※この記事は2017年12月30日にBLOGOSで公開されたものです

2018年の流行語大賞のトップテンに「フェイクニュース」という言葉が入った。インターネットの普及によって誰でも手軽に情報を発信できるようになった一方で、嘘のニュース、偽のニュースが我々を悩ませている。そんななか「ニュースは誰が担うのか」と題されたパネルディスカッションが開かれた。日本財団ソーシャルイノベーションフォーラムの一幕として、11月19日に東京都内で開催され、新聞やネットのメディアで活躍する「ニュースのプロ」たちが議論した。そこで大きなテーマとなったのは、ニュースの担い手の「教育」の問題だった。

警察取材で学んだ「事実確認の難しさ」

「訓練を受けた人間しかニュースを触ったらダメだと思います」。そう強調したのは、ネットメディア「BuzzFeed Japan」の創刊編集長・古田大輔さんだ。

記事中で誰かのツイッター発言を引用する場合、「中身が大嘘の可能性もある」(古田さん)。そのような発言があったことは事実でも、発言の「内容」は真実でない場合があるということだ。だから、「まとめる側の人間は『中身は真実かわからない』と注釈をつけないといけない。そこにプロが携わらないといけない」と指摘する。

古田さんは、伝統的メディアである朝日新聞の出身だ。2002年から13年間、新聞社の記者として経験を積んだ。ニュースを扱うプロとして一人前になるのに「10年かかった」という。「朝日新聞が僕をいろんなところに派遣してくれた。いろんな仕事を任せてくれた。上司がいろんなことを教えてくれた」。

一緒に登壇したパネリストの中には、朝日新聞の角田克(つのだ・かつ)さんもいた。現在は社長室特別秘書役という立場だが、長年、新聞報道の現場に身を置き、社会部長として熟練記者たちを統率した経験を持つ。

新聞記者としてのトレーニングについて、角田さんは「私もオン・ザ・ジョブでした」と語った。

日本の新聞社では、新人記者が警察取材(サツ回り)を担当することが多い。角田さんは、事件・事故の取材における事実確認の繰り返しが「一番勉強になった」と振り返りながら、新人記者時代のエピソードを紹介した。

初任地の山口県で、角田さんは、おばあさんが電車にひかれて亡くなったという事故を取材した。「私はおこがましい新人記者だったので、『これは自殺で、記事にならないな』と思いました。デスク(記者の原稿をチェックする上司)に『警察発表でこんなことでしたよ』と報告したら、すごく怒られたんですよ」。

そのデスクは「警察はなぜ、自殺だと判断したのか聞いてこい」と、角田さんに指示した。「デスクが一度に10個くらい質問をしてくれれば良かったんですが、教育なんでしょうね、一つ一つ戻って警察に行き、また戻って警察に行き・・・」。時間をかけて、警察への取材を繰り返した。

そのとき、デスクが角田さんに確認させたのは、事故当時の具体的な状況だ。「電車に対して、おばあさんがどちらを向いて歩いていたのか。もし、電車に背中を向けて歩いていたら、自殺じゃないかもしれないだろう」というのだ。

「もしかしたら耳が悪くて、電車にはねられたかもしれない」「電車のライトに向かって歩いていたら自殺だろうが、そう警察に聞いたのか」

デスクは角田さんに迫った。結局、4時間ぐらいかけて、どうやら自殺の可能性が高いようだという結論にたどり着いた。このようなプロセスを経て、角田さんは「事実確認の難しさ」を学んだという。

データに注目すれば「事実」を検証できる

報道現場におけるオン・ザ・ジョブ・トレーニング。それは、テレビでも同じようだ。

テレビ朝日のディレクターや報道記者を経て、現在はネット報道番組「AbemaPrime」のプロデューサー補佐を務める郭晃彰(かく・てるあき)さんは「基本的に教育はないので、マネして学ぶしかない」と話した。

「先輩が作った30分くらいの映像を『これ見ろ』と渡されて、全部のシーンを漫画みたいに描き出す。引きの映像から寄りの映像、手元にいって顔にいくとか。さらに、ナレーションを文字起こしして、こういう風につながっていくんだなというのを学ぶのが、テレビのスタイルかなと思います」

一方で、ネット企業で働いてきた登壇者からは、報道現場以外でも事実(ファクト)の重要性は学べるのではないか、という意見が出た。

旅行コミュニティサイト「トリップアドバイザー」日本法人の代表取締役の牧野友衛(ともえ)さんは、事実確認の手法はビジネスの現場でも学べるのではないかと指摘する。牧野さんは、グーグルやツイッターといった米国系ネット企業で、ビジネス開発や事業戦略の立案を担当してきた。そのような経験を踏まえ、次のように語った。

「外資系企業では、基本的にファクトを書けないといけません。多国籍の社員が働いていて、ベースの理解がない中でのコミュニケーションになると、ファクトしかないからです」

こう説明したうえで、次のような意見を口にした。

「ファクトを示すのにソースを確認するといったことが必要になります。ジャーナリズムの前の段階で、ファクトを確認するトレーニングはビジネスでもできると思います」

ただ、みんながみんな、外資系企業に勤めているわけではないし、ビジネスの現場で、メディア企業と同様の「事実確認のトレーニング」を常に受けられるわけではないだろう。

「誰もがニュースに携わることができる時代に、それを学ぶ場所はなかなかない。どうすればいいと思いますか?」

そう問いかけたのは、読売新聞からヤフーに移って「Yahoo!ニュース」の基盤を作り、現在は「THE PAGE」編集長を務める奥村倫弘(みちひろ)さんだ。

この質問に対して、元ニワンゴ社長の杉本誠司さん(現ExaSeeds社長)が答えた。ニコニコ動画の政治・報道番組の普及に貢献した杉本さんは事実確認の手法として、データの活用を提案する。

ニュースで扱うさまざまな事象について、データに注目し統計学的な分析をすることで、検証ができるのではないか、というわけだ。

朝日新聞の角田さんが紹介した電車事故のケースについても、「電車に向かって歩いていた人は過去10年間で全員自殺だったとか、背中を向けて歩いていた人は何%で自殺だとか、統計学の考え方をしていくのがいいのではないか」と、杉本さんは指摘した。

この考え方には、角田さんも「感銘を受けた」とのことで、「私が駆け出しのころといまでは、だいぶおもむきが違うのは間違いない。データ的な観点でものを考えるくせをつけるのは、記者教育で相当大事だなと膝を打ちました」と話していた。

冒頭で触れたように、インターネットの発達によって誰もが気軽に情報を発信できるようになった。ツイッターなどのSNSを起点にして「ニュース」が生まれることも珍しくない。だが、ニュースにおける「事実確認」の重要性は変わらない。

ニュースに携わる人の数が増えるほど、今回のパネルディスカッションで話し合われたような「教育」の重要性は高まっていくと考えられる。新たなメディア環境に即したニュースのあり方と、それを支える人材の教育に関する議論が今後、深まっていくことを期待したい。