アメリカ海兵隊における「ハリアーII」の運用が2026年で終わる予定です。英国の原型「ハリアー」を基にアメリカが大幅改良する形で生まれた同機の生い立ちと構造について、改めて振り返ってみました。

アメリカ仕様の「ハリアー」寿命はあと3年

 世界初の実用VTOL(垂直離着陸)攻撃機として誕生した英空軍向け「ハリアーGR.1」が初飛行したのは1967年12月28日のこと。それから55年を過ぎた現在、母国イギリスからは姿を消したほか、最大のユーザーであったアメリカ海兵隊からも退役しようとしています。

 アメリカ海兵隊では、2026年までにAV-8Bを全機退役させる予定だとか。そこで、改めてアメリカ海兵隊がなぜ「ハリアー」を導入しようとしたのか、その足跡をたどるとともに、アメリカが主体になって開発したアップグレード型「ハリアーII」についても見てみましょう。

 そもそも、当初イギリスで開発中だった「ハリアー」の原型機「ケストレル」に興味を示したのは、海兵隊ではなくアメリカ空軍でした。それを受け、「ケストレル」は米本土においてもテストが行われたのですが、その結果、興味を持ったのはアメリカ海兵隊で、最終的に近接支援用の対地攻撃機として採用することになりました。


1986年5月、エルトロ航空基地(当時)で撮影したアメリカ海兵隊のAV-8C「ハリアー」(細谷泰正撮影)。

 実は、この採用劇、当時のアメリカ軍内における慣例を2つも破る極めて異例な出来事でした。

 ひとつは、「ハリアー」は全機イギリスからの輸入で調達された点です。従来、アメリカ軍が外国機を採用する場合は、ライセンス生産を行い米国内で生産することが求められました。

 もうひとつは、海軍が採用しない、海兵隊独自機種となった点。それまでアメリカ海兵隊の使用機は、アメリカ海軍が採用した機種の中から選ぶようになっていました。

 こうした慣例を破ってまで海兵隊が欲しがったという点で、「ハリアー」は特異だったといえるでしょう。逆にいうと、それだけ「ハリアー」がもつVTOL能力に海兵隊が惚れ込んだともいえます。

イギリス生まれのアメリカ育ち「ハリアーII」爆誕!

 アメリカ海兵隊に採用された「ハリアー」にはAV-8Aという米軍独自の型式が付与されました。これはイギリス空軍の「ハリアーGR.3」に相当する仕様で、1971年からイギリスで生産され102機が海兵隊に引き渡されています。こうして、アメリカ海兵隊において陸上基地からの作戦だけでなく、空母や強襲揚陸艦からも作戦が可能な「ハリアー」の機動性を活かした運用の模索が始まりました。

 しかし、VTOL機の宿命ともいえる航続距離の短さと搭載兵器の少なさが、作戦上の大きな足かせとなることが判明します。そこで、「ハリアー」の能力を強化させるためのアップグレード計画が始まりました。最初はエンジン推力を倍増させることで搭載量を2倍にする、その名も「AV-16型」の開発が検討されたものの、新型エンジンの開発に膨大な資金が必要になるため断念されます。


1987年8月、ミラマー航空基地で撮影したアメリカ海兵隊のAV-8B(細谷泰正撮影)。

 結局、エンジンは同じロールス・ロイス製の「ペガサス」を改良して搭載し、主翼の拡大など空力的な改善と新素材の採用により、搭載量と航続距離を伸ばす方向で落ち着きました。こうして生まれたのが、マクドネル・ダグラスで開発された改良型AV-8B「ハリアーII」です。なお、初代「ハリアー」は前述の通り、開発・生産ともイギリスで行われましたが、AV-8Bに関してはアメリカで開発・生産されました。

 こうして生まれた「ハリアーII」は、初代「ハリアー」の生産数を大きく上回る337機が造られたほか、イギリスにも技術供与され、彼の地でAV-8Bと同じ仕様を取り入れた「ハリアーGR.5」が誕生しています。イギリスではさらなる改良を加えた「ハリアーGR.7」「同GR.9」を含め、合計109機がブリティッシュ・エアロスペースで生産され、同国空軍と海軍で2011年まで使用されました。

