「ふたりぱぱ」のリカルドさん(左)とみっつんさん。そして息子くん(写真:@ふたりぱぱ提供)

インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。

そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます【連載第12回】。

3月末、衆議院議員会館にてLGBTQ+(性的少数者を表す総称*1)に関する諸問題を議論する「Pride7サミット2023」(主催:Pride7日本実行委員会)が開かれた。5月開催予定のG7広島サミットにおける議論促進と各国首脳への政策提言に向けて、世界からLGBTQ+の当事者や支援者が集まった。このような国際的な市民会合は世界で初めてのことだった。

政府は今国会で「同性婚の法制化」について議論しているが、一向に話が進まない。今冬、岸田首相が国会質問の野党の追及に対して、「(婚姻)制度を改正することになると、家族観や価値観、社会が変わってしまうほどの課題」と答弁したことは、記憶に新しい。

しかし、すでに社会における家族観や価値観は変化している。

現在では、祖父母との3世代同居や父母子どもの核家族だけでなく、子どもがいない夫婦、1人で子どもを育てるシングルファーザー・シングルマザー、国際結婚、養子縁組、別居婚、独身(家族なし)など、さまざまな形があるからだ。

さらに、今では「ふたりぱぱ(お父さんが2人の家族)」や「ふたりまま(お母さんが2人の家族)」が子育てをしている。

パパ2人+息子の日常を動画配信

ふたりぱぱ」といえば、スウェーデン人と日本人のゲイのカップルが子育てをするYouTubeが人気だ。スウェーデン在住の中村光雄さん(以下、みっつんさん、42歳)、年上の夫のリカルド・ブレンバルさん、息子(以下、息子くん、6歳)の3人暮らしを紹介する動画は、2020年から2年間でチャンネル登録者19万人を超えた。

「ふたりぱぱ」のテーマは「3人家族の日常」で、夫夫(ふうふ)が料理や買い物、子育てをする様子が紹介されている。これまでに配信された200本以上の動画のうち、一番の人気は2020年5月に配信された「3言語が飛び交う食卓」で、200万回以上視聴された。

この動画を多くの人が見ていることについて、みっつんさんはこう分析する。

「食卓に親子3人が座っていますが、ママはいなくて、パパが2人いる。それで、『どういうこと?』と興味本位で観ているのでしょう。僕らの日常言語が、基本的にリカ(リカルドさん)はスウェーデン語と英語、僕は日本語で話しているところも、おもしろく感じてもらっているのではないでしょうか」

さらに、こうも指摘する。「家族の動画にパパが2人出てくることに視聴者が驚いて興味を持つのは、社会が無意識に料理や子育ては女性の役割と思っているからですよね」

みっつんさんは、そんなジェンダーバイアス、社会的、文化的に「男はこうあるべき」「女性はこんな役割をすべき」という偏見を壊していきたいと考える。「動画は、僕らの生活をちょっと覗いてもらうようなもの。僕らの日常のワンシーンを楽しみながら観てもらうことで、ゲイが子育てする家族のことを知ってほしい、その姿に慣れてほしいと思っています」と言う。


YouTube動画でみっつんさんとリカルドさん、息子くんが料理する場面も紹介(写真:@ふたりぱぱ提供)

WHO「同性愛は病気じゃない」

同性婚の法制化の議論に何年間もかかってしまうのは、LGBTQ+の人に慣れていないから「コワイ」「気持ち悪い」と拒否反応を起こしてしまうのだろう。昔、外国人を見て「コワイ」と言ったのと同じ構図ではないか。

近年は、WHO(世界保健機関)の疾病分類でも、アメリカ精神医学会「DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)」でも、同性愛は治療が必要な病気でなく、矯正することは間違いと記載されている。

「ふたりぱぱ」のチャンネルの動画を観た人からは「今まで偏見を持っていたが、うちの食卓と変わらなくて、拍子抜けしたわ」「中学生の子どもが性別で悩んでいる」というメールが寄せられている。視聴者は女性が多く、約9割にのぼる。年齢層は幅広く、コア年齢は25〜44歳だが、65歳以上も1割弱いる。このため、みっつんさんは「ジェネレーションギャップは感じていない」と言う。

国別では、みっつんさんが「ゲイカップルの日本語の情報が少ない」として、主に日本人に向けて発信しているため、日本の視聴者が一番多い。だが、動画には英語やスウェーデン語の字幕も付いているため、ゲイカップルが多いアメリカや、居住地のスウェーデンで観ている人もいる。スウェーデンで夜行列車に乗っていたら、突然、「YouTubeを観ています!」と声をかけられたこともあったそうだ。

名古屋市生まれのみっつんさんは25歳で上京後、文学座附属演劇研究所に所属していた。金融工学系研究員のリカルドさんとは、28歳のとき出会った。その後、リカルドさんがイギリスに転勤することになり、2011年、2人は結婚して東京からロンドンへ移住した。

みっつんさんはリカルドさんの「数学者としての冷静沈着で、頭脳明晰なところに惹かれた。性格が(僕とは)まったく違うんですよ」と言う。リカルドさんは、みっつんさんのどんどん新しいところに突っ込んでいくところを「dangerous sexy(危なっかしさが魅力的)」と表現する。

