※この記事は2017年06月02日にBLOGOSで公開されたものです

「Uber、ライドシェアリング、そして、日本のタクシー業界」。そう題された記者会見が5月30日、東京・有楽町の外国特派員協会で開かれた。スピーカーは、タクシー大手・日本交通の川鍋一朗会長。その口から飛び出したのは「自動運転タクシー」や「自動音声翻訳」という先端テクノロジーの用語だ。

コンサルティング会社マッキンゼーの出身で、これまで様々な改革案を打ち出してきた川鍋会長は、東京オリンピック・パラリンピック開催の2020年に向けて、自社やタクシー業界がどんな新しい「打ち手」を展開していくのかを海外メディアの記者に向けて語った。もしそれらが構想通り実現していくならば、日本のタクシー事情は大きく変わる可能性がある。川鍋会長の記者会見の全文を以下に紹介する。(亀松太郎)

「タクシーのIT化」で日本の公共交通を良くしたい

みなさま、こんにちは。川鍋でございます。(普通の経歴ではないと司会に紹介されたが)私のキャリアが将来、タクシーマンとして普通のキャリアになればと思います。

当社、日本交通のタクシーは都内で4000台走っていますが、そのボディの広告で、タクシーアプリの「全国タクシー」の宣伝をしております。まさにこれが日本のタクシーが置かれている状況のそのままを表していると思っています。

今、Uber(米国発の自動車配車アプリ)がありますが、日本にはもともとタクシーがあり、それなりの品質を担保しているので、それをIT化して、国民の足である公共交通機関のタクシーをより良いものにしていきたいと思っています。

特に(2020年に)東京オリンピックがあるので、どうやったら海外からいらした方にタクシーをよく使っていただけるかを考えています。最初に手をつけたのはタクシーの運賃で、東京のハイヤー・タクシー協会の会長として、初乗り運賃を730円から410円に下げました。

今日の為替レートでいうと、3ドル69セントです。しかもチップはなしです。いかがでしょうか。これで十分安いと言っていただけるのか。東京は大きな都市なので、実際の支払いは結構高くなるかもしれませんが、少なくともロンドンやニューヨークのタクシーとは同じか、少し安いくらいの値段にまで下がったと思っております。

外国人の乗客が「自国の言語」で行き先を伝えられるように

(次の問題は)その運賃をどうやって車で支払うのか、です。

東京のタクシーの97パーセントはアプリや電話ではなく、道端で拾ったり、駅の間で拾う需要になっています。ということは、パッと乗ったタクシーで、どうやって2つのことを成し遂げるかが、問題になります。

1つは、行き先を伝える。もう1つは、支払いをする。突き詰めると、この2つの利便性をタクシーで担保したいと思っています。

(タクシー車内に設置された)このタブレットで、自分の国の言語でGoogle Mapで行き先を入れていただいたり、自動音声翻訳ができます。今はまだできませんが、オリンピックまでにはできるようにします。

すでに、当社の東京の4000台はペイメント(支払い)機能はできています。中国の方だとAlipayやWeChatPay、日本だとSuica、韓国だとKakaoPayなど、世界で広がっているスマホペイメントで決済をいたします。

いまこのタブレットは、タクシー会社にはただで提供しています。そのため(タブレットに表示される)デジタルサイネージ広告で収入を得ています。東京のタクシーの4万5000台のうち、1万5000台は個人タクシーですが、私が会長を務める協会の3万台の法人タクシーには全部これを載せ、なおかつ、全国のタクシーにもできるだけ広めたいと思っています。

「広重ブルー」の新しいタクシーを東京のアイコンに

今年の11月から、新しい「JAPAN TAXI」という車両が走り出します。日本専用に設計された、トヨタの全く新しいタクシーです。ロンドンのブラックキャブ、ニューヨークのイエローキャブ、そして、日本の東京にはJAPAN TAXIがある。というように、東京のアイコンにしたいと考えております。タクシー業界全体で濃紺の「広重ブルー」で揃えて、東京の法人タクシーの3万台のうち1万台、つまり3台に1台を2020年までにそうしたいと思っています。

