羽生竜王「初モノ」との勝率は驚異の83%!藤井四段は14人目の勝者になれるのか - 大村綾人
※この記事は2018年01月30日にBLOGOSで公開されたものです
かつて、プロ野球セ・リーグの覇権を握っていた読売ジャイアンツはプロ入り初登板の新人投手にノーヒット・ノーランされるなどの経験から、「初モノに弱い」という負の伝統が語られることがあります。
では、将棋界の常勝・羽生善治竜王と「初モノ」はどうでしょうか?
2月17日(土)に行われる第11回朝日杯将棋オープン戦の準決勝、羽生善治竜王と藤井聡太四段の「公式戦におけるはじめての対局」が迫っています。はじめての対戦のことを相撲では「初顔合わせ」と言いますが、将棋の対局の場合「初手合い(はつてあい)」といいます。藤井聡太四段のような「後輩の棋士」との初手合いで、羽生竜王はこれまでどんな成績を残してきたのかご紹介します。
非公式戦でも容赦ない羽生竜王
羽生竜王が四段(=プロ入り)に昇格することが決まったのは1985年12月18日。プロになると「棋士番号」が与えられます。この時、同時に昇段した安西勝一七段には「174」、羽生竜王は「175」の番号が付与されました。つまり、棋士番号176以降が「羽生竜王のプロ入りよりも後にプロになった棋士」。2018年1月現在、昨年10月にプロ入りした古森悠太四段の「312」番が最新の棋士番号なので、羽生竜王の後輩にあたる棋士は「137人」いる、ということになります。
137人の後輩棋士の中で、羽生竜王と「公式戦」で対局をしたことがない棋士は57人。非公式戦は山形県天童市で行われる「ヒトが駒として実際に動く」ことで知られる人間将棋や、西武ドームで行われた「車将棋」、また、将棋まつりで行われるものが多く、羽生竜王の対局相手もタイトル保持者や"その時最も勢いのある若手"などが選ばれる傾向にあります。前回の記事で、羽生竜王と戦うまでの「ハードルの高さ」について紹介しましたが、非公式戦でも似たような状態です。
しかし、「プロ入り前であれば戦ったことがある」という棋士もいます。都成竜馬四段はプロ入り直前の「三段」時代に「新人王戦」で優勝し、記念対局で羽生竜王と対局。壮絶な戦いを制したのは羽生竜王でした。また、2005年に編入試験を受けてプロ入りした瀬川晶司五段は、アマチュア名人としてテレビで羽生竜王と対局。2000年の元日放送という記念対局は、「角落ち」の手合いで行われ、羽生竜王が勝利しました。
すでに「羽生さん、非公式戦でも容赦ないな…」という雰囲気が出ていますが、変わり種は村田智弘六段。村田六段は小学6年生の時に第19回小学生将棋名人戦(1993年度)で優勝。「小学生名人戦記念対局」で1局、さらに雑誌の企画でも羽生竜王と対局しています。どちらも「飛車落ち」というハンデ戦("駒落ち"といいます)で、羽生竜王に「連勝」しています。
初手合いの勝率は驚異の8割超え
さて、残る80人が羽生竜王と1回以上、公式戦で戦ったことのある後輩棋士となります。
羽生竜王、後輩との公式戦初手合いでの戦績は…
羽生竜王の67勝13敗。その勝率.8375!!8割オーバーです。
この勝率が高いのか低いのか。1月27日時点の羽生竜王の通算勝率は.7118。それを1割以上超える勝率というのは、やはり「高い」と言ってよいでしょう。さらに、羽生竜王が七冠王を達成した1995年度の勝率は.8364。なんと、わずかに七冠達成年度の勝率を超えているのです!
