落語にハマるチャンス!NHK「超入門!落語THE MOVIE」元日に一挙放送 - 松田健次
※この記事は2017年12月31日にBLOGOSで公開されたものです
「落語」というジャンルに、まあまあ興味はあるけれど、今ひとつハマる機会を失している、どこからどう入ればいいのやら、と二の足踏んだままでいる落語ビギナーに、新年ここに集うべしという落語オアシスがやってくる。それが、1月1日の23時35分から午前4時までNHKで夜通し放送される「超入門!落語THE MOVIE 一挙放送スペシャル2018」だ。
落語の「映像化」でわかりやすさに特化した番組
同番組は2016年にスタートした落語初心者の為の企画で、案内人に俳優の濱田岳を据え、マイナーチェンジしつつ現在は毎週木曜夜に25分番組で放送されている。落語へ超のつく入門とは、いかなるものか、公式サイトの番組紹介は以下だ。
<「超入門!落語THE MOVIE」(NHK)公式サイトより>
落語・・・たったひとりの噺家が座ったまま物語を語り、多彩な登場人物や情景、笑いと人情の機微を伝える・・・観客は想像力をフルに働かせて楽しむ、すぐれた「脳内エンターテインメント」です。
しかし、それゆえに、初心者にはハードルが高いこともあります。
この番組は、落語をあえて映像化。噺家の語りに合わせて再現役者の口が動く、いわゆる「リップシンク」に徹底的にこだわり、あたかも落語の登場人物たちが実際に話しているかのような臨場感を演出、見ている人をリアルな落語の世界へと導きます。
新しいエンターテインメント、「見る落語」の世界をお楽しみください。
つまり、落語家が語る音声はそのままで、この音声に合わせて役者が口パクでアテブリ芝居をして、落語をビジュアル化し、わかりやすく伝えようというのがこの番組である。方向性は、松浦亜弥のオリジナル音声に合わせて、はるな愛が「イェーイ、めっちゃ、ホーリデーー!」とアテブリをする「エアあやや」と同じ構造・・・とかいうとむしろ遠回りか。
そもそも落語はとてもミニマルな芸だ。それを楽しむために観客は「演者の語りを耳で聴き、その言葉から頭の中で、背景や人物の画像を想像しながら味わう」のが基本前提となる。観客の目に見える演者の表情や仕草は、観客の頭の中の想像を喚起させる一助に過ぎない。
そんな基本前提に立ちはだかり、「たぶんですね、今の若い人たちには、落語で語られる言葉を聞いただけでは、ほとんど画がわかりづらいんじゃないかと思うんですよね。そこでいっそのこと・・・」と、前提ちゃぶ台返しによって実現した企画が「超入門!落語THE MOVIE」だ。
これは旧来の落語ファンからすれば掟破りであり、賛否で言えば「否」であり、落語ファンが三人寄れば「否否否」であり、番組開始以降「あれ見た? なんなのあれ? 落語に画つけちゃったらそれって落語じゃないでしょ」と落語ファンがざわついた問題含みであり、顔をしかめながら見始めた番組だった。
しかし、どんなジャンルも新規参入者が減少すれば先細る。例えば、新規参入者を促すためにある子ども向けの落語絵本には目くじら立てない落語ファンが、大人向けの「落語THE MOVIE」に異を唱えるのは、なんだかオトナげないじゃないか、という空気が次第に否定派をクールダウンし、事態は沈静化していった。
