美しい花も、ときに悪者になる。一見すると無害に見える薄紫色の花びらと青々とした緑の葉をもつ水草のホテイアオイが、西アフリカや中央アフリカの熱帯地域を“侵略”しているのだ。

「衛星データが、雑草の“侵略”からアフリカを救う」の写真・リンク付きの記事はこちら

被害を受けている国のひとつがベナンで、湾岸近くの都市コトヌーのノクエ湖には湖面を覆い尽くす勢いでホテイアオイが繁茂している。この数十年でいくつもの茂みを形成しながら増殖してきたこの植物は、湖に入る日光をさえぎり、在来の植物や野生動物を追い出し、河川や灌漑用水路をふさぎ、村に住む人々の移動や漁猟を妨げてきた。

人工衛星のデータで雑草に対処する

こうしたなか宇宙技術が解決にひと役買うかもしれないと、ダニエル・ウッドは考えている。彼女は米航空宇宙局(NASA)からマサチューセッツ工科大学(MIT)に移って間もない2017年にカンファレンスでベナン人起業家と出会い、その人物に招かれベナンを訪れた。そこでウッドは、生い茂る雑草に人工衛星のデータを活用して対処する方法を探り始めたのだ。

ウッドはMITメディアラボの研究グループであるSpace Enabledのディレクターを務めている。彼女の研究チームはこのほど学術誌『Frontiers in Climate』に論文を発表し、地球観測技術によって人間が行きづらい場所をマップ化・モニタリングし、地元の意思決定に役立ててもらう方法を紹介した。この論文では、人工衛星やドローン、湖に設置したセンサーから集めたデータを使い、ベナン国内のさまざまな団体がどのようにホテイアオイの問題に対処しているのかが具体的に説明されている。

欧米の企業や行政機関はこうした技術を利用する機会に恵まれているが、それ以外の国々ではそうとも限らない。そこでNASAと米国際開発庁(USAID)が、こうした技術を発展途上国でも使えるようにする「SERVIR」と呼ばれるプログラムを主導している。ウッドらのチームも、このプログラムのリソースを使った。

ベナンでのプロジェクトについて、ウッドはこう説明する。「わたしたちの目標は、宇宙、空、水中から集めたデータを使い、コスト的にも実務的にも無理のない方法で現状を把握できるようにすることです」

プロジェクトの実装を手伝ったのは、ウッドの研究グループの一員で博士課程の学生でもあるウフオマ・オヴィエンムハダだ。彼女はGreen Keeper Africa(GKA)という企業のマネージングディレクターでもあるベナン人医師のフォラ・ムフタウと協力しながら活動している。ムフタウの目的は、中南米アマゾン流域から入ってきたホテイアオイを一掃することではない。むしろ、自分たちの地域でうまく活用したいと考えているのだ。

ホテイアオイの花は油性の汚染物質を吸収する有機繊維に加工でき、海面に流出した石油の吸収や、油や酸、塗料の拭き取りなどに利用できる。そしてGKAは、湖の近くに住む女性たちをはじめとする地域住民を数百人規模で雇用し、ホテイアオイを採集して繊維へと加工する事業を手がけている。そんなムフタウらが何よりもまず知りたいのは、刈り取りのための人手をどこに重点的に投入すべきかということである。

オヴィエンムハダは以前から湖の上空や周辺にドローンを飛ばし、ホテイアオイの生育場所や成長の速度を示す高解像度の写真を収集していた。しかし、ドローンの飛行範囲やバッテリーの持続時間には限界がある。それに比べて衛星データの内容は充実していた。研究チームは可視光線と近赤外光で撮影された周辺地域全体の画像を収集し、加えて無線レーダーとマイクロ波レーダーからのデータも集めたという。

次にオヴィエンムハダは集めたデータを、NASAによって衛星軌道から撮影された1980年から現在までの画像と比較してみた。「ほかのデータに比べ、衛星データは撮影範囲が広かったり過去の画像が長期にわたって保存されていたりといった長所があります。おかげでホテイアオイの生育の傾向を分析できました」

衛星データを地域の人々の手に

オヴィエンムハダは衛星画像を使って地域の全体像をつかみつつ、特定の範囲についてはドローンで撮影した画像から詳細を把握した。また彼女は自らボートで湖上に漕ぎ出し、随所で測定器による水質調査も実施したという。これらのデータから、年によって多少のばらつきはあるものの、ホテイアオイによる被害は確かに深刻化しており、総じて年を追うごとに湖面を覆う面積は増え続けているとオヴィエンムハダは結論付けた。

彼女たちのプロジェクトからは、GKAの活動を支援するオンラインツールも誕生している。ホテイアオイの採集場所を決めたり、刈り取りに必要な人員数や保管場所の大きさを見積もったり、過剰な繁殖をうまく予防できているかを確認したりするためのツールだ。

SERVIRは04年に始まり、こうしたプロジェクトの成功を支えている。スペイン語で「奉仕する」を意味するこのプログラムは、衛星データを活用して環境問題に取り組み、自然災害に対処できるよう地域の行政組織や住民たちを支援する活動を続けてきた。

「衛星データは世界のどの国からも利用可能です。またNASAにはデータとノウハウが揃っています。では、どうすればこのふたつを結びつけられるでしょうか?」と、SERVIRのグローバル・プログラム・マネジャーで、アラバマ州にあるNASAマーシャル宇宙飛行センターのリサーチサイエンティストでもあるダニエル・アーウィンは問う。そして、これらのプロジェクトをかたちにしていくのはNASAの専属職員ではなく、地元の専門家たちなのだとアーウィンは強調する。

災害や農業の場で活用される衛星データ

SERVIRには現在5つの拠点があり、そのひとつが西アフリカにある。残りは東南部アフリカ、アマゾン流域、ヒンドゥークシュ山脈、メコンの各地区で、今後は中央アメリカなどにも拠点を増やしていく予定だ。SERVIR自体が専用の人工衛星を所有しているわけではないが、NASAを始め、欧州や日本の宇宙機関、サンフランシスコを拠点とする衛星データサーヴィス企業であるPlanet Labsといった民間企業の人工衛星が収集したデータを利用している。

「SERVIRはランドサットのヘヴィーユーザーです」と、アーウィンは言う。ランドサットはNASAと米国地質調査所(USGS)が共同開発した一連の人工衛星で、1972年の1号機打ち上げ以来ずっと地球の軌道上を周回している。ウッドとオヴィエンムハダの研究に貢献したのは、過去に打ち上げられたランドサットから届いた画像だ。

最新機であるランドサット9号は21年9月に打ち上げられたばかりで、現在も軌道を周回している先代の8号機と同様に地球の画像を撮影している。1枚の画像がとらえる範囲はそれぞれ約180km四方で、1ピクセル当たり30m四方をカヴァーするという。

「極めて質の高いデータが8日ごとに送られてきます。非常に有益なデータであり、特に水質調査に活用されます」と、ランドサット9号のプロジェクトサイエンティストとしてメリーランド州のNASAゴダード宇宙飛行センターに勤務するジェフリー・マセックは語る。広大な範囲を高画質で捉えたこれらの画像は、オヴィエンムハダの分析に役立つだけでなく、藻類の大量発生地域をマッピングしたり、渇水や洪水を予想・観測したりするさまざまなプロジェクトにも活用されているという。またSERVIRのほかのプロジェクトでは、森林破壊や放牧地の減少が起きている場所の特定や山火事の発見、穀物生産量の推移の観察などにランドサットのデータが利用されている。

コトヌーのノクエ湖に群生するホテイアオイ。PHOTOGRAPH BY DANIELLE WOOD AND UFUOMA OVIENMHADA

科学者と地域の専門家が協力するきっかけに

データサイエンティストやコンピュータープログラマーでなくても、SERVIRが所有する画像を使うことは可能だ。ただし、プロジェクトの目的に合ったデータを見つけ出し管理するには、SERVIRが提供するトレーニングを受け、「Python」などのプログラミング言語でコードを書けるようにならなければならない。「 Google Earth Engine」のようなクラウドベースのオンラインツールも有用だろう。オヴィエンムハダもこうしたツールを利用して、データやマップ、図表を入手したという。

SERVIRの活動は、アフリカをはじめとする各地域でますます活発になった。その理由のひとつとして、NASAとUSAIDがトレーニングや共同研究を通じて現地の人々の役に立つツールやデータを提供できていることが挙げられると、ニューメキシコ州立大学の生態学者であるナイアル・ハナンは言う。

ハナンが20年に発表した論文には、地球観測データを発展途上国の行政に生かす方法が数多く紹介されている。「NASAやUSAIDは管理者向けにつくられたツールを個人農家や地域住民が使いやすいように改造しようとしています。研究用ではなく、実用に適したものを提供しようとしているのです」と、彼は説明する。「中央省庁や地方自治体、NGO、土地の所有者および使用者といったさまざまな利害関係者との間に協力関係を築こうとしています」

実際、研究対象となった地域の人々がプロジェクトを主導する例もある。ナイロビのRegional Centre for Mapping of Resources for Developmentで生態系およびモデル化部門のリーダーを務めるエドワード・ウーコは、ケニアの放牧地にはびこる外来植物の繁殖域をマッピングすることで、農場主たちが牛やヤギの放牧場所を選ぶ目安を提供したいと考えているという。こうした植物は家畜の口に合わなかったり有害だったりするので、家畜の栄養が不足して農家の生計が脅かされることがあるのだ。

「ケニアの北端部にはアカシアやウチワサボテンといった外来種がかなり繁殖していました。根絶はできないとしても、いま実行できる最善の策はこうした植物を監視し、その影響を抑えることです」と、SERVIRの東アフリカ支部でプロジェクトのリーダーを務めたウーコは語る。彼は学術誌『Frontiers in Environmental Science』に、外来植物の生育域をマッピングし、さまざまな気象条件における繁殖パターンを予測する研究を20年に発表している。

MITのウッドは最近またひとつ、ランドサットの観測データを利用したプロジェクトを完遂した。ガーナに住む同僚と協力して、同国の10年以上にわたる森林破壊の様子をマッピングしたのだ。彼女たちが21年8月に発表した論文には、小規模採掘事業や都市部の拡大によって多くの緑地が失われ、森林の生態系が傷つき、破壊されているという調査結果が詳述されている。

ホテイアオイ問題のプロジェクトについて、オヴィエンムハダとウッドは成果がすべてではないと考えているという。科学者と地域の専門家が一緒に仕事をするなかで、互いを尊重しながらどのように協力し、データを集め、成果を示していくかという実践的なアドヴァイスを提供することも重要だと考えているのだ。

ふたりは自分たちの活動によってほかの人々に刺激を与えられればと願っている。オヴィエンムハダは言う。「方法を示すことで、インクルーシヴな考え方や長く続いてきた権力の不均衡、知恵を生み出すさまざまな手段といったことに特別な関心を向けてもらえるようになるはずです」

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