ちなみに藤井聡太四段の今期の勝率は、1月27日の時点で.8196で、通算勝率は.8450。「羽生竜王と藤井四段の初手合いに関する"勝率"は、どこをとっても8割オーバー」という、比類なき世界の話というのがお分かりいただけると思います。また、将棋界の歴代最高勝率の1位は中原誠十六世名人が1967年度に記録した.8545。羽生竜王の七冠達成年度の勝率でも「歴代3位」。これはこれでとてつもない話です。
11年1ヶ月、初手合で負けなかった羽生竜王
初手合いで羽生竜王を破った棋士はわずか13人。その棋士の名前と、初手合いの対局年月日を確認しましょう。
佐藤康光 1988年7月15日
小倉久史 1990年5月18日
郷田真隆 1992年3月10日
藤井猛 1996年12月4日
長沼洋 2008年1月7日
戸辺誠 2010年3月30日
広瀬章人 2010年6月11日
豊島将之 2010年11月17日
菅井竜也 2011年5月15日
永瀬拓矢 2013年11月15日
佐々木勇気 2016年7月22日
近藤誠也 2016年11月22日
及川拓馬 2017年8月6日
特筆すべきは1996年から2008年までの11年と1か月、初手合いの後輩に一度も負けていない、という点。絶対的な強さを感じます。この対局日一覧をなんとなく頭の中にとどめつつ、続いては相手棋士の生年月日を見てみましょう。ある特徴が見えてきます。羽生竜王が1970年9月27日生まれということをふまえてご覧ください。
佐藤康光 1969年10月1日
小倉久史 1968年5月15日
郷田真隆 1971年3月17日
藤井猛 1970年9月29日
長沼洋 1965年1月7日
戸辺誠 1986年8月5日
広瀬章人 1987年1月18日
豊島将之 1990年4月30日
菅井竜也 1992年4月17日
永瀬拓矢 1992年9月5日
佐々木勇気 1994年8月5日
近藤誠也 1996年7月25日
及川拓馬 1987年5月6日
いかがでしょうか。1972年から1985年生まれの棋士がすっぽり抜けているのが特徴です。5つ上の長沼洋七段を含め、羽生竜王と「広く同世代」とくくれる棋士が5人、羽生七冠王が誕生し、将棋教室に子供たちが殺到した1996年に小学生だった棋士が3人、就学前だった棋士が4人、羽生七冠以降に生まれた棋士がひとりという内訳です。
つまり、羽生竜王の同世代やその少し下の世代、「羽生竜王のデビュー前後に将棋をはじめた世代」よりも、「七冠達成後の羽生さんをテキストに将棋を勉強した世代」が初手合いで勝利している、という特徴も読み取れます。
初手合いで羽生竜王を負かした棋士たちの輝かしい経歴
続いて、藤井聡太四段の今後や将来を占う意味で「羽生竜王との初手合いで勝利した棋士たちは、どのような経歴なのか」を、ごく簡単にチェックしてみましょう。
(以下、タイトル・段位は2018年1月27日現在のものです)
佐藤康光九段
…タイトル登場回数合計37回、獲得合計13期、歴代7位。1998年、99年は名人。「永世棋聖」の永世称号を持つ。NHK杯優勝3回など、一般棋戦の優勝合計12回。2006年度、最優秀棋士賞受賞。現在、日本将棋連盟の会長をつとめる。
小倉久史七段
…藤井四段と同じく、三段リーグを1期で抜けた棋士のひとり。第一回小田急将棋まつりの小学生大会決勝戦で羽生竜王と戦い、準優勝。羽生竜王との成績は2勝1敗。その大会の3位は羽生竜王の同級生で、名人の永世称号を持つ森内俊之九段。
郷田真隆九段
…1992年「21才・四段」でタイトル獲得。タイトル登場回数合計18回、獲得合計6回。NHK杯など一般棋戦の優勝合計7回。そのうち、日本シリーズという大会の3連覇も。1994年度最多勝利賞、1997年度最多勝利賞、勝率第一位賞。プロレス大好き。
藤井猛九段
…名人と同格の「竜王」を3期獲得。一般棋戦優勝8回。羽生竜王が「200年間考え続けても思いつかない」「将棋界の歴史に名を残す革命的な戦法」常にベタ褒めする「藤井システム」を開発した棋士。ユーモアあふれる解説で、将棋ファンに大人気。
