がんを切らずに完治させる 「ホリエモン×児玉龍彦医師」オンライン対談

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日本人の2人に1人はがんになり、3人に1人はがんで亡くなるという統計が発表されてから早10年。がんはこれから先も「不治の病」であり続けるのでしょうか。また、がん細胞を選択的に認識し攻撃する、夢のような技術は現在どこまで進んでいるのでしょうか。
今回、予防医療普及協会の堀江貴文氏と、これまで数多くの研究で世界をリードされてきた東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦先生をお迎えし、がんを切らずに完治させる技術の最新情報について議論していただきました。

※この記事は2021年8月31日に実施された対談をまとめたものです。

実業家
堀江 貴文(ほりえ たかふみ)

1972年福岡県生まれ。実業家。ロケットエンジン開発やスマホアプリ「TERIYAKI」「755」「マンガ新聞」などのプロデュースも手掛ける。2016年、「予防医療普及協会」の発起人となり、現在は同協会の理事として活動。「予防医療オンラインサロン YOBO-LABO」にも深く関わる。同協会監修の著作に、『健康の結論』(KADOKAWA)、『ピロリ菌やばい』(ゴマブックス)、『むだ死にしない技術』(マガジンハウス)など。

医学者・生物学者
児玉 龍彦(こだま・たつひこ)

日本の医学者、生物学者。東京大学先端科学技術研究センター名誉教授。2018年6月より、東京大学先端科学技術研究センターがん・代謝プロジェクトリーダー。専門は、内科学、分子生物学、システム医学領域、血管システム分野。
動脈硬化のメカニズムを分子レベルで明らかにすることや、肝臓における脂質代謝を改善させる研究などで世界をリードしてきた。今年はスーパーコンピューターを用いたがんに対する治療抗体医薬品の設計をすすめ、10以上の国際特許を有し、進行がんの抗体医薬品の開発をすすめている。

がんの薬物療法とは?

児玉

よろしくお願い致します。

堀江

お願いします。

児玉

まずはがんの薬物療法について簡単に説明させていただきます。

がん治療における薬物療法は、がんを治すことや進行を抑えること、そしてがんによる身体症状を緩和することを主な目的としています。
薬物療法には、化学療法、ホルモン療法、分子標的療法(小分子化合物、抗体薬)などの種類があり、今回は分子標的療法の中でも特に抗体医薬品の開発についてお話しさせて頂きます。
分子標的療法の小分子化合物は、がんの目印となるがん抗原というタンパク質を直接破壊することや、がんに栄養を運ぶ血管を標的にすることでがんを攻撃する薬です。しかし、がん抗原以外のタンパク質にも影響を及ぼす可能性があるため副作用の出現をきたすことがあります。
その反面抗体医薬品は、がん細胞表面に存在するがん抗原をピンポイントで攻撃することが可能であり、高い治療効果と副作用の軽減が期待できます。

進行がん治療の問題点について

児玉

次に進行がん治療における問題について紹介させて頂きます。

■転移を繰り返すたびに標的となる分子が変わります
進行がんの治療の難しさは、正常な細胞の中に悪性の細胞が散っていってしまうということです。乳がんを例にすると、原発巣は切除可能ですが、リンパ節やリンパの流れを介して転移し、最終的には肝臓や骨へと転移していきます。ここで重要なのは転移を繰り返すたびに遺伝子変異が増え、標的となる分子が変わってしまうことです。標的となる分子が変わることで前述したように副作用の出現や治療効果の低下をきたす可能性があります。

■治療をすると薬剤に耐性のあるがん細胞が増殖します
そして、がん治療に伴い薬剤に耐性のあるがん細胞が増えると薬が効かなくなり、治療が難航する可能性があるという問題もあります。

抗体医薬品の有効性と問題について

児玉

前述したように抗体医薬品は、がん細胞表面に存在するがん抗原をピンポイントで攻撃可能であり、高い治療効果と副作用の軽減が期待できます。しかし、抗体医薬品も万能ではなく欠点も抱えています。それは、製造に時間と費用がかかることです。

抗体医薬品の製造では、まず動物に標的タンパク質を打って抗体を作り、その抗体に遺伝子工学を用いてキメラ抗体、ヒト化抗体、完全ヒト抗体とし人体内で使用できるようにするのですが、この過程に長時間を要します。
また、費用面に関してですが、世界の売り上げ上位10種類の薬剤のうち7種類が抗体医薬品で占められていますが、1薬剤開発するのに1000億円以上かかるとされています。

そこで近年注目されているのが、抗体-薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate, ADC)です。

ADCとは何か

児玉

抗体医薬品には製造時間と費用の問題があります。従来型の低分子医薬には標的選択性が低いため、副作用の存在や体内でどのように働いているかという体内動態がわかりづらいという問題がある反面、製造時間や費用の問題は少ないです。ADCはこの問題を解決しうるハイブリッド医薬品です。すなわち抗体を標的の認識、実質的な薬効は低分子医薬に担わせるという概念で設計されています。
抗体はがん抗原に対して非常に高い親和性を持ち、細胞表面に存在する抗原を標的にできる反面、細胞の膜を通り抜けることが出来ません。低分子医薬は選択性が低い反面、透過性が高く細胞内のタンパク質もターゲットにすることが可能です。ADCは抗体をもとに標的細胞と結合し、細胞内に入ります。その後、細胞内に入った低分子薬が作用を発揮することで標的細胞を撃退します。

実質的な薬効を担う低分子医薬には、ラジオアイソトープ、光免疫療法、制がん剤などが使用されています。このように使用する薬剤を選ぶことができるため、進行がんの特徴である①転移の際に遺伝子変異で標的が変化すること、②治療薬剤への耐性がつくことに最適化が可能であるといわれています。

■ラジオアイソトープ
ラジオアイソトープとは放射性物質のことです。ラジオアイソトープを抗体に結合した製剤には、細胞障害が高いβ線やα線が用いられます。この製剤は治療に使用できるだけではなく、シンチグラフィという検査にも使用されているように、標的細胞に集積した放射線を専用の装置で検出し、がんの診断にも応用できることが期待されています。しかし、放射性物質ということもあり規制が厳しいことや安全性について周知されていないなどの問題があります。

■光免疫療法
光免疫療法は、がん細胞に薬剤を打ちそこにLEDライトによる光を当ててがん細胞の治療をします。光を当てることで初めて効果を発揮するので、投与による副作用の確認などに有効だと思われます。ただし光が届くのは皮膚から1cm程度に限られるので、肝臓や腎臓などの臓器には光が届かず使用が出来ないという問題があります。

■制がん剤
制がん剤には大きな問題もなく標的とするがん細胞に攻撃ができるため、ラジオアイソトープによる診断の後、光免疫療法により副作用をスクリーニングし制がん剤で治療するという方法は良い方法だと考えています。

ADC製造上の問題点

児玉

ADCの製造にも問題点があります。それは、抗体と薬剤を結合するアダプター部分の解析・設計にはスーパーコンピューターを使用しても相当な演算力を要し、薬剤の大量生産が困難であるということです。
抗体部分とアダプター部分の設計にはどちらもタンパク質を使用します。タンパク質は人間の体の中で重要な働きをしていますが、中立的な状態で静止していることがほとんどなく、その構造の解析はかなり難しいとされています。

抗体の完全人工設計

児玉

しかし近年大きな流れの変化がありました。2020年末にイギリスの人工知能会社であるDeepMindが、同社のAIモデルであるAlphaFold2を用いてタンパク質の構造を正確に予測することが可能となり、コンピューターによって抗体ミメティクス(抗体もどき)を設計することができるようになりました。
従来は、動物に標的タンパク質を打って作っていた抗体もすべて人工的にコンピューターで設計・製造が可能となりました。抗体ミメティクスの使用により薬剤の製造は簡略化され、加えて多臓器への副作用が少なく、正常細胞への攻撃がないため、傷の治りがとても早いという利点があることもわかってきました。抗体ミメティクスを使用した抗体-薬物複合体はAMDC(Antibody Mimetics-Drug Conjugate)と呼び、ADCの製造で問題となっていた薬剤の大量生産も可能となると考えています。

堀江

興味深いお話をありがとうございました。タンパク質の構造解析はとても難しい作業なのですね。タンパク質が安定して存在可能かを水の中で検証するのでしょうか?

児玉

はい。タンパク質は体の中でたくさんの重要な働きをしています。しかし、タンパク質は中立的な状態で静止していることはほとんどなく常に動いているため、実際の体内で安定して存在ができるかを水の中で検証していく必要があります。

堀江

抗体ミメティクスを使用した薬剤の作成はすでに開始しているのでしょうか?

児玉

まだ研究段階です。我々の研究は、本当にその薬剤が効くのか、有害事象はないのか、製造工程はどうしていくのか、がん細胞として標的はどうするのか、などの知的財産の蓄積を主にしていますので、実際に薬剤を作るとなると製薬会社での開発が必要になると思います。

堀江

製薬会社と開発を進めていく話は進んでいますか?

児玉

現時点ではないですね。開発段階のフェーズ1である治験薬が初めて人に使われる段階まで進むと開発は進みやすくなると思います。

堀江

抗体医薬品の効果はどの程度あるのでしょうか?

児玉

抗体医薬品のみを使用した効果でいうと、数ヶ月寿命が伸びたという報告はされています。

堀江

進行がんの核心にとても近づいているような気がしますね。あらゆるがん細胞に対応する抗体の設計が可能となれば、がん治療の進歩はさらに加速するでしょうね。

児玉

そうですね。がん組織の中にも様々な細胞が存在するので、それらの研究を進めていくことが必要です。さらに検査技術や診断技術などの研究が劇的に進んでいくと、がん治療の進歩は加速していくと思います。

堀江

実際に医療現場での使用が求められますね。

児玉

はい。治療の積み重ねが重要だと思います。それぞれのがん細胞に対する診断・治療の組み合わせや、がんの転移の流れにも法則がある可能性があります。そういった診断と治療の積み重ねが、数ある抗体と低分子医薬を最適に選択することに繋がると考えています。

堀江

これらの技術はがん治療以外にも応用は可能なのでしょうか?

児玉

はい。がん細胞とウイルスは非常に似ています。がん細胞は転移をする度に遺伝子が変異していくというお話をしました。新型コロナウイルスの変異も同様で、ウイルス自体は人や動物の細胞の中で自らの複製を作ることで増殖していきます。その際の遺伝子情報のミスがウイルスの変異に繋がります。そのため、がん細胞もウイルスも元となる細胞の解析や変異に対応した診断・治療手段の確保が重要であり、今日お話しした技術の応用が可能だと思われます。

編集後記

医療技術の劇的な進歩で早期発見や治療の精度も高まり、がん患者の生存率は上昇しています。必ずしも「がん=不治の病」ではなくなっているものの、社会の高齢化も進み、日本におけるがんの死亡率は右肩上がりに上昇し、死因の1位を独占している状況です。

生物学や病理学など様々な研究の積み重ねが、病気の解明や治療技術の進歩へとつながっていることを実感しました。

新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう中、今ある最新技術が医療へ応用可能となる日が早く訪れることを祈ります。

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