高松商の長尾健司監督は、その瞬間を「空気が変わった」と評した。その言葉に深くうなずくしかなかった。

 浅野翔吾が放った打球は右中間方向に伸び、そのままフェンスを越えていった。

 8月11日の甲子園・高松商(香川)対佐久長聖(長野)戦は、ひとりの小柄な怪童のパフォーマンスによって異様な展開に突入していく。

 右中間に放り込んだ次の打席では、浅野は111キロのスライダーをレフトスタンドへ弾丸ライナーで運んでみせた。

 なんだ、この選手は。いったいなんなんだ......。


佐久長聖戦で2打席連続本塁打を放った高松商・浅野翔吾

衝撃の2打席連続本塁打

 理解不能──甲子園球場全体がそんな雰囲気に包まれた。それまで爆発の気配すら漂っていなかっただけに、衝撃は大きかった。試合は浅野の2本塁打もあり、高松商が14対4で佐久長聖を圧倒した。

 大会前から浅野は話題のドラフト候補だった。身長171センチ、体重86キロと上背はないものの、大会前の時点で高校通算64本塁打を放っていた。

 ただし、この本数自体にさしたる意味はないかもしれない。浅野の本塁打数が40本に達した昨秋、長尾監督は不満そうな顔でこう語っていた。

「ウチは公立だから、この2年はコロナの影響で練習試合が全然できなかったんです。例年より半分くらいの試合数だったので、普通に試合ができていたら浅野なら80本は打っていますよ」

 その言葉を信じれば、本来なら浅野の高校通算本塁打数は100本以上に達する計算になる。

 小学生時に95本、中学生時に55本のホームランを積み重ねてきた、根っからのホームランバッターである。なぜ体格的に恵まれているとは言えない浅野が、これだけ飛距離を伸ばせるのか。以前に浅野はこんな秘訣を語っている。

「長尾先生に中村剛也さん(西武)のバッティング動画を見せていただいたんです。中村さんは高めの球も低めの球も、ボールに対してバットを縦に入れていました。この打ち方を意識するようになって、とくに低めのボールが得意になりました」

 2年秋には「飛ばし方は右も左も変わらないですから」と突如スイッチヒッターに転向。練習試合では左打席でも本塁打を放っている。

 その野性味あふれるプレースタイルはチームメイトから「人間じゃない」と評されるそうだ。

 浅野にとっては昨夏に続いて2度目となった甲子園。「1番・センター」で出場した浅野は、第1打席からどこかおかしかった。

 ファウルがことごとく高いフライになる。ボールを見送る姿も、タイミングが合っているように見えない。1打席目はカウント3ボール2ストライクから四球。2打席目は上空に高々と舞い上がる三塁ファウルフライだった。

 浅野以外にもポップフライを打ち上げる選手が多いことから、長尾監督は「叩くくらいのつもりでいかんと」と選手に指示している。

「(香川大会後は)ずっと本物のピッチャーではなく、バッティングピッチャーの球を打っていたので、スピンがかかるボールの下っつらを叩いていたんです。僕もバッティングピッチャーをやっていたんですけど、僕の球は垂れる(ホームベース付近で沈む)のでね」(長尾監督)

1番で起用する理由

 だが、浅野の場合はスイング軌道だけでなく、タイミングが合っていないように見えた。浅野本人はフォームの問題を感じとっていたという。

「体が少し突っ込んでいました。夏前から『体のなかで打つ』ことを意識していたので、修正して打ちました」

 そうして、第3打席は冒頭のような本塁打になった。さらに恐ろしいのは、高校生の右打者が甲子園球場の広い右中間スタンドに叩き込んだにもかかわらず、「少しこすっていた」と明かしたことだ。浅野にとっては会心の一打ではなかった。

 2本目の本塁打に関しては、「(前の打席で)真っすぐを打ったので変化球が多くなるかな」と予想どおりスライダーをとらえた。この打球の感触は「完璧でした」と浅野は振り返る。

 浅野の高校通算66号が飛び出した時点で高松商のリードは4点に広がった。佐久長聖の藤原弘介監督は、2本目の本塁打が痛かったと振り返る。

「あのツーランで選手の気持ちが切れて、試合が決まってしまったのかなと。あらためていいバッターだなと感じました」

 試合後、浅野を1番打者として起用する理由を問われた長尾監督は、こう答えた。

「一番打席数が回ってくるのと、一瞬でピッチャーのリズムが狂うのかなと。衝撃が大きいので、畳みかけられるのが利点だと思います。春の大会が終わったあとくらいに、練習試合の相手の監督さんに『1番を打たせたら怖いねぇ』と言われて。相手は嫌なのかなと思って1番で使うようになりました」

 まさに言葉どおりの1番打者像を相手チームはおろか、全国の高校野球ファンに見せつける形になった。

 なお、本人に今後左打席に立つとしたらどんなシチュエーションかと尋ねると、こんな返答があった。

「球速の緩いピッチャーか、右のアンダースローのピッチャーが相手なら左に立つかもしれないです」

 この試合は「浅野翔吾伝説」の序章にすぎないのか、それとも。次戦は8月15日、技巧派左腕・香西一希を擁する九州国際大付との3回戦になる。