この車には、衝突防止ブレーキという先進安全装置がつきます。タクシーの事故は半減すると思われます。そして、2020年のオリンピックのときには、車椅子でそのまま乗ることができる「自動運転タクシー」にしようと、トヨタとタクシー協会で議論を進めております。

パラリンピックにいらしたパラリンピアンが、当社のタクシーの自動運転車で羽田空港からお乗りいただくと、運転席には当社の若い女性の運転手がいると思いますが、お乗せしてボタンをピッと押すと、ハンドルにもアクセルにも触れずに、そのまま首都高速に乗り、晴海で高速を降り、オリンピックの選手村までいく。これは必ず実現すると思います。

そのとき、そのタクシー運転手の仕事は運転ではなく、おそらく英語で「あれが東京タワーです」「レインボーブリッジです」と、観光案内をして、おしぼりを出し、日本人としてのホスピタリティを演出することになると思います。

今年12月から「相乗りタクシー」の実証実験を開始

(タクシー配車アプリの)「全国タクシー」については、全国のタクシー24万台の2割以上にあたる2万台が参加しています。

このアプリで「JAPAN TAXI」の車両を呼ぶのですが、(ワゴンタイプの)この車両ですと広いので、相乗りをして、いままでのタクシー運賃よりも安くできる。この「相乗りタクシー」は、今年の12月から国土交通省と実証実験をいたします。

最終的には、たとえば千代田区と港区と中央区の間で、1カ月間タクシー乗り放題で3万円、などの乗り放題プランもできればと、頭の中では考えております。

このアプリがUberと違うのは、海外から来て3日間だけ日本に滞在する方にとっては、アプリをダウンロードするのが大変ということです。そこで、海外からいらした方が使うアプリと連携しています。

東南アジアの方だとLINE、アメリカや欧米の方だとGoogle Mapから経路検索をすると、当社のアプリが出てきます。

ちょうど2週間前、韓国で有力なタクシー配車アプリであるKakaoTaxiとグローバルローミング連携を発表しました。これによって来年2月の平昌オリンピックのときには、このアプリを持った日本人が平昌に行くとそのアプリで現地のタクシーを呼ぶことができます。

その逆もまた真なりで、東京オリンピックまでには韓国人の方はKakaoTaxiのアプリで東京のタクシーを呼べる。こういったことを各地のナンバーワンアプリと連携をしていくつもりです。

タクシーの進化で「世界最高の乗車体験」を届けたい

さきほど「日本には24万台のタクシーがある」と申し上げましたが、日本全国津々浦々、それなりのホスピタリティを持って、高いサービスをさせていただいております。おそらく海外のタクシーと違うのは、(法人タクシーの)運転手の全員が社員ということです。

我々はレーティング(Uberなどの乗客によるドライバー評価)も有効だと思いますが、プロの運転手として、安全性はもちろんのこと、サービスのレベルもきちっと教育をしていきたいと考えています。

日本でもこちらのグラフ(プロジェクタに表示)を見ていただきますと、緑色の部分が、人々が「自家用車」で移動する人口になります(69%)。黄色が「電車」(24%)、赤色が「バス」(5%)、「タクシー」はピンク色、全体のわずか2%です。

これだけの人がたくさん移動しているわけですが、これからタクシーがテクノロジーによって、たとえば「相乗り」で半額になったり、さらに「自動運転」でもっと値段が下がったりする。そうすると、緑のところ(自家用車)がピンク(タクシー)に変わっていく。したがって、タクシーをIT化することで、新しい日本の公共交通インフラを作れると、私は思っています。

最後になりますが、(Uberなどの)ライドシェアに直面して、タクシーがやるべきことはなにか。レボリューション(革新)というのも大事ですが、せっかくいいスタンダードがあるのですから、それをさらに進化(エボリューション)させることによって、日本のみなさまに、そしてビジターのみなさまに、世界最高の乗車体験をお届けしたいと思っております。ありがとうございました。

