防衛省が発表した令和5年度予算の概算要求は、“規定”の要求額とは別に、値段も調達数も明らかにされない“大風呂敷”が別建てで設けられています。どのような能力が必要なのでしょうか。その財源問題も、様々に言及されています。

概算要求とは別に「事項要求」

 2022年8月31日、防衛省が令和5 (2023)年度予算の概算要求を発表しました。要求額は5兆5947億円で、今年度(令和4年度)に比べて1.1%の増となっています。
 
しかし実際の来年度の防衛費は、これでは到底収まりきらなさそうです。


航空自衛隊F-35A。令和5年度予算では6機取得が明記されている(画像:航空自衛隊)。

 政府は例年その年の年末に、国会へ提出する来年度の予算案を編成します。概算要求は予算案をまとめるにあたって、各省庁が来年度にどのような事業を行い、そのためにいくら予算が必要とするかをまとめたものです。

岸田文雄首相は2022年5月に行われた日米首脳会談で、防衛費を大幅に増額する意向をアメリカのジョー・バイデン大統領に表明していました。5兆5947億円という金額は決して小さなものではありませんが、岸田首相がバイデン大統領に表明した「大幅」な増額とも言えません。

 実のところ5兆5947億円という金額は、あくまで“わかっている分”だけの額といえます。概ね10年後までを念頭に置き、中長期的な視点で日本の安全保障政策や防衛力の規模を定めた指針である「防衛大綱」と、防衛大綱の適用開始から5年間にどのような政策を実施し、どれだけ防衛装備品を調達するかを明文化した「中期防衛力整備計画」(以下、中期防)で定められた能力を達成するための経費のほか、自衛隊員の給与や食費、訓練などの活動費用、在日アメリカ軍再編に伴う経費の総額です。

 令和5年度概算要求にはこの5兆5947億円に、金額を定めず防衛省が実施したい事業を明記し、年末の予算編成までにその事業の詳細を定めて必要な経費を要求する「事項要求」が上乗せされています。このため令和5年度の防衛費の総額がいくらになるのかは、年末に予定されている予算案の発表まで見通しが立たないというのが本当のところです。

調達数が書けない? 予算要求のウラに広げられた“大風呂敷”

 令和5年度防衛予算の概算要求が特殊な形となった理由は2つあります。

 政府は外交を含めた日本の安全保障戦略の指針となる「国家安全保障戦略」の改訂を進めており、これに伴って防衛大綱と中期防も改訂されます。

 現中期防の適応期間は平成31(2019)年度から令和5年度までの5年間ですが、新中期防の策定により現中期防は1年前倒しで終了する見込みとなっています。このため現中期防で調達が計画されていた装備品の中には、計画調達数を達成できないものも存在しています。

 そこで防衛省はF-35A/B戦闘機の調達やF-15J戦闘機の能力向上改修などにも事項要求を適用して、調達数を増やすことも検討しています。このため令和5年度概算要求についてまとめた「我が国の防衛と予算」には、今年度までの「我が国の防衛と予算」に明記されていた装備品の調達費が明記されていません。

 もう一つの理由は岸田内閣が2022年6月7日に発表した「経済財政運営と改革の基本方針2022」、いわゆる「骨太の方針」の中で、5年以内に防衛力を抜本的に強化すると明言していることにあります。


陸上自衛隊が導入する最新の地対空ミサイル「03式中距離地対空誘導弾」。ミサイル防空能力の強化が必要とされている(画像:防衛装備庁)。

 防衛省はこの方針の実現に向けて、次の7項目を重点的に整備するという方向性を打ち出しています。

・敵の防空システムなどがカバーする範囲の外側、それも出来る限り遠方から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」。
・弾道ミサイルだけでなく巡航ミサイルや超音速兵器などにも対処する「総合ミサイル防衛能力」。
・無人航空機、無人水上艇、無人潜水機、無人車両などの早期の装備化と活用により防衛力を高める「無人アセット防衛能力」。
・陸海空の従来領域にサイバーや宇宙などの新領域を加えた「領域横断作戦能力」と、「指揮統制・情報関連機能」。
・部隊を迅速に展開させる「機動展開能力」。
・万が一有事が発生した時、戦い続けることを可能にする「持続性・強靭性」。

これらが、事項要求の主要な柱と位置づけられているのです。

財源どうなる? 丁寧な説明を!

 防衛省はロシアのウクライナ侵略を力による現状の変更であると断言し、ヨーロッパで起こっていることはアジア太平洋でも起こりうるとの認識を示しています。また、ロシアのウクライナ侵略でも想起した物理戦闘とサイバー戦、情報戦などが入り混じったハイブリッド戦などへの対応や、将来の技術革新、少子高齢化を含む人口動態への対応なども喫緊の課題であるとも述べています。

 こうした状況を考慮すれば、防衛費の大幅な増額はやむを得ないことだと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。しかしその一方で、日本経済は低迷を続けており、給与が上がらない状態で物価の上昇のみが続く「スタグフレーション」への突入も懸念されるなど、国民の生活は苦しさを増しています。

 9月17日付の時事通信は政府・与党が大幅に増額される防衛費の財源として、法人税や金融所得課税、たばこ税の増税を検討していると報じています。また所得税や相続税の増税、あるいは国債の発行で防衛費を賄うべきとの意見もあるようです。


ウクライナにも供与された徘徊型弾薬(自爆型ドローン)の「スイッチブレード」。防衛省は「無人アセット防衛能力」強化の一環として徘徊型弾薬の調達も計画している(竹内 修撮影)。

 経済が好調でなく、国民生活が苦しい中での増税は、防衛力の強化が必要であると考える人々にとっても、容易に受け入れられるものではないと筆者は思います。また未来への「ツケ」である国債の発行にも根強い反対意見があります。

 このような状況下で、それでも政府が防衛力の強化が必要であり、そのための負担を国民に対して求めるのであれば、防衛予算の透明性の向上と、丁寧な説明が不可欠だと筆者は思います。