タイの王立空軍博物館に展示されている50以上もの同国陸海軍機のなかに、日本製の「九九式高等練習機」があります。1300機以上が製造され、旧陸軍で訓練に用いられた同機ですが、日本には1機も現存しません。それがなぜ、タイにあるのでしょうか。

行きやすくなったタイ王立空軍博物館に日本製の航空機

 タイの首都、バンコク北部のドンムアン空港に隣接するタイ王国空軍博物館には、タイ王国空軍とタイ王国陸海軍が運用した多数の航空機が展示されています。そのなかに、日本では見られない旧日本軍の保存機がありました。

 タイ王国空軍博物館はタイの中心地からはタクシーを利用する以外に訪れる方法がなく、筆者はその存在を知ってはいたものの、これまで足を運んだことがありませんでした。しかし2020年12月16日に、バンコクの大動脈であるBTS(バンコク・スカイトレイン)スクンビット線が延伸し、ピピッタパンコーンタップアーカート駅、直訳すればタイ王国空軍博物館駅の開業により、バンコク中心部からのアクセスが容易に。そこで今回筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)はタイ王国博物館を訪れてみました。


タイ王国空軍博物館で展示されている九九式高等練習機(竹内 修撮影)。

 50機以上にのぼる展示航空機のうち、日本にない日本製の航空機、それは「立川九九式高等練習機」(以下、九九式高等練習機)です。現在の立飛ホールディングスの前身である立川航空機が、旧日本陸軍の要求に応じて1930年代に開発しました。

 この頃、航空機は急速な進化を遂げ、軍用機は金属製の単葉機が主流となりましたが、旧日本陸軍には金属製単葉機のパイロットの教育に使う適当な練習機がありませんでした。

 立川航空機は日本陸軍の要求に応じて、偵察と軽攻撃を任務とする九八式直接協同偵察機(以下直協機)を開発しています。この航空機は練習機に求められる低速での飛行安定性が高く、その長所に注目した旧日本陸軍は、立川航空機に九八式直協機をベースとする練習機の開発を要求。その結果誕生したのが九九式高等練習機ということになります。

なぜタイに? 輸出されていた日本の兵器

 九九式高等練習機は1939(昭和14)年に制式化され、1943(昭和18)年までに立川航空機で1075機、川崎重工業の前身の一つである川崎航空機で311機、合計1386機が生産されています。

 生産された機体の大部分は旧日本陸軍の飛行学校で運用されましたが、当時の満州国とタイにも輸出されました。事実上日本の傀儡国家であった満州国はともかく、なぜタイ空軍が導入したの? と思う方も少なくないのではないかと思います。

 当時のタイはフランス領インドシナ(現在のベトナム人民共和国)と領土問題を抱えており、1893年の仏泰戦争で割譲した領土の奪還を目論んでいました。フランスが1940年6月にドイツ帝国へ降伏したのを好機と見たタイは、同年11月にフランス領インドシナ南部へ侵攻し、いわゆるタイ・フランス領インドシナ紛争を引き起こしています。


第二次世界大戦中旧日本軍はタイに駐屯しており、連合国との戦闘で撃墜されたとみられる陸軍の九七式戦闘機の残骸なども展示されている(竹内 修撮影)。

 この紛争は当時の日本政府の仲介により終結し、タイは領土の回復に成功しています。これを機にタイは日本との軍事的な関係を強め、太平洋戦争開戦の1941年12月8日に日泰攻守同盟条約を締結、日本の同盟国となりました。

 これにより、アメリカ、イギリスなどからの兵器の輸入が不可能となったタイは、日本からの兵器の導入を進めました。九九式高等練習機の輸出はその一環として行われています。

手がかからない! 重宝されたであろう九九式高等練習機

 九九式高等練習機はベース機の九八式直協機と同様、機首部に7.7mm機銃を装備していますが、タイ空軍の九九式高等練習機は戦闘に使用された記録はなく、パイロットの教育のみに使用されていたようです。また九八式直協機と同様、低速飛行時に急な引き起こしをすると失速しやすいという難点はあったものの、それ以外の操縦性や安定性は極めて良好でした。

 このほか、九八式直協機は設備の整わない環境での運用を想定して、出来る限り整備を容易にするよう設計されており、九九式高等練習機も同様に重宝されたのではないでしょうか。

 筆者はタイ空軍の九九式高等練習機に対する評価の記録を見つけることはできませんでしたが、安定性、操縦性、整備性に優れた同機はタイ空軍でも概ね好評だったのではないかと思いますし、同機が1951(昭和26)年まで運用されたという事実が、それを裏づけているように思えます。

 ただ1386機が製造されたにもかかわらず、2022年9月の時点で現存している九九式高等練習機はタイ王国空軍博物館の収蔵機と、中国・北京の中国人民革命軍事博物館の収蔵機の2機だけです。

 写真で見る限り、中国人民革命軍事博物館の収蔵機は屋外展示されているようですが、タイ王国空軍博物館の収蔵機は現在、空調の効いた屋内施設で展示されており、かなり良好なコンディションであるように見受けられました。

 日本の産業遺産の一つである九九式高等練習機が日本国内に無いのは寂しい事ですが、大切に保管されているタイ王国空軍博物館の収蔵機の姿を目のあたりにして、軍事・航空博物館の少ない日本で保管されるより、幸せなのではないかという気持ちになりました。