むしろこの番組をキッカケに落語ファンになった初心者を見つけたら、先達として上から目線でうんちくつぶやくポジションにマウントして、尊敬されてしまおうという下心も手伝い、「落語THE MOVIE」と「七面倒なオールド落語ファン」との関係は次第に和平へと至ったのだった。という経緯のモデルは、ほぼ自分なのだけど・・・。
以後、「落語THE MOVIE」容認派に転向し、番組を見続けるうちに内容のあれこれに関心するようになり、今ではゴリゴリの賛成派である。どっちにしろ七面倒で申し訳ないが。
初心者から上級者まで楽しめる「超入門!落語THE MOVIE」
さて、このRTM(落語THE MOVIEの略)、まさに「聞く落語」を「見る落語」に変換するのが主旨だが、落語を映像化するという目的を果たすため、その一歩目で行っている地道な作業が成否のカギを握っている。
この番組における落語映像化は、スタンダードに口演される落語のサイズをそのまま映像化しているのではない。映像化前に落語全体の圧縮作業を行い、物語を短く編集している。それが映像化用のドラマ台本になる。
これによってサイズは通常の落語尺の半分以下となり、初心者にわかりやすいダイジェストサイズに着地させている。のだが、この番組で落語家達が高座で演じている落語は、スタッフが厳選した各演者の得意演目だ。ゆえに、高座で口演されるのは演者によって既に推敲されきった完成形である。それをこの番組は「落語家の顔色を伺うな! 切れ! ためらうな! 切れ切れ! 落語初心者のためだ!」と勇猛果敢な編集をしている。
この、番組用に短く圧縮された落語がもちろん初心者向けなのだが、旧来の落語ファンからすると「これ以上は短くできないと思い込んでいた古典テキストが、こんなサイズになるなんて」と、第三の眼を見開かせてくれる。これは映像化と並行して、唸りのツボになっている。
また、ドラマパートよりも高座の落語のほうが「いい」とされる表現箇所では、高座シーンを活かすのがRTMの演出傾向だ。それがどの場面で訪れるのか、なるほどその場面を活かすのか、なんていう見方は落語ファンに許されたツボだったりする。
初心者のためでありながら、オールドファンの琴線にも触れてくるRTM。来たる元旦深夜は「超入門!落語THE MOVIE 一挙放送スペシャル2018」が放送される。これは昨年に続くNHKの超正月対応道楽編成である。なにしろ正月早々初夢見る時間に、一富士、二鷹、三茄子娘・・・で、RTMへようこそなのだ。
「一挙放送SP」に向け全31作品からおすすめを紹介
この「一挙放送SP」を見まくる、もしくは録画してあとから見まくる、テレビもHDDレコーダーも無いからネットで動画拾って見まくる、どうあれ、これから落語にハマってみたいという気持ちがあれば、見まくってしまうことをおススメします。
そこで七面倒高じ、この「一挙放送SP」のサブガイド代わりになるかならないか不明ながら、2017年に放送された全31作品を極私的に星付けしてしまった。これが「一挙放送SP」への興味につながるなら本望である。
ちなみに、いかなる基準で星付けをしたか前説しておくと、このRTMは「落語(音声)」「キャスティング」「映像演出」という三点が大きな柱となっている。この三柱の質が高まって拮抗しあったときに傑作へ昇華していくというのが自身の見方だ。では、星付け以下で――。
