お金も時間も自由に使える、リッチなDINKS。

独身の時よりも広い家に住み、週末の外食にもお金をかける。

家族と恋人の狭間のような関係は、最高に心地よくて、気づけばどんどん月日が流れて「なんとなくDINKS」状態に。

でも、このままでいいのかな…。子どもは…?将来は…?

これは、それぞれの問題に向き合うDINKSカップルの物語。

▶前回:「もう無理…」スキンシップがないのも、女遊びも許してきたけど…。妻が離婚を決断した決定的瞬間




真奈美・33歳。世帯年収4,500万円の東大卒パワーカップル【前編】


「Hi Manami, can you hear me?」

「Hi John, yes I can hear you. Good morning in your time!」

水曜18時半。

世間のサラリーマンは、そろそろ仕事を終える時間なのかもしれないけど、欧州系のPEファンドで働く私の夜は、まだまだこれから。

今日はこれ以降、ロンドンのファンドマネージャーとのミーティングが、2つ続けて入っている。

― やっぱり、3LDKの部屋を選んでよかったわ。自分の書斎がないと、集中できないし。

平河町にある月額家賃50万のこのタワマンには、2年前から住んでいる。

夫と自分それぞれ書斎が持てること、虎ノ門にある会社までのアクセスが最高なこと。そして、50万もの家賃を払うに値するグレード感。

すぐにこの家が気に入った。

72平米もの広さは、2人で住むには十分すぎるくらいだ。将来的にもしも子どもができたとしても、親子3人であればゆとりを持って暮らすことができる。

実際、契約するときにも「この広さなら、子どもを持ったときも安心だね」と、夫と話し合ったのだ。

― まあ、結局仕事が楽しすぎて『ずっとDINKSでもいいか』みたいな雰囲気だけどね、最近。

そこまで考えてから、ふと我に返る。頭をぶんぶんと振り、画面の中の会議に意識を戻した。


「ただいまー。あれ、真奈美まだ仕事してるの?」

「ううん。ちょうど今終わったところ」

23時。

ミーティングを終え、少し作業などをしてパソコンを閉じた時。夫の崇仁(たかひと)が帰ってきた。




2つ年上で35歳の彼は、六本木にオフィスを構える米国系の投資銀行勤務。普段の平均帰宅時間は午前2時くらいだから、今日はいつもよりかなり早い帰宅だ。

背広を脱ぎながら、「軽くジムにでも行こうかな」なんてつぶやいている。

「この時間に帰ってきてジムに行けるの、すごいね。私なら疲れて無理…」

「そう?うちの会社は、みんなこんな感じだよ。みんな死ぬほど働いて、死ぬほど筋トレする」

同じ外資系金融といっても、欧州系と米国系ではずいぶんカラーが違う。

どちらかというと欧州系の方がワークライフバランスが整っている一方、米国系はがむしゃらに働く風土だ。

崇仁は平日のほとんどが午前帰りなのに加えて、土日も書斎にこもって作業していることが多い。

でも、その分破格の待遇を受けている。私の年収は1,500万円だけど、崇仁は倍の3,000万円を稼ぐ。

「そしたら、私はお風呂に入って寝ようかな…」

「あ、待って真奈美。せっかく早く帰れたし、やっぱり少し話そう」

珍しく真面目な顔の崇仁に、リビングへと促された。

― 何か話でもあるのかな…?