記者との質疑応答

Q1:Uberのコンセプトについてどう思うか? 日本で役割を果たすことに賛成か? タクシーがあまり使われない地域では、Uberのアイデアがタクシーの利用を増加させるのでは?(ビジネスタイムズ(シンガポール):アントニー・ローリー)

川鍋:一部の人口の少ない過疎地域ではそういった動きも始まっています。たしかに過疎地域における交通の一つのやり方として、Uberのスタイル、すなわちタクシー免許を持っていない人が自分の車で輸送するという形もありうるのではないかと感じています。

Q2:Uberがもっと広く使われることについてはどう思うか? Uberは東京で利用されるべきか?(フィナンシャルタイムズ:ロビン・ハーディング)

川鍋:なぜ、Uberが東京で規制されているか。みなさんご存知のように、タクシーとハイヤー、すなわちプロの運転手を呼ぶアプリとしては東京で機能しております。プロフェッショナルでない、個人の車を呼ぶというスタイルは禁止されています。

Q3:それを良いことだと思うか? 悪いことか?(フィナンシャルタイムズ:ロビン・ハーディング)

川鍋:私自身がそれを判断するのは難しい。それが許されている国はアメリカと中国しかない。ロンドンでもパリでも、UberPOPは禁止されました。すなわち全く登録がない個人の車での輸送は、世界各国で禁止されています。ただイギリスでは、ミニキャブのように、完全なる自家用車ではなく、登録された、非常に規制のゆるいプロの車を安く売ったりすることができる。日本ではそのカテゴリはなかなかないというか、タクシーがそのカテゴリを兼ねていたということだと思います。

Q4:自動運転は安全性の保障があるのか?(ビジネスタイムズ(シンガポール):アントニー・ローリー)

川鍋:トヨタの安全基準を満たす車を我々が使うという前提になるので、相当コンサバティブ(保守的)になると思います。実はタクシーは、自動運転車両や自動運転テクノロジーを広げる広告、宣伝塔としての役割を果たせると思っています。タクシーは一般の車の7倍の走行をします。最初の自動運転車は高い値段になるはずですから、一般の方が自分で買う前に、タクシーで自動運転を経験することになると思います。それでタクシーに乗りながら、「おおこんなになってるの、大丈夫そうだよ」と世の中に広めていく役割が果たせるのではないかと思っています。

Q5:葬儀業界を考えてみればいいのではないか? ドライバーが霊柩免許を取り、サービスをすればいいのではないか?(準会員、会社経営者:ワダユウスケ)

川鍋:考えてもみませんでしたが、可能性はないとは言えないですし、非常に近いホスピタリティが必要な業界だと思います。ビジネスチャンスをありがとうございます。

Q6:東京郊外や京都では、タクシーを外で拾うのが難しいエリアがある。拾いやすさを高める必要性を感じるか? また、なぜ迎車料金がかかるのか?(ブルームバーグ:名前不明瞭)

川鍋:大変たくさん利用していただいて、ありがとうございます。おっしゃる通り、東京でのユーザビリティと、関西や東京以外のユーザビリティが差がついてしまっているのが、会社を運営する社長としての悩みです。タクシー業界はまだ6000社あり、ある程度小さい会社が規制で守られてきたのも事実なんですね。ですから、もしこれからついていけないという会社は買収をさせていただいたり、フランチャイズにさせていただいたりして、最終的にこういったテクノロジーを使用していただく必要がある。ただ、そこにはまだメンタルギャップがあり、世界でUberがもたらしているユーザビリティなどまだ知らないタクシー会社の社長さんもいらっしゃいます。そこは私の責任として、しっかりと働きかけていきたいと思っております。

それからタクシーをアプリで呼んでいただくと、410円という「迎車料金」がかかります。おっしゃる通り「下げていかないといけないな」と、一消費者としても感じていますし、初乗りが下がったことによって、(迎車料金の)相対的なイメージが高くなりました。すぐにはなくせないかもしれませんが、精一杯下げるように努力いたします。

Q7:UberのレシートにはMapがありますよね。タクシーではどうでしょう?(ブルームバーグ:名前不明瞭)