<『超入門!落語THE MOVIE』 超極私的星付け2017>※(星は最高評価で5つ。落語MOVIE化を果たしている基準点で3つです。)
<2017年1月4日放送>
『初天神(はつてんじん)』★★★★
春風亭一之輔/鈴木福 松尾諭
【評】父子の掛け合い上々。冷めた細目で立ちはだかる松尾vs一之輔の毒を顔芸上等な鈴木福。鈴木福の芝居力がほとばしる。
『饅頭怖い(まんじゅうこわい)』★★★
古今亭菊志ん/真壁刀義
【評】スイーツ好きで主役登用の真壁、意外に芸達者。リングで培った表現力が伊達ではなかった。
<1月11日放送>
『釜泥(かまどろ)』★★★★★
柳家三三/温水洋一
【評】江戸の夜道を泥棒たちが走るシーンで落語を超えてくるウキウキ感。カット割り小気味良く、照明こまやかで全編に職人仕事が光る。
『二番煎じ(にばんせんじ)』★★★
三遊亭兼好/ダンカン
【評】しし肉、しし鍋、忠実に映像化。「火の用心」の唄、兼好節。もっと寒さを。
<1月18日放送>
『風呂敷(ふろしき)』★★★
古今亭菊志ん/武井壮 野々すみ花
【評】武井壮のアニさん的存在感、納得。
『不動坊(ふどうぼう)』★★★
林家たい平/塚地武雅 鈴木拓 泉春花
【評】落語の勢いで成り立たせている微妙なあれこれを、果敢に映像化。
<2月1日放送>
『ちりとてちん』★★★
瀧川鯉昇/若林正恭 春日俊彰 志賀廣太郎
【評】あの激食にボカシをかけて幻想キープを・・・という個人的願い沸々。
『田野久(たのきゅう)』★★★
柳家三三/柄本時生
【評】柄本の野趣な役ハマり。
<2月8日放送>
『粗忽の使者(そこつのししゃ)』★★★
柳亭市馬/今野浩喜(キングオブコメディ)
【評】今野演じる地武太治部右衛門の低温ぶり、落語家とは一線画す役者芸を放つ。
『妾馬(めかうま)』★★★
古今亭菊志ん/カンニング竹山
竹山の人柄がじわり。
<5月2日放送 春SP>
『藪入り(やぶいり)』★★★★★
春風亭一之輔/鈴木福 ピエール瀧 鈴木保奈美
【評】今年度の最高傑作。落語、芝居、演出が三位一体に。エキセントリックなのに人情味あふれて攻めまくるピエール瀧、イノセントに受けまくる鈴木福の芝居合戦。喜怒哀楽だらけ。一之輔版「藪入り」を選択して映像化しきった番組に敬服。白犬まで好助演。遠目のお手に泣ける。
<8月14日放送 夏SP>
『茄子娘』★★★
入船亭扇辰/小峠英二(バイきんぐ)西村瑞樹(バイきんぐ)
【評】副音声があれば「なんて日だ!」が数回聴こえてくる・・・。
『死神』★★★
柳家喬太郎/城島茂 嶋田久作
【評】キャスティング会議を勝ち抜いたであろう、これぞ死神ファイナリスト。
<8月15日放送 夏SP>
『化物使い』★★★
桃月庵白酒/大和田伸也 児嶋一哉(アンジャッシュ)把瑠都
【評】化物、コミカル対応。
<10月5日放送 初回SP>
『替わり目』★★★
桃月庵白酒/山田二朗 富田靖子
【評】富田靖子、カミ(さん)対応。
『ざる屋』★★★
林家三平/吉村崇(平成ノブシコブシ)渡辺正行
【評】三平落語が素直に耳に入ってくる、RTMマジック。
『寿限無』★★★
柳家三三/有村崑 丸岡いずみ 福澤朗
【評】夫婦キャスト、微笑ましい。
『幾代餅』★★★
古今亭菊之丞/山口達也 南沢奈央 渡辺いっけい
【評】幾代餅ファンタジーには清蔵のルックスが良過ぎ?