 アメリカ海兵隊が2023年現在、運用しているのは、このAV-8B「ハリアーII」になります。こちらが2026年まで使われる予定です。

ほかのジェット機とは違う「ハリアー」の飛び方

 では、ジェットエンジンを積んで垂直離着陸をする「ハリアー」はどうやって飛んでいるのでしょうか。

 実は搭載するロールス・ロイス製「ペガサス」ジェットエンジンの排気ノズルの方向を変え、エンジン排気の吹き出し方向を変えることで、垂直離着陸を可能にしています。離陸時は推力を下向きに、巡航時は水平方向に、しかもこの間を連続的に変化させることで、垂直離着陸から短距離離陸、水平飛行まで行えるようになっているのです。

 加えて「ハリアー」には他にも重要なメカニズムが2つあります。


1986年8月、アポツフォード空港でデモ飛行するアメリカ海兵隊のAV-8B(細谷泰正撮影)。

 そのひとつがエンジン内部の回転方向です。ジェットエンジンは、高効率と高出力の要求を満たすために圧縮比が高められてきた経緯があります。その結果、高圧部分と低圧部分を分けて二軸、大型エンジンでは三軸を持つ構造に発展してきました。

 通常は二軸でも三軸でも同じ方向に回転していますが、「ハリアー」のエンジンに関しては互いに逆方向へと回転しています。その理由はジャイロモーメントを打ち消すためです。通常の飛行機は主翼と尾翼で空力的な安定性を持っているため、エンジン内部で発生するジャイロモーメントは問題になりません。

 ところが、「ハリアー」の場合は舵面が効かない低速で飛行します。状況によってはヘリコプターのように空中で静止することもあるため、空力的な安定性が全くないフラフラな状態になります。そのため、エンジン内部の回転により発生するジャイロモーメントの影響は無視できないほど、機体の安定性に影響を与えるのです。

 この問題を解決するために採られた方法がエンジンの高圧軸と低圧軸の回転方向を互いに逆方向に回転させ、ジャイロモーメントの発生を最小限に抑えることでした。これはペガサスエンジンの隠れた特徴と言えます。

排気ノズルだけじゃない、知られざるノズルの位置

 もう1つの重要なメカニズムが、「リアクション・コントロール・システム」と呼ばれる姿勢制御機能です。これは舵面が効かない低速域や静止時においても機体の姿勢を制御する仕組みです。ジェット機では機内の与圧や防氷装置への熱源などの目的でジェットエンジンから圧縮空気の一部を抜き取って使用しています。

 これは抽気(ちゅうき)と呼ばれるものですが、「ハリアー」にはこの抽気で得られる圧縮空気を機首、翼端、尾部のノズルから噴出させることで姿勢を制御するシステムを持っています。機首ノズルはピッチ(機体の縦揺れ、機首の上下動)制御。翼端ノズルはロール(左右の傾き)制御、尾部ノズルはヨ―(機体の左右スライド、機首の左右振り)制御に使用されます。「ハリアー」には尾翼の付け根から後ろに伸びた突起がありますが、その理由はここにノズルが内蔵されているためです。


1986年8月、アポツフォード空港でデモ飛行するアメリカ海兵隊のAV-8B(細谷泰正撮影)。

 翼幅を拡大した「ハリアーII」では、ロール制御システムのノズル位置も変わったため、リアクション・コントロール・システム全体の研究がNASA(アメリカ航空宇宙局)で行われました。AV-8B開発のためにAV-8Aの胴体にAV-8B主翼と空気取り入れ口を組み合わせた試作機がYAV-8Bとして製作され、NASAでテストが行われました。

 AV-8Bは1983年の部隊配備開始以来、およそ40年にわたりアメリカ海兵隊の近接航空支援の主力として重用されてきましたが、2016年よりF-35Bへの置き換えが始まりました。F-35Bへの転換は順調に進んでおり、2023年4月現在、アメリカ海兵隊におけるAV-8B部隊は2個飛行隊を残すのみとなっています。

 冒頭に記したとおり、アメリカ海兵隊では2026年までにAV-8Bを全機退役させる計画です。世界初のVTOL攻撃機として航空史上に大きな功績を残した「ハリアー」の行く末をしっかり見届けようと思います。