代理母出産で子どもが生まれてからは、リカルドさんの出身地スウェーデン・ルレオ市で暮らしている。

進んでいるスウェーデン

スウェーデンでは、とくに「平等」と「公平」が一番大切にされている。

1987年に同性愛が差別禁止法の対象になり、1995年には事実婚の導入、2003年には同性カップルが養子を迎えられるようになった。2005年には同性カップルにも人工授精と妊娠に関する補助金を得る権利が認められ、2009年から同性婚が婚姻法に含まれ、制度化された。住居や医療、相続などの制度において、家族として手続きができる。

みっつんさんとリカルドさんがどのように考えて代理母出産を選び、どんなふうに息子くんが生まれてきたかについては、2015年から「ふたりぱぱ」のブログで発信するようになった。そのあたりは、書籍『ふたりぱぱ ゲイカップル、代理母出産(サロガシー)の旅に出る』(現代書館)にも詳しい。ブログや書籍、動画に共感する人は、日常や社会の「当たり前」や「常識」に疑問を持つ人が多いそうだ。

みっつんさんは、そもそもゲイが子どもを育てるなんて考えてもいなかった。子育てをする自信もなかった。しかし、結婚した翌年、イギリス・ロンドンの国立テート・ブリテン(美術館)が主催したアートワークショップに参加したことで考えが大きく変わった。

ワークショップのテーマは「What does family mean to you?(あなたにとって、家族にはどういう意味がありますか?)。テート・ブリテンでは、半年後に「家族」に関するイベントを開催するため、ワークショップの参加者にその作品を作ってもらうという企画だった。

ワークショップでは、参加者が家族への思いや経験を語ったり、ブラジル人演出家による演劇のメソッド(例えば、家族と聞いて思い浮かべたことを、彫刻のようなポーズで表現するなどで可視化したり、言語化したりすること)で議論を重ねながら本質を探していった。

多国籍で、年代も性別も異なるメンバーからは、誰が聞いても理想の家族の話から、家族なんて二度と会いたくないという話、「自分の体が悪くなったら、誰も会いに来てくれなくて、今ではヘルパーさんが自分の家族」という話まで千差万別だった。

それでも、「家族とは、みんなにとって生まれた場所で、ポジティブにもネガティブにも切り離せないほど大切なものということを、確認し合った時間でした」と、みっつんさんは振り返る。

このときの議論で、みっつんさんは「家族とは」と聞かれて、「男親と女親と子ども」を思い浮かべたこと、つまり、自分には家族に対する固定観念があり、その固定観念がゲイとして家族を持つことへの不安につながっていると気付いた。しかし、みんなと議論し作品を作っていくうちに、「自分なりの家族を作ればいい」と考えられるようになった。

いま、みっつんさんが思い描く家族とは、「困ったときに、助け合える関係」という。

「家族とは性別でも、必ずしも血がつながっているかどうかでもなく、友だちを含めて『Chosen family(選ばれた家族)』と呼べる気がします。しかし、夫と息子、とくに息子には特別な『Unconditional love(無条件、無償の愛)』という気持ちも持っています」


凍った海でドライブしたときの様子(写真:@ふたりぱぱ提供)

伝統は変わっていくもの

しかし、日本はスウェーデンとは異なり、ゲイが子どもを育てることに対して、「伝統的な家族観が壊れる」という意見もある。みっつんさんは、ワークショップのとき、この点にも考えを巡らせているうちに疑問を持った。「伝統は変わってはいけないとイメージされているが、そうだろうか。本当は伝統の型は残しつつも、時代に合わせて変化しないと残っていけないのではないか」。

みっつんさんは、日本の伝統的な食文化の寿司や歌舞伎を例に挙げて、こう説明する。

「寿司も歌舞伎も、昔からその型は同じですが、時代に合わせて変化していった部分もあります。例えば、寿司は屋台で握ったらすぐ食べられる気軽な食べ物でしたが、途中で高級寿司が生まれました。でも、現在は庶民的な回転ずしがはやっていて、カジュアルな路線に戻っています。歌舞伎も基本的な型を残しつつ、時代に合わせたスーパー歌舞伎が上演されています」


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そして、こう続ける。「これらは、古き良きものに新しい考え方を取り入れたことで、伝統や技術が残ることになった例ではないか。時代に合わせた結果、それぞれの良さを残しながら、より多くの人に喜びをもたらす形に変わったのではないでしょうか」。

つまり、結婚という型を残しつつ、時代の変遷により、さまざまな形のカップルが出てきたというわけだ。

近年の辞書には「結婚」について、婚姻関係として「男女の継続的な性的結合と経済的協力を伴う同棲関係で、社会的に承認されたもの(*2)」と記載されている。同性婚はその結婚の型に、「男女の性別を超えて、人間として信頼できる人とともに人生を歩みたい」という姿をあてはめたものではないかと考える。

*1 知恵蔵、朝日新聞出版 LGBTQ+のLはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシャル、Tはトランスジェンダー、Qはクエスチョニング(自らの性のあり方などについて特定の枠に属さない人、わからない人。典型的な男性・女性でないと感じる人)、クィア(「ふつう」や「あたりまえ」など規範的とされる性のあり方に当てはまらないジェンダーやセクシュアリティを包括的に表す言葉)、+(プラス)はさまざまな性のあり方を含む。出典:『LGBTQ報道ガイドライン ? 多様な性のあり方の視点から』第2版
*2 goo辞書、NTTレゾナント

(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)