。
お互いの意見を交換することによって、全社員が納得して新たなビジネスに立ち向う環境を整えます。
このTGIFという全体ミーティングは、単に社内の風通しをよくするためではなく、会社の考え方や方向性を経営陣と社員が共有することで、さらに生産性をアップさせることを目指しています。
■意図的に雑談の機会を作るオフィス設計
グーグルは、社員同士が頻繁に雑談をして意見交換をする社風ですが、会社もそれに適した環境を整えるなど、様々な工夫をしています。
英語では、「create collisions」といいますが、「衝突を作る」とか「衝突の機会を作る」ようなオフィスの設計になっています。
日本企業のオフィスは働き方改革によって、ワンフロアのオープンオフィスでフリーアドレスが多くなっていますが、グーグルの場合は広いスペースや会議室がたくさんあり、それらが狭い通路でつながれています。
どこかに移動する際には、その通路を利用する必要がありますから、どうしても社員同士が顔を合わせる機会が増えるのです。
お互いに顔を合わせれば、「元気?」と挨拶したり、「そういえば、先日のアジェンダのことだけど、どう考えている?」といった雑談が始まります。
これはグーグルの日本のオフィスも同じですが、会社が意図的に雑談の機会を作り出しているのです。
社員同士の「衝突を作る」という考え方は社員食堂にも反映されています。
グーグルには無料で美味しい食事ができる社員食堂がありますが、ひとりで座れるような席がありません。
日本企業の社員食堂のように、窓際のカウンターに座ってひとりで食事をするようなスペースはなく、長いテーブルを複数の人たちで使うようになっています。
社員同士が隣り合って座れば、「あれ? 何を話しているんですか?」と自然に雑談が始まります。
エンジニアが「会社のキャリア制度を調べたんだけど、よくわからないんだよね。みんなに聞いていたんだ」と言えば、隣に座った人事部の社員が、「それは、あのページに詳しく出ていますよ」と気軽に声をかけます。
社員がリラックスして食事をしながら、すぐに情報交換ができるような環境が整えられています。
■2000人以上の部下の名前を覚えた人事のトップ
僕がグーグルに在籍していた時、人事担当上級副社長(バイス・プレジデント)として、人事のトップを務めていたのが、グーグルの人事制度の原則や理念を記して日本でも話題になった『ワーク・ルールズ!』を出版したラズロ・ボック氏です。
その当時、彼には世界中に2000人以上の部下がいましたが、そのすべての顔と名前を覚えていて、顔を合わせる機会があれば、誰に対しても気軽に声をかけていました。
「ピョートル、こんにちは! 元気ですか?」
僕は、アジアパシフィックの人材育成統括部長をしていましたから、名前と顔を知っていても驚くことはありませんが、入社1年目くらいの新人社員に対しても必ず名前を呼んで、気さくに雑談をしていたのです。
「ジョンさん、今日はシドニーから来たんですよね。疲れてないですか?」
誰がどこのオフィスに勤務していて、どんな仕事をしているのか、そのすべてが頭の中に入っているようでした。
いくら人事のトップでも、世界に2000人以上もいる部下の名前をすべて記憶している人は、彼以外にはいないと思います。
「あなた」や「きみ」ではなく、きちんと名前を呼んでから雑談をすることが、どんな印象を与えて、相手がどんな気持ちになるのかを十分に知り尽くしているのです。
グーグルの経営幹部は、社員とのコミュニケーションを非常に大事に考えています。
■マネジャーとメンバーは上司と部下の関係ではない
グーグルは世界の最先端企業であり、徹底した結果主義の会社ですから、マネジャーとメンバーの関係も相当にドライなものだろうと思うかもしれませんが、実際はその真逆です。
マネジャーとメンバーは、日本企業のような上司と部下という「上下関係」にあるのではなく、プロスポーツチームのコーチと選手のような関係です。
コーチは選手がいいパフォーマンスをするためのアドバイスをしたり、サポートをすることが役目です。
マネジャーの役割も同じで、自分自身がアウトプットを出すのではなく、あくまでもメンバーのアウトプットを最大限に引き出すために、アジェンダにまつわるすべてのことを判断しています。
大人と大人のビジネスの世界ですから、マネジャーがメンバーを頭ごなしに怒鳴りつけたり、自分の考えを無理に押し付けるようなことはありません。
日常的な雑談によって、お互いの考え方を共有することで、結果を出すために同じ方向を向いて仕事をしているのです。
グーグルには、組織の状態を可視化するために「Googlegeist」というエンゲージメント(働きがい)のサーベイ(調査)が用意されています。
その中には、次のようなチェック項目があります。
