ハンドルレバーが3本どう使う? 東京多摩のレトロ赤バイ 実は「消防史の生き証人」だった
東京消防庁の東久留米消防署に展示されている1台の赤バイ。この車両、実は東京消防庁の記録には含まれないレア個体でした。構造的にも独自性の高いもの。どういう経緯で残っているのか話を聞きました。
独自性が強かった東久留米の消防体制
東京都の北多摩エリア、埼玉県にほど近い東久留米市を管轄区域として受け持つ東京消防庁の東久留米消防署。一見すると何の変哲もない、この消防署の入口脇に真っ赤なオートバイが置いてあります。
車体の両側面には赤色灯やスピーカーを付け、後部には消火器も搭載したこの二輪車は、調べてみると正式名称「二輪消防車」、通称「赤バイ」の名で用いられた消防活動用オートバイだということがわかりました。
ただ、それがどういった経緯で東久留米消防署に展示されているのか、現地へ足を運び、話を聞いてきました。
東京消防庁東久留米消防署に展示されているCB350赤バイの左ハンドル部分のアップ。レバーが2本ある(2022年2月、柘植優介撮影)。
東久留米消防署で対応してくださったのは、佐山守夫さんと川口幹夫さん。佐山さんは1975(昭和50)年、川口さんは1年早い1974(昭和49)年から消防職員として活動してきた経歴をお持ちの方です。
そもそも、消防署の入口にある赤バイは、ホンダのCB350をベースにしたものとのこと。東久留米消防署は、いまでこそ東京消防庁第八消防方面本部に属していますが、2009(平成21)年度末までは東久留米市消防本部として独立した別組織でした。そのため、自前で赤バイを整備し運用していたそうです。
東久留米市消防本部はもともと、市制施行する前の1970(昭和45)年4月に発足した久留米町消防本部が前身です。このとき設けられた久留米消防署(当時)に同年7月、配置されたのがホンダCB350ベースの赤バイでした。
消防体制変更で長い眠りから覚める
当時はCB350ベースの赤バイ以外にも、ひと回り小さなCD125ベースの赤バイもあったとのこと。ただ、お二人が入署した頃には両車とも、いわゆる消防車として災害出場する運用は行われなくなっていたといいます。
車検は通していたため公道走行できる状態にはあったものの、平時も出動することはなかったそう。とはいえ、毎年1月初旬に行う出初式では車両として走行し、市民に披露していたと話してくれました。
こうしてCB350赤バイは1980年代前半に運用を終了し、退役しました。このあと、同車は市内南部の前沢出張所(当時)の一角にしまい込まれ、長い眠りにつきます。
東京消防庁東久留米消防署に展示されているCB350ベースの赤バイ(2022年2月、柘植優介撮影)。
CB350が久方ぶりに陽の目を見たのは、東久留米市の消防体制変更がきっかけでした。東久留米市は2000年代に入ると単独での消防業務をやめ、ほかの多摩地区の自治体と同じように東京消防庁へ消防業務を委託することを決めます。
これにより、2010(平成22)年4月1日を境に東久留米市消防本部は廃止され、新たに東京消防庁東久留米消防署が発足しました。このときの体制変更で前述の前沢出張所は廃止され、取り壊されることになったのですが、その際に保管されていた各種装備とともに往年のホンダCB350が見つかります。
長年放置されていたCB350は埃をかぶり錆だらけでしたが、職員のひとりが、消防署の入り口が殺風景だからCB350を展示しようと言ったことで、CB350は職員の手で錆や汚れなどが落とされ、消防署の入口脇で展示されるようになったそうです。
3本目のハンドルレバーが持つ意味とは
東久留米消防署のCB350は、全長2.404m、全幅0.775m、全高1.075m、最低地上高は0.15m。乾燥重量は149kgとのこと。排気量325ccで最大出力36馬力を発揮する空冷4ストローク並列2気筒エンジンを搭載していました。
消防車両として車体後部には消火器2本を搭載するほか、赤色灯やスピーカーなどを装備していますが、特筆すべきはモーターサイレンも備えている点です。このモーターサイレンは、後輪タイヤの回転力で音を出す仕組みのため、そのための伝達機構があり、それを操作するためのレバーが、クラッチレバーやブレーキレバーなどとは別に設けられていました。
これは、たとえるならば自転車のライト点灯用ダイナモのようなものです。そのため、速度が0km/hになると音が出なくなってしまうということでした。
東久留米市消防本部(当時)が導入した赤バイについて説明してくださった佐山守夫さん(向かって右)と川口幹夫さん(同左)。自動ドアの奥に見えるのがCB350ベースの赤バイ(2022年2月、柘植優介撮影)。
記録によると、1975(昭和50)年時点で東京消防庁管内には日本橋、牛込、小岩、東村山の各消防署に1台ずつ計4台のCB350赤バイ(二輪消防車)があったとされています。当時は、前述のとおり東久留米市は東京消防庁に消防業務を委託していなかったため、この記録には含まれなかったようです
これら東京消防庁の4台の赤バイは、都市交通事情の悪化に伴う事故発生危険率の増加などから、1976(昭和51)年に消防業務から外され、八王子や福生、奥多摩の各消防署へ移管、査察・調査・事務連絡用として用いられることになりました。
その後、老朽化などから順次退役。東京消防庁が使っていたCB350赤バイは現在、四谷の消防博物館に1台が保存展示されている程度です。ただ、こちらに展示されているCB350赤バイには、東久留米消防署の個体が備えるようなモーターサイレンの動力伝達機構がありません。
そのため、東久留米の赤バイは東京消防庁のものとはひと味違う独自性の強い車体といえるでしょう。そういう意味では貴重なCB350赤バイ、消防署の歴史の語り部として末永く大事にしてもらいたいものです。