長沼洋七段
…対 羽生戦1勝0敗。その1勝は「NHK杯」という最も注目を浴びる場所にて。デビューから21年で羽生竜王との初手合い。ちなみにプロ棋士は、NHK杯に出ていないと「引退されたのですか?」と心配されることがあるらしい。
戸辺誠七段
…第23回(1998年)小学生将棋名人戦で3位。後述の広瀬章人八段と同い年で小学生時代からのライバル。20歳でプロとなり2009年度は勝率2位、新人賞受賞。雑誌「将棋世界」の連載で、乃木坂46の伊藤かりんさんを指導していることでも知られる。
広瀬章人八段
…2005年4月、早稲田大学入学と同時にプロ入りという異色の経歴。在学中の2010年に王位獲得。現役大学生のタイトル獲得は棋界初。同年度の敢闘賞、名局賞を受賞。今回の朝日杯では、羽生・藤井の反対側の山で準決勝に勝ち残っている強豪。
豊島将之八段
…現在、王将戦の挑戦者として対局中。2009年度、2011年度の最多勝利賞、2009年度の勝率一位賞、2014年度の最多対局賞、名局賞受賞。第3回電王戦で唯一コンピュータ将棋ソフトから勝利をおさめた棋士。「豊島?強いよね。」で検索。
菅井竜也王位
…2017年、タイトル初挑戦となる王位戦で羽生竜王から王位を奪取。平成生まれ初のタイトルホルダー。2011年度の新人賞、2014年度の勝率一位賞、最多勝利賞。対 羽生戦は5勝2敗。羽生竜王を相手に「3つ」勝ち越している棋士は他にいない。
永瀬拓矢七段
…2016年度、棋聖戦の挑戦者に。羽生棋聖を相手に2勝3敗で惜しくも奪取ならず。ただし対羽生戦の通算成績は5勝3敗。2015年、電王戦FINALでコンピュータ将棋ソフトに勝利。2011年度、13年度の連勝賞、2012年度の新人賞、勝率1位賞。
佐々木勇気六段
…2004年度、小学生将棋名人戦で優勝。この時、小学4年生。準優勝は菅井竜也王位。16歳1か月でプロデビュー。去年は藤井聡太四段の連勝を止め"眼光の鋭さ"や"スイス・ジュネーブ生まれ""力うどんに餅をトッピング"などでも話題に。
近藤誠也五段
…1996年7月、羽生七冠が棋聖位を失う5日前に生誕。藤井聡太四段の公式戦初対局は2016年12月24日、相手は加藤一二三九段だが、近藤誠也五段の公式戦初対局はぴったり1年前で相手も加藤一二三九段。デビューから11か月で羽生戦を実現させ、勝利。
及川拓馬六段
…かつて羽生竜王が通い腕を磨いた八王子将棋クラブへも足を運ぶ。中学時代に卓球部で県のベスト8進出、高校時代はギター部を創るなど多才。矢追純一さんや春風亭小朝さんの母校でもある東京電機大学高等学校卒業。妻は上田初美女流三段。
羽生竜王を初手合いで破った13人のうち5人がタイトル経験者、加えて2人が現在まさにタイトル挑戦中。半分以上がタイトルにからみ、そのほか新人賞や勝率一位賞などの受賞など、輝かしい経歴の持ち主が並びます。
藤井四段が勝てば「初めて尽くし」の1局に
藤井聡太四段は「羽生さんに初手合いで勝利」の"14人目の棋士"になれるのか。
デビューから1年強での初手合いということで、デビューからの最短勝利は近藤五段を超えることができませんが、「21世紀生まれではじめて羽生善治に勝った棋士、それも初手合いで。」という記録は誕生します。
また、羽生竜王は過去「自分の子どもよりも年下の棋士が出てきた場合に何を思うのか、どう戦うのか」という話を何度もしていました。羽生竜王の娘さんは1997年7月生まれと1999年11月生まれ。2002年7月生まれの藤井四段が勝てば「羽生竜王が、自分の子ども以下の年齢の棋士にはじめて負ける」という、象徴的な1局になります。
最後にあらためて、羽生竜王の後輩棋士との初手合いの勝率は「.8375」
勝率8割オーバー同士、最強の矛と最強の盾による対局で、藤井四段は"1割6分の棋士"になれるのか、<この1局にしかないチャンス>をお見逃しなく!