川鍋:頑張ります。

Q8:日本交通のタクシーに乗ったら、乗車席の前面にタブレットが設置されていて、いろんな情報がデジタルサイネージで流れていました。ニュースも流れていて、Forbesの記事が表示されていました。今日の話の中で情報メディアのタブレットの話題がありましたが、そのような「メディア的な部分」は強化していきますか? デジタルサイネージを使って、多様なメディア企業と提携したりして、ニュース的なものや広告的なものを発信していきますか? メディア的な側面について教えてください。(フリーランス:亀松太郎)

川鍋:まさに、これ(タブレット端末)をどうやって使って、乗車体験を向上させるかというのは、日々研究中でして、何かいいアイデアがあれば教えていただきたいです。いまやっているのは、ニュースと、あとは広告だと、インカメラが男性か女性かを判断して、女性の方には男性っぽい広告は出さないということをやっています。もう少し突き詰めていくと、乗ったときに自分にフィットした広告が出るようになる。さらに位置情報を活用して、行き先の近くにある美術館の展示をお知らせするなど、「移動情報を持っているメディア」としての活用方法を模索していきたいと思っています。

Q9:東京に「自動運転」を実現するインフラはあるか?(ビジネスタイムズ(シンガポール):アントニー・ローリー)

川鍋:首都高速であれば、すでにトヨタは全部できると、公式見解で発表はされていませんが、私は感じています。特に羽田空港から豊洲までの一直線は実は結構簡単です。高速に関してはすぐに進むと思われます。いわゆるETCゲートを通ってからETCゲートを出るまでは、自動運転タクシーもそうですし、みなさまのプライベートカーでも、早い段階で自動運転が相当進むのではないかと思います。

全自動運転車が一般的になるには、「技術的な側面」と「経済的な側面」があると思っています。技術的には、道がある程度広くて、あんまり混んでいないところ。そうすると、カリフォルニアとか、東京でも田舎が候補となります。世田谷区は永遠に無理だと言われていますが、そういう地理的な条件が非常に重要になってきます。もう一つ、経済的には、人件費が安いところではドライバーが運転したほうが圧倒的に安いので、自動運転車はなかなか進まない。

シリコンバレーは人件費が高く、道も広いので一番早く進む。日本は人件費が高いですから、お金の面では整いますけども、道という面では環状線以外は難しいのではないかと思われます。そうすると、おそらく、自動で走るところのほかに、その近辺にローカルな運転手がいて、そこからちょこちょこと運転する。そういった新しい形態のタクシーが生まれるのではないかと想像しております。

Q10:初乗り410円を実施して、成果はどうだったか?(フィナンシャルタイムズ:ロビン・ハーディング)

川鍋:410円は、やる前は批判的な声が多かったんですが、やった後は多くの「良かった」という声が寄せられています。仕組みとしては、完全に値下げしたわけではなく、組み替えということです。前のほうを下げさせていただき、後ろのほうを上げさせていただいて、トータルとしてイコールということになっています。したがって「安く済んだ」という方の裏には、「ちょっと上がった」という方もいらっしゃるんですね。トータルとして、もし乗車人数が同じであれば同じになるということですが、人数としては安くなった方が多いです。短距離乗りの方が多いですから。我々の業界としても、全体として数パーセント上がっておりますので、ありがたいなと思っています。

Q11: 労働者不足はタクシー業界ではどうか?(フィナンシャルタイムズ:ロビン・ハーディング)

川鍋:労働者が見つからない、労働人口が減っているという点においては、タクシー業界も減っています。それに対して、東京、大阪、名古屋、神戸、札幌、福岡、仙台といった大都市では「新卒乗務員」という採用を始めていて、非常にうまくいき始めています。四年制大学を卒業した人が、すぐにタクシードライバーになる。彼にとっては十分な収入で、なおかつ、毎日自分が社会貢献しているという感覚が得られる。その結果、始めて5年になりますけれども、離職率が3年で15パーセントという、普通の業界の半分になっております。これだけで(労働者不足を)逆転させることは難しいかもしれませんが、少なくとも大都市では、補うことは十二分にできると思っています。