この他にも、「私のマネジャーは、私を人として扱っている」という項目もあり、もしメンバーが「非人間的な扱い」と判断したならば、そのマネジャーはすぐにデスクをきれいに片付けて、会社を去る必要があります。
それはアウトプット(成果)を出しているマネジャーであっても、扱いは同じです。
お互いが協力して結果を出すのは当然のことですが、グーグルはメンバーの働き方や働きがいに関しても非常にシビアな会社なのです。
■誰とでも気軽に「1on1」ミーティングができる文化
日本企業では、時間と場所を決めて上司と部下が「1on1」ミーティングをしていますが、グーグルには、同じチームのマネジャーとメンバーに限らず、誰とでも気軽に「1on1」をする文化が根付いています。
「Let's have a coffee」とか、「Let's have a chat」(雑談しましょう)と誘い合い、一日のどこかで30分くらいの時間を作って、社内のカフェテリアなどで雑談します。
何かを知りたい、確認したい、キャッチアップ(遅れを取り戻す)したいなど、雑談の目的は様々ですが、自分の意見や疑問、悩みを率直に伝えて、日常的にお互いの情報をアップデートしています。
日ごろの雑談を通じて、社員同士が心理的安全性を高めているから、オープンな会話ができるのです。
マネジャーとメンバーが「1on1」ミーティングをする場合、グーグルでは、その時間はマネジャーのものではなく、メンバーのものという考え方が徹底しています。
マネジャーがあれこれと質問するのではなく、その時々でメンバーが「気になっている」こと、「悩んでいる」こと、「話したい」ことをテーマにします。
基本的には、自然と仕事のアジェンダの話になりますが、成果を上げているマネジャーほど、「プライベートな相談」に乗っているという傾向があります。
それは、マネジャーとメンバーの両方が、「1on1」ミーティングの意味や意義、目的をハッキリと認識している……と考えることができます。
グーグルの社員は「博士号」を持っている人が多く、その割合はNASA(アメリカ航空宇宙局)よりも高いため、企業としては世界ナンバーワンといわれています。
社員のほとんどは探究心が強く、好奇心も旺盛ですから、上司と部下の「1on1」でも、「とにかく頑張れ」とか、「気合が足りないぞ」といった根性論はまったく通用しません。
何かを議論する場合でも、必ず「そのエビデンスは?」というフレーズが飛び出すなど、合理的で客観的な会話を交わす企業カルチャーがあります。
社員は賢く、それぞれが自立した大人ですから、雑談をしていても人の噂話に終始するようなことはありません。
必要であればウワサ話をしていても問題はありませんが、それが自分のパフォーマンスの向上につながるわけではないので、話題は自然と建設的な方向に向かうのです。
■グーグルの躍進を支える原動力は「風通し」の良さ
グーグルでは、4月1日のエイプリルフールにいろいろなトラップを仕掛けたり、10月31日のハローウィンには、仮装をして一日中そのまま仕事をするなど、自由な雰囲気の中で仕事をしています。
人に何かを注意する時でも、イタズラ風のメッセージで伝えたりしています。
全員がパソコンを持ち歩いて仕事をしていますから、パソコンから離れる時は、必ず画面をロックすることが社内のルールになっています。
画面を開いたままパソコンから離れている人を発見すると、気づいた人がウェブサイトのリンクにアクセスして、相手の画面に可愛い映像付きでメッセージが届けられるようになっています。
こうした風通しの良さが、グーグルの躍進を支える原動力になっているのです。
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ピョートル・フェリクス・グジバチ(ぴょーとる・ふぇりくす・ぐじばち)
プロノイア・グループ代表
TimeLeap取締役。連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。ポーランド出身。モルガン・スタンレーを経て、グーグルでアジアパシフィックにおける人材育成と組織改革、リーダーシップ開発などの分野で活躍。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。2016年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、2020年にエグジット。2019年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。『ニューエリート』(大和書房)ほか、『0秒リーダーシップ』(すばる舎)、『PLAYWORK』(PHP研究所)など著書多数。
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(プロノイア・グループ代表 ピョートル・フェリクス・グジバチ)