結果を出す優秀なスポーツ選手ほど、謙虚で礼儀正しい選手が多いのはどうしてでしょうか(写真:taka/PIXTA)

メダルラッシュに沸く日本。インタビューでは、多くのオリンピアンが感謝の言葉を口にする。自分はスーパースターなのだから特別扱いされるべきだ、と思っても不思議ではないにもかかわらず、結果を出す優秀な選手ほど謙虚で礼儀正しい選手が多い。どうしてだろうか。

「無礼さ」の研究に20年を捧げた著者の集大成で、10万部のベストセラー『Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』から一部抜粋のうえ、再編集してお届けする。

バルセロナ五輪の優勝チームの礼節

デューク大学バスケットボールチームのヘッドコーチ、マイク・シャシェフスキーはかつて、1992年バルセロナオリンピックで金メダルを獲得した「ドリームチーム」のアシスタントコーチを務めたが、そのときにこんな体験をしたという。ドリームチームにはスーパースターが多数、参加していたが、なんといっても最高のプレーヤーは、マイケル・ジョーダンだった。


マイケル・ジョーダンは、青をシンボルカラーとするノースカロライナ大学チャペルヒル校の出身である。デューク大学のライバルだ。そういう理由もあり、シャシェフスキーは、ジョーダンが自分に対してどういう態度を取ってくるか興味を持っていた。

コーチである自分にはたして敬意をもって接してくるのか、そうでないのか。シャシェフスキーは自分もある程度の名声を勝ち得ているとは思っていたが、スーパースターであり、生ける伝説でもあるマイケル・ジョーダンとは比較にならないこともよく知っていた。

最初の練習が終了したあと、ジョーダンは、ソフトドリンクを飲んでいたシャシェフスキーに歩み寄ってきた。自分がデューク大学の関係者であることについて何か言うつもりなのでは、とシャシェフスキーは思った。ところがジョーダンの言葉は意外なものだったので驚いた。

「コーチ、30分ほど、単独での動きを練習したいと思っているんですけど、付き合っていただけますか?」

そうジョーダンは言ったのだ。2人はそのあと、しばらくともに練習をし、それが終わるとジョーダンは心から感謝しているという態度で礼を言ったという。

「お願いします」と「ありがとう」。誰かに丁寧に何かを頼み、そして、してもらったことに心からお礼を言う──ごく単純なことだ。

しかし、まさにその単純で小さな行動が、シャシェフスキーにとても強い印象を与えることになったのである。シャシェフスキー自身はこんなふうに言っている。

そのときの遠征には、いろいろなことを学ぶ機会がたくさんあったが、中でも最も大事だったのが、そのジョーダンとの間の出来事だ。私は今でもそのときのことを思い出すと、感動で体が震える。ああいうことがあると、どんなチームでも力が倍加されるだろう。

ジョーダンは、自分はスーパースターなのだから、特別扱いされるべきだ、と思っても不思議はなかったし、そうしても誰も責める人はいなかっただろう。だが、実際のジョーダンはそうではなかった。そのチームでは、誰ひとり、特別でいるべきではない、全員が重要なのだということを、彼はよくわかっていた。

ジョーダンは私に向かって「やあ、マイク、こっちに来てくれよ」という具合に話しかけることもできた。そう言われれば、私は言われるままにジョーダンのそばに駆け寄っただろう。何だかばかばかしいと思いながらも、言われたとおりにはする。

ただ、私はジョーダンに対する尊敬の気持ちを失うことになったはずだ。それは彼の望みではなかった。だから、ジョーダンは私を「コーチ」と呼び、命令口調ではなく、何かを「お願いする」という丁寧な話し方をした。そして、私が彼の頼みに応えたらきちんと礼を言った。なんとすばらしいことだろうか。

これはマイケル・ジョーダンが非常に優れた人物であることの証拠だと思う。ジョーダンのような位置にいる人がこういう態度を取ることには大きな意味がある。チームを成功へと導く雰囲気作りに役立つ態度だ。彼がそれを知っていてあらかじめそういう態度を取ったのかどうかはわからない。

ただ彼がそうしたのは事実だし、それで私は彼を永遠に尊敬することになった──デューク大学でのコーチ業にも、そのときのジョーダンの態度が大きな影響を与えた。

「礼儀正しく」ふるまうと周囲の態度が変わる

ジョーダンのような、ほんのささいなふるまいがなぜそれほど大事なのか。それを理解するには、人間がどういう人に好感を持つかを考えてみるといいだろう。それについては世界中の研究者が調査をしている。

これまでに、人間の200種類を超える行動特性が調査の対象となっている。その中でもとくに重要だとわかったのが、「温かさ」と「有能さ」の2つだ。この2つが、他人に与える印象を大きく左右する。この2つがほぼすべてと言ってもいい。

いい印象にしろ、悪い印象にしろ、この2つでその90パーセントが決まってしまうからだ。あなたが誰かに「温かい」「有能」という印象を与えることができれば、その人はあなたを信頼する可能性が高い。あなたを信頼してくれた人とは良好な人間関係を築くことができる。その人はあなたが何かをするときに、おそらくそれを支持し、応援してくれる。

ただ、ひとつ注意しなくてはいけないことがある。「温かさ」と「有能さ」は相反する特性と思われがちだということだ。

例えば、「あの人は確かに優秀だけれども、あの人のために働きたいとは思わない」あるいは「彼女はとても親切で優しいけれど、さほど頭がいいとは思えない」などと言われがちだということである。

シャシェフスキーも、マイケル・ジョーダンに対して最初はそういう印象を持っていた。マイケル・ジョーダンは確かにスーパースターだが、だからきっと自己中心的で気難しいに違いない、と思った。これは言い換えれば、「有能だが、温かくはないだろう」と思っていたということである。

だが、「この人は実は、有能なうえに温かい」と思ってもらうことは可能である。そのためにできることはひとつしかない。「礼儀正しくふるまうこと」である。

スポーツだけでなくビジネスでも同じ

これはなにもスポーツに限った話ではなく、ビジネスの現場でも同じだ。
あなたが会社で管理職やチームリーダーを務めているのなら、部下やメンバーと良好な関係を築くには、まず温かい人になるべきだ。そういう場合、どうしても自分が有能であることを早く証明したいという気持ちに駆られる人が多い。

しかし、一度、温かい人だと感じると、その人に対する評価は上がりやすくなる。温かい人になることは、自分の影響力を高めるための早道ということだ。温かい人は信頼を得やすい。

信頼が得られると、自然に周囲から情報やアイデアが多く集まってくる。温かいと思われるためには、ささいな非言語コミュニケーション(例えば、ほほ笑みかけること、人の話にうなずくことなど)も有効だ。相手を受け入れようとしていることを態度で示す。また、周囲の人たちにも、その気持ちにもつねに気を配っているのだということが伝わるようにする。

マイケル・ジョーダンはコーチに対して丁寧にものを頼み、きちんと礼を言った。それによって単に温かい人間だと証明しただけではなく、彼の有能さをより強く感じさせることができた。礼