出会ってから5年。結婚して4年。

「話したい」と言うときの崇仁は、何かしら相談を持ってくることが多い。

少し不安な気持ちで、リビングのドアを開いた。




「先週さ、真奈美が友達と旅行に行ってる間に、俺は実家に帰ってたんだけど。そこで、姪っ子に久しぶりに会ってさ」

「ああ、柚香ちゃんね」

目白で生まれ育ち、海城から東大経済学部に進んだ崇仁には、4つ年下の弟・誠治さんがいる。

誠治さんは、明治大学時代から長年付き合ってきた女性と5年前に結婚。そして一昨年、第一子の柚香ちゃんが誕生した。

「久しぶりに会ったら大きくなっててさ。よく喋るし、笑うし…」

「2歳って、一番かわいい時期だってよく言うよね」

「そう。それでさ…やっぱり、子どもが欲しいなって思って」

― なるほど、そういう話ね。

兄弟は仲がよく、意識しているのかしていないのか、崇仁は弟の影響をそれなりに受けている。

5年前、お食事会で崇仁と知り合った時だって…。

私も同じ東大卒なので話が合い、急接近したけれど、当時の彼は「結婚は35歳過ぎてからでいいや」なんてことを言っていて、正直ガッカリしたものだ。

でも、その直後に誠治さんの結婚式に出席するや否や「俺も結婚したい」と言い出した。

“棚からぼたもち”じゃないけど、トントン拍子に結婚の話が進んだのだ。

― 子ども、かぁ。たしかに、そろそろだよね。

結婚後の3年前――30歳のとき、私は日系の同業他社から今の会社に転職した。

その時、子どもをつくるタイミングについて崇仁ととことん議論した。

転職するなら、せめて3年は新しい会社でキッチリ働く。そこで自分の地盤をしっかりと確立させてから、妊活に着手する――そう決めたのだ。

当然、妊活開始が遅くなることによって、子どもを授かれなくなるリスクも上がる。

でも、そのリスクを取ってでも、キャリアを大事にしたかった。そんな私の考えを崇仁も理解してくれて、応援してくれた。

その3年が、そろそろ過ぎようとしている。

― 今度は私が崇仁の考えを尊重する番…なのかな。

正直、私はそこまで「子どもが欲しい」とは思っていない。欲しいような気もするけど、もっと仕事に打ち込みたい思いも否定できない。

けれど、大切な崇仁の望みであるならば…一緒に頑張りたい、と思う。

「わかったよ。じゃあ、本格的に妊活を始めようか」

「よかった。俺も協力するよ!」

パッと笑顔になる崇仁。でも…。

― “協力する”かぁ。

彼の表現に、微妙に引っかかりを覚えた。

じゃあどんな表現なら自分が満足するのか、それはうまく説明できないのだけれど…。

ぼんやりとした不安を感じながらも、私たちの妊活は、突然始まったのだ。


その週末。

私たちはダイニングテーブルで向かい合ってPCを広げ、妊活に関する情報収集をしていた。

まずは妊娠の可能性についてちゃんと知るために、信頼できるレディースクリニックを探して、ブライダルチェックを受ける。その結果を踏まえて、今後の方向性を決めよう――そう話し合った。

「あ、崇仁。このクリニックよさそう。うちからも近いし、ホームページ見る限り雰囲気も良い感じ!」

自宅からほど近い、赤坂にあるレディースクリニックだった。

ハイエンドなエリアだからだろうか、ホームページもスタイリッシュで高級感がある。

スマホアプリの予約システムも導入しているらしく、いざ通うとなった時も使い勝手が良さそうだ。

それに、院長先生の経歴もたしかだ。

写真をみるとふっくらと優しげな女性に見えるが、東京医科歯科大学卒業後、医科歯科の附属病院や都立病院などで長年経験を積んでいるようだ。




「ふーん、たしかに良い感じだね。費用はどれくらいかかるの?」

「えっとね…68,000円って書いてある」

「え!?そんなにするの!?」

ぎょっとしたような表情で、崇仁がPC画面を覗き込んできた。

そこには、たしかに68,000円――正確には、1人につき34,000円と記載されている。

この費用の他に、追加4,000円で子宮頸がんやHIV検査も受けられると書かれていた。

「本気でこんなにするわけ?ちょっと信じがたいんだけど…ぼったくりじゃない?」

「でも、Google マップの評価は星4つだよ。クリニックの口コミサイトでもポジティブな意見が多いし、良いクリニックだと思うんだけど」

「うーん、前にブライダルチェック受けた友達がいるから、LINEして相場聞いてみるよ。無駄な支出になるなら、行く気になれないな」

― なによ、それ。せっかく前向きに妊活を始めようとしてるのに。

年収が高いくせに、というべきか、高い“から”、というべきなのか…。崇仁は、お金で損をすることに対してものすごく敏感だ。

命を削って働いているからこそ、無駄にしたくないという気持ちがあるのかもしれない。

私も崇仁には及ばないものの、高年収の部類には入るので、その考えは理解できるとはいえ、出鼻をくじかれたような気がして、なんだかモヤモヤした気分になった。

「…あ。友達から返信きたけど、『俺の時もそのくらいかかった』って…」

「じゃあ、このクリニックでいい?予約するよ?」

「わかったよ」

なぜかしぶしぶといった顔でうなずく崇仁に微妙にイラッとしつつも、私はクリニックの予約サイトを開いた。

しかし…。

「うそ。2ヶ月後まで予約いっぱい。しかも、2ヶ月待っても平日しか空いてない」

「マジか〜、平日か」

もはや崇のテンションはかなり下がっている。

「休み取れる?それか、中抜けとかフレックスでも」

「うーん、そうだな。2ヶ月先なら、調整はつくと思う」

「本当に大丈夫?」

崇仁の忙しさを考えると、休日に行ける他のクリニックにする選択肢もあったけれど…やはりなかなか、最初に見たところ以上に評判と印象が良いところは見つからない。

やはり、人気のクリニックは何ヶ月も先まで土日の予約が埋まっているのだ。

だから、結局は最初に見たクリニックを予約することにしたのだけれど。

― 大丈夫かなぁ、崇仁。ちゃんと休みが取れればいいんだけど。

一抹の不安が残った。




2ヶ月後


「崇仁、ちょっと〜、電話出てよ…」

木枯らしが吹く赤坂の一ツ木通りを小走りで歩きながら、私はイライラとつい独り言をつぶやく。

案の定、なのかもしれないけれど。

クリニックの予約日、崇仁は仕事を休めなかった。急にUSとのコールが入ったとかなんとかで。それでも、予約時間にはタクシーを飛ばしてきてくれると朝は言っていたのに。

予約時間の15時近くになっても、LINEに既読はつかない。

業を煮やしてとりあえず私1人で向かっているのだけれど…。

クリニックの前に着いた瞬間、スマホの通知音が鳴る。

『ごめん、やっぱり今日は難しそう』

LINEのトーク画面を見て「やっぱりね」と怒りがこみ上げる一方で、少しホッとしている自分もいた。

まだ、子どもを作る覚悟ができていない自分がいたから…。

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