「食の好み」は夫婦仲を左右する?

写真拡大

 結婚して夫婦になると、多くの場合、一つの住居で寝食を共にします。生活の基盤は衣・食・住ですが、「ファッションセンスが気に入らないからけんかする」とか、「家具の好みが違うから別居する」という事例に、私は出くわしたことがありません。

 しかし、食の好みが合わないとどうなるでしょうか。食事を作る側に対して敬意を払い、「作ってくれてありがとう」と伝えるうちに、いつの間にか、その味に慣れてくるのが理想です。もし、「実家の母親のみそ汁の味を再現してくれ」などと言われたら、「モラハラだ!」「はあ? それなら、あんたが作れよ」となるかもしれません。毎日の料理のことでゴタゴタするのは、円滑な夫婦関係とはいえません。

 いまやテークアウトやデリバリーで手軽に、好みの料理に出会えます。夫がタイ料理、妻がメキシコ料理という食卓でも違和感のない時代です。料理が好きな人、苦手な人は男女問わず存在するので、自分たちに合う食卓をつくればよいでしょう。「女性は男性の胃袋をつかんだら安泰」という言葉はもはや、古典の域です。

 今回は、「食に対する価値観が合う夫婦はうまくいく」説は本当なのか、2つの事例から考えていきましょう。

台所と家族の健康、夫がディレクション

 美優さん(28歳、仮名)と結城さん(28歳、同)は大学時代からの交際を経て、社会人2年目に結婚。IT企業に勤めるエンジニア同士です。

 美優さんは料理が苦手で、食へのこだわりはなし。独身時代から一切料理をせず、勉強や仕事に没頭していました。食生活がおろそかだったため、体調が優れない日も多かったといいます。一方、夫の結城さんは、「一番のストレス発散方法が料理」というほどの料理好きです。調味料にこだわり、だしも丁寧に取るという料理人っぷり。好きなYouTubeチャンネルはもちろん料理系です。

 結婚前、美優さんは「料理以外の家事はするけど、料理は無理なので、そこのところはよろしく」とはっきり伝えていました。その代わりに掃除、洗濯は結城さんより多めにするという約束です。美優さんは夫の手料理が大好きで、いつも「本当においしい。ありがとう!」とおいしそうに食べるのだそうです。結城さんは、そんな美優さんの笑顔が見たくて、レパートリーをどんどん増やしています。

「『おいしい』って感謝して喜んでくれるから、どんどん作りたくなるんです。目の前で奥さんがおいしい、おいしいと言うのを、ビールを飲みながら眺めるのがじんわり幸せです」と結城さん。近々、料理動画も始めたいそうです。そして、美優さんは「私の肌荒れが気になると言って、最近はビタミンたっぷりのグリーン弁当まで作ってくれるんです」と夫に感謝。料理以外の家事は妻が、がぜん張り切ってやる。お二人は言うまでもなくラブラブです。

 これは、結婚前に家事分担を決めて、「苦手な料理はやらない」と妻が宣言したのが結果オーライにつながった例です。「得意なことを伸ばし、他の部分はしっかり補う」。これは結婚前の皆さんに、私がアドバイスしていることです。料理好きの夫であれば、それに特化できる環境を整えると、通年、おいしいご飯を食べることができて、健康もキープできます。中途半端に苦手な料理を頑張るより、100パーセント任せるスタイルが正解です。

夫のためにおいしいお好み焼き、作ってたけど…

 笹子さん(75歳、仮名)の夫、忠行さん(仮名)は3年前、78歳で亡くなりました。笹子さんは今、のんきな1人暮らしです。2人の間には3人のお子さん。長男の正志さん(52歳、同)一家は近所に住んでいて、しょっちゅう実家へ遊びに来ます。今回、正志さんからお話を聞きました。

 正志さんは子どもの頃から、母親の作るお好み焼きが大好き。「お好み焼きは母さんが作るのに限るよ」と、実家へ遊びに来るといつも笹子さんに焼いてもらっていたそうです。そんなある日、正志さんは笹子さんから衝撃の告白を受けます。

 その日も、家族で笹子さん宅に遊びに来た正志さんは、「夕飯はお好み焼きがいいな」と言いました。すると笹子さんが、「もうお好み焼きは作りたくない」と渋い顔。驚いた正志さんが「何で?」と聞くと、笹子さんは「本当はお好み焼きが嫌い」と…。

 笹子さんは東京出身で、夫の忠行さんは大阪出身でした。忠行さんの大好物は粉もん。代表的な料理がお好み焼きです。笹子さんはもんじゃ派で、結婚するまでお好み焼きを食べたことがなかったそうです。結婚当初、「お好み焼きを作ってくれ」と言われて、料理本で一生懸命調べて作っても、忠行さんに「まずい。分厚すぎる。中が半生。お好み焼きをうまく作れなかったら離婚だ」と大激怒されたそうです。それから笹子さんは日々練習。専業主婦の彼女の昼食は毎日、練習用のお好み焼きに。そして、忠行さんが満足する一皿を作れるようになり、亡くなるまでお好み焼きを作り続けました。

「嫌ってほど練習用のお好み焼きを食べたから、もう食べたくない。母さんはもんじゃ焼きの方が好きなのよ」という笹子さんに、「確かに、家族でお好み焼きを食べているとき、母さんは食べていなかったか…。お茶漬けとか食べていたな。昔の母親って、夫や子どもたちのお世話ばかりで、『自分も食事を楽しむ』って感じもあんまりなかったから、そんなもんかと思っていたけど。実は嫌いだったなんて」と正志さん。ちなみに、夫婦仲はとてもよく、いつも父の冗談に母はケラケラと笑う、温かい家族だったそうです。

 食の好みや価値観が合わないと夫婦仲はうまくいかないのか――。この2つの事例から見るに、必ずしもそうではないと思いませんか。お互いを思う気持ちがあれば、食の好みなど全く関係ありません。逆に、思いやる気持ちがないのであれば、たとえ食の好みがピッタリでも、夫婦仲はうまくいきません。

 長い結婚生活で、食事の準備と、それを食べることにかける時間は膨大です。食事のメニューや味にこだわるよりも、「一緒に食べている時間」をいかにハッピーにするかを意識するのが、ラブラブのコツです。「今日は買い物に行けなかったから、サバ缶と卵かけご飯よ」のときでも、その日一日の楽しかったエピソードを話せば最高の食卓になります。食の好みや価値観は本来、夫婦円満に全く関係ないといえるでしょう。