2022年9月19日、厳粛な雰囲気のなか行われた故エリザベス女王の葬儀。彼女の棺を運んだのは、多数の海軍兵士が引く砲車でした。砲車が使われた意味と、葬儀に大いに関係していたイギリス軍内での陸海空の序列について見てみます。

70年前にも使われた歴史と伝統の砲車

 2022年9月8日にスコットランドのバルモラル城で亡くなられたイギリス女王、故エリザベス2世の国葬が、9月19日、厳かに行われました。

 その様子はテレビや新聞の報道などで大きく取り上げられ、インターネット動画などでは中継映像も流されました。その際、葬儀で重要な役割をはたした「乗り物」と、その周りを固めていたイギリスの陸海空軍について見てみましょう。


2022年9月19日、故エリザベス2世の棺を乗せた砲車とともにロンドン市内を進むイギリス海軍兵士たち(画像:イギリス海軍)。

 葬儀の当日、女王の棺をウエストミンスター宮殿からウエストミンスター寺院に運ぶにあたり用いられたのは、海軍の砲車でした。砲車とは大砲を移動・運搬するために用いる台車で、砲架台に2輪、あるいは4輪の車輪を取り付けたものです。

 では、なぜ砲車に棺を乗せるのか。それは砲車が歴史と伝統に則ったものだからです。この砲車は1952(昭和27)年に執り行われたエリザベス2世の父ジョージ6世の葬儀に用いられたものです。

 その後、北アイルランドで活動していた過激派組織IRA(アイルランド共和軍)暫定派のテロ活動によって、1979(昭和54)年に暗殺されたマウントバッテン卿の葬儀でも用いられています。マウントバッテン卿は、エリザベス2世の王配(夫)であるフィリップ殿下の叔父にあたる存在の人物で、イギリス王室とも親戚関係にありました。今回はそれ以来の使用となるそうです。

 ただ、陸戦で用いる大砲を運ぶもののため、陸軍が運びそうに思いますが、砲車を引いていたのは海軍兵士たちでした。陸上なのになぜ海軍が引いていたか、それにはイギリス軍の中における序列が関係していました。

イギリスでは海軍が序列第1位のワケ

 イギリス軍は、陸海空の三軍編制です。このなかで最も早く「王立」となったのが、海軍(Royal Navy)です。そのため、現在の同国の三軍種の中では最先任(Senior Service)とされています。そして、これに続くのがイギリス空軍(Royal Air Force)です。ちなみに、同国空軍は世界で初めて独立軍種として創設された空軍です。

 これら2軍に対して、イギリス陸軍(British Army)にはRoyalが冠せられていません。その理由を簡潔に説明すると、陸軍はかつて各地の諸侯の軍隊であり、それらを必要に応じて「イギリスの軍隊」として集約して運用してきた伝統があるからです。このような理由もあって、現在の軍種中で最先任たる海軍が、女王の棺を運ぶことになったようです。

 とはいえ、海軍が担っていたのは砲車の牽引のみ。ウエストミンスター寺院などで故エリザベス2世の棺を肩に担いでいたのは、陸軍の近衛歩兵連隊(Foot Guards)のひとつ、グレナディアガーズ連隊の兵士たちでした。というのも、同連隊は近衛歩兵連隊の最先任部隊であると同時に、第2次世界大戦中の1942(昭和17)年、王女時代の女王が同連隊の名誉連隊長に就任したからです。


故エリザベス2世の棺を肩に載せウストミンスター寺院の階段を上る陸軍グレナディアガーズ連隊の兵士たち。階段に並ぶのは王室騎兵隊のブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊の兵士(画像:イギリス国防省)。

 ちなみに近衛歩兵連隊は2022年9月現在、5個連隊が編制されており、先任の順位はグレナディアガーズが第1、コールドストリームガーズが第2、スコッツガーズが第3、アイリッシュガーズが第4、ウェルシュガーズが第5となっています。ただ、番号で呼ばれることはありません。

 このように、長い歴史と伝統を誇るイギリスには、特に王室や軍の場合、当のイギリス人にもわかりにくいさまざまな背景やいわれがあるといえるでしょう。

 なお、前出したようなイギリス三軍の序列の関係からか、棺とともに歩まれていた新国王チャールズ3世は海軍の軍服を着用。娘(皇女)のアン王女も海軍の軍服を着ていました。一方、孫のウィリアム皇太子は空軍の軍服で参列していました。このように、王族のみなさんはいずれもRoyalが冠せられる軍種の軍服を着用されているのが印象的でした。

 では末筆ではありますが、全世界から愛された女王エリザベス2世が、安らかな眠りにつかれますよう筆者(白石 光:戦史研究家)もお祈りいたします。