美談など無い方がいい - 赤木智弘
※この記事は2018年01月28日にBLOGOSで公開されたものです
2008年1月23日午前9時59分ごろ。群馬県にある草津白根山の本白根だけが噴火した。(*1)
すぐ近くにスキー場があったことから、スキー場の利用客とスキー訓練中だった自衛隊員が巻き込まれ1人が死亡。11人が負傷した。(*2)
死亡したのは49歳の陸上自衛隊の陸曹長で、部下をかばって背中に噴石が直撃したということである。(*3)
さて、ネットでは自衛隊員が巻き込まれたことに関する1つの噂が流通していた。それは「自衛隊員8人が円陣になって民間人を守って死亡した」というものである。この噂を聞いたネットの人たちの中には「国民を守った自衛隊員は立派である」として、その死を美化する人もあった。
この情報はBuzzFeedの記事によれば、最初に「5ちゃんねる」(旧、2ちゃんねる)に書き込まれたもので、これを日本維新の会に所属する前衆議院議員である中津川博郷氏を始めとする多くのユーザーがツイートするなどして、拡散されたと見られている。(*4)
中津川氏は「正しい歴史を伝える会」の顧問であるというが、このような(サヨク)メディアバッシングのために不確かな情報を拡散してしまうような人物が、どのように「正しい歴史」とやらを伝えるのか、はなはだ疑問である。
こうした曖昧な情報で自衛隊員を褒め称えていた人々も、やがて自衛隊側から死亡した陸曹長の氏名が公表され、事故の様子が詳細に語られるようになるに連れ、この円陣デマの流通は少なくなっていったが、それでも「部下をかばって死亡した」ということから、やはり陸曹長の死を美談として語ろうとする人は少なくない。
かつて2001年に、JR新大久保駅のホームから泥酔した日本人男性が転落。それを助けようとした26歳の韓国人留学生と、47歳の日本人カメラマンが救助を試みたが果たせず、電車にはねられて3人とも死亡するという事故があった。(*5)
このことを一部のマスコミは「勇敢な韓国人留学生の死」と報じ、一方でネットでは「韓国人ばかりを勇敢であると取り上げている!偏向報道だ!」という反発をしていた。いわば「美談の取り合い」があったのである。
しかし、そうした美談合戦の裏で、国土交通省とJRを始めとする鉄道各社は、ホームの下にスペースを作り、緊急時にホームに人を持ち上げなくても電車を避けられるようにしたり、ホーム上のどこからでもすぐに緊急停止ボタンを発見、使用できるように、数を増やしたり目立つようにした。さらに、転落を防ぐホームドアの設置を進めるなど、様々な対策を今もなお行っている。
重要なのは、国土交通省や鉄道各社は、この事故を美談として消費するのではなく「教訓」にしたことである。
「韓国人はさすが勇敢だ!」「いや日本人こそ勇敢だ!」などという美談合戦にかまけるではなく、人の死という現実を踏まえて、鉄道というインフラを提供する側として何ができるかと考え、少しづつでも現場を改善していることが重要なのである。
ただ、ここ数年の推移をみるに、ホームでの事故が減っているとは言えないのが心苦しいところではあるのだが。(*6)
もちろん、頻度の多い駅のホームでの事故と、頻度の少ない突然の噴火に対する対処を、単純に同じ尺度で語ることはできない。日常的に走っており、人がコントロールできる電車と、非日常であり自然の力になすすべのない噴火は大きく異なる。
だが、どちらの事例にせよ、一番に求められている結果は、人が死ぬような美談が発生しないことであるというのは同じである。美談を生み出さないためにこそ、教訓を得て対策をする必要がある。
自衛隊の任務は数々あれど、隊員自身の生死は問わないなどという任務は無いはずだ。任務を達成するために死力を尽くすことは当然としても、それはすべて「生きて帰ってくる」という前提である。家に帰るまでが遠足ではないが、家に帰るまでが任務である。
もちろん、今回の噴火は偶発的なことであり、またごく近くでの噴火という特別な状況下で、どのような行動が適切であるかなどはあまり明確にはできないだろう。陸曹長が死んだのは決して間違った行動があったからではないだろうし、自分も生き残り、部下も生き残らせようと手をつくした結果として、運悪く噴石が直撃してしまったのであろうと考える。
人の死を美談にすることは、生き残ろうとした努力を軽視することでもある。僕は自衛隊員のみならず、全ての人に生きていて欲しい。人の死をトリガーにした災害時の美談など、できるだけ無いに越したことはない。そう考える。
*1:草津白根山が噴火、雪崩…2人重体で10人負傷(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/national/20180123-OYT1T50031.html
*2:草津白根山噴火、噴石飛散1人死亡・11人負傷(読売新聞 東洋経済オンライン)http://toyokeizai.net/articles/-/205846
*3:草津白根山噴火:死亡の陸曹長、別の隊員かばい背中に噴石(毎日新聞)https://mainichi.jp/articles/20180126/k00/00m/040/163000c
*4:"草津噴火で自衛隊員8人が円陣を組んで民間人の親子に声をかけながら噴石から守り、その隊員の一人がその後事故にあって死亡した。しかし報道ステーションはじめメディアはきちんと取り上げない。メディアは自衛隊員のこの勇気ある行動をあたりまえだというのか?!"(中津川ひろさと Twitter)https://twitter.com/h_nakatsugawa/status/955951547556315136
*5:01年新大久保駅転落事故、両親が語る「息子の勇気、日本人の励まし」(週刊女性PRIME)http://www.jprime.jp/articles/-/6239
*6:平成29年版交通安全白書 第2部 鉄道交通 136ページ 第1-47図「ホーム事故の件数と死傷者数の推移」(内閣府)http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h29kou_haku/pdf/zenbun/h28-1-2.pdf