禁断の書。水道橋博士の『藝人春秋2』の尋常の無さについて - 吉川圭三

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※この記事は2018年01月08日にBLOGOSで公開されたものです

藝人春秋2』上・下巻を読んで、まるであの中国の「満漢全席」のようだと思った。満漢全席とは清朝の18世紀ごろ乾隆帝の時代から始まった満州族の料理や山東料理の中から選りすぐったメニューを取りそろえて宴席に出す宴会様式である。

後に、広東料理など漢族の料理も加えるようになり、西太后の時代になるとさらに洗練されたものとなった。盛大な宴の例では数日間かけて100種類を越える料理を順に食べる場合もあったと言われる。賓客を迎える為に中国全土から珍しい山海の珍味を取り寄せ、熊の手、猿の脳味噌、蚊の目玉、雷鳥、燕の巣、フカヒレ、アワビなど集められたと言う。

この執拗に書き込まれた「藝人春秋2」には芸人、政治家、テレビ司会者、コメンテーター、元スポーツマンのタレント、歌手、俳優、冒険家、脚本家、映画監督、ジャーナリスト、サブカル人まで博士が直接接した人々が惜しげなく出てくる。博士が接した奇人・変人・悪人・偉人などの「規格外人物の満漢全席」と言う訳だ。曖昧な表現や誤記はこの文章が連載された「週刊文春」編集部が許さぬであろうし、博士は類い稀なる記憶力持ち主だから表現や会話もリアルで臨場感があるし、文章の裏取りは厳格な博士ゆえに丁寧で、今時、凝りに凝った本になっている。

もちろん、その扱う対象人物により博士は“調理法”を変える。政界やメディアの恐ろしい底なし沼の異様さ描きゾッとノンフィクションとして描いた後に、どうしようもない性(さが)を持った芸人が出て来て奇行を行う様を描き読者を抱腹絶倒させ、自分の事をどこか大きく勘違いしている絶妙に可笑しみのあるタレントまで。著者は凝り性でサービス精神があり妥協がないので、読むに際して1文字も見逃せない、読み流せない本なのだ。

だから、昨年11月に入手した本書も一瞬パラパラめくり「何かとても安易に流し読み出来ない感じ」がして、自宅のベットの傍に置きあちこち拾い読みをしていたが、私が12月13日に仕事で北京へ向かう途中、近所の急な坂で転倒し右目の奥の骨を折り全治10日の怪我で入院しなければこの本を読了するのにもっと時間がかかっていたであろう。

やはり、「手の込んだ料理」であるから私はまず読む順番を考えたかった。筆者や編集者の方には失礼だったが、まずはメインディッシュを戴いた。上下巻に渡る「橋下徹氏、やしきたかじん氏、大阪の黒幕制作会社社長A氏に及ぶ友情と暗闘の話。博士は生放送中に政治色の強まる『たかじんのNO マネー』を降番し芸能界の御法度を犯した。」

その一部始終はまさに巻置くを与えずであった。人間という不可思議な存在が引き起こす出来事に業界探偵・博士が突っ込んで行く。すでに橋下徹氏はノンフィクションライター・佐野眞一氏を奈落の底に落としているから、博士の筆致をドキドキしながら読んだ。またA社長のMXテレビの「ニュース女子」まで話が及ぶに至り、このテレビメディアが容易に情報操作できることも感じてとても薄気味悪かった。

続いて、タモリさん、リリー・フランキーさん、ビートたけしさん、が続き選りすぐりのネタで読みやすく、三叉叉三さんと松本人志さんの「暮れの夜の恒例行事」を読み椅子から転げ落ち、冒険タレントの照英が静かに語る一撃必殺のホッキョクグマの事、そしてそれよりはるかに怖い「地上最恐生物」の南アフリカの血に飢えたホオジロザメは私(吉川)と部下の財津功(「お笑いウルトラクイズ」の冷血ディレクター)が「ドリームヴィジョン2」を仕掛けた事が判明ししばし驚いた。

そしてさんま・博士・たけし・藤圭子のお子様たちに関するレアーな話あり、大物ミュージシャン・大瀧詠一氏の桁外れな音楽基地とそのお笑いマニアぶり、猪瀬直樹のアナクロニズム、徳洲会の徳田虎雄の怪異さ、そして以下の二人共に思い込みがはげしい「アスリートタレント武井壮VS肉体派お笑い芸人・寺門ジモンのオレが地上最強だ。」激論会、三谷幸喜VS武闘派映画監督・井筒和幸の新幹線・グリーン車でのあわや大惨事など。

そしてこれはもう一つのメインディッシュ「石原慎太郎VS冒険家・三浦雄一郎」。・・・なぜ博士はこの得体の知れない石原に近づくのか?そしてなぜ石原は罪もない三浦を何十年も叩きつづけるのか?・・・そこには得体の知れない不思議な存在と関係が横たわっていた。〆は博士曰く「日本初のAV男優」田原総一朗の狂気のドキュメンタリスト時代。あの『ゆきゆきて神軍』の原一男監督は田原氏の末端のスタッフだった!そしてミュージシャンの岡村靖幸との爽やかな出会い。エピローグは立川談志と泰葉と博士を巡る「爆弾級」の話。・・・博士、貴方はここまで書くか。

実は、入院中本格的にこの本を読みながら、iPadや雑誌を隙間で読んでいた。深刻な話にせよ笑える話にせよ、このノンフィクションが濃かったからだと思う。おそらく博士が睡眠時間を削り刻印する様に描いた痕跡を感じたからであろう。確かに、博士はこだわり屋で凝り性である。だから、どんな話にせよ、一息つくことが私には必要であったのだ。

最後に博士に文章を書くことを薦めた石原慎太郎氏と立川談志氏に感謝申し上げたい。書籍の世界に稀なる博士の目撃談・体験談による見事なノンフィクション本が生まれた遠因はこの二人なのだから。

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