<10月12日放送>
『くっしゃみ講釈』★★★
桂文珍/波岡一喜 柴田英嗣(アンタッチャブル)深沢敦
【評】のぞきからくりの映像化に小沢昭一的感慨。
<10月26日放送>
『六尺棒』★★★★★
三遊亭兼好/中村芝翫 中村橋之助
【評】成駒屋!親子共演キャスティング大当たり。表情大きい歌舞伎役者はこの番組向き。
『権助魚』★★★★
古今亭菊之丞/諸見里大介 徳井優 千葉雅子
【評】諸見里の権助に唸る。三者配役のバランスが絶妙で穴無し。泳ぐカマボコの映像化もツボ。
<11月2日放送>
『井戸の茶碗』★★★
柳家喬太郎/大悟(千鳥)寺田農 溝端淳平
【評】大悟版くず屋、クセが強い。妙に可愛い。
<11月9日放送>
『松山鏡』★★★★
柳家一琴/原田龍二 友近
【評】シンプルな噺で芝居も活きてこれぞRTM。第三キャストだった田舎比丘尼の顔リアクションもナイス助演。
『茶漬間男』★★★★
桂文珍/東幹久 虻川美穂子 津田寛治
【評】虻川の欲情顔バカバカしく笑わせ、文珍を超えてくる。
<11月16日放送>
『そば清』★★★★★
柳家喬太郎/浜野謙太 角田晃広 飯塚悟志 豊本明彦(東京03)
【評】清兵衛さんがそばを食い続ける場面、役者スキルと画角演出の勝利。オロチ&ラストのCG精度に制作予算惜しまず。
『熊の皮』★★★
三遊亭遊雀/岩尾望(フットボールアワー) 前田愛
【評】うるさい女房、前田愛なら夢モード。
<11月30日放送>
『木乃伊取り』★★★
三遊亭兼好/竹内力 磯村勇斗 えのきさりな
【評】清蔵と芸者のやりとり、必見。
<12月7日放送>
『たいこ腹』★★★
古今亭菊之丞/塚本高史 松尾伴内
【評】一八、終始エグい~。
『尻餅』★★★
春風亭一之輔/中川剛(中川家) 上地春奈
【評】江戸落語のリップシンクを上方芸人でたっぷり。意外性をねらったねじれコラボが不思議な感覚。
<12月14日放送>
『置泥』★★★
柳家三三/カンニング竹山 浜谷健司(ハマカーン)
【評】三日三晩なにも食ってねぇ・・・というダメ男だが、浜谷の身体鍛え過ぎてて筋骨隆々(苦笑)。
『掛け取り』★★★
柳亭市馬/ウド鈴木(キャイ~ン) 村松利史 大水洋介 飛永翼(ラバーガール)
【評】狂歌をスラスラとアドリブで返す口達者に、真逆キャラのウドをキャスト。この違和感ねらいもRTMの仕掛け。ハマるハマらないで好み二分か。
以上である。星付けを眺めつつ元旦の「一挙放送SP」を、
1.全部見て、この星付けが疑わしいか確かめてみる
2.全部見て、自分なりの星をつけてみる
3.録画して、星の多い作品だけを選んで見る
4.録画して、観ると思わせておいて結局見ない、にゃんこスター対応をしてみる
などなど、新春ののどかな深夜にRTM堪能をぜひ・・・。と、そろそろ収まるかと思いきや、星付けで火照った勢いで勝手に各賞選出――、
<『超入門!落語THE MOVIE』 極私的アワード2017>
最優秀作品賞 『藪入り』
優秀作品賞 『釜泥』『六尺棒』『そば清』
最優秀主演賞 ピエール瀧 『藪入り』
優秀主演賞 鈴木福 『初天神』『藪入り』
虻川美穂子 『茶漬間男』
あらためて、「超入門!落語THE MOVIE 一挙放送SP」、番組公式サイトでのPRテキストは以下。
<「超入門!落語THE MOVIE」公式サイトより>
1月1日(月)午後11時35分から2日(火)早朝まで『一挙放送スペシャル』放送決定!
今年度放送した『超入門!落語 THE MOVIE』を一挙に再放送します。春スペシャル「藪入り」、夏スペシャル「死神」「茄子娘」/「化物使い」、初回スペシャル「替わり目」「ざる屋」「寿限無」「幾代餅」を含め、レギュラー回を、時間の限り、立て続けにご覧いただきます。
合間には、案内人・濱田岳と連続テレビ小説『わろてんか』出演者による「『超入門!落語 THE MOVIE』入門」とも言うべきトークパートも予定しています。詳しい内容は予定が決まりしだいお伝えいたします。お楽しみに!
この文脈からだと放送対象は春以降のもので、1月~2月の放送回は対象から外れることも想定されるが、傑作「藪入り」は確実に放送されそうだ。あとは干支のイヌにちなんで、2016年版から「元犬」(古今亭菊之丞/澤部佑)を加えるはからいに期待しつつで。
超入門!落語THE MOVIE 番組公式サイトwww4.nhk.or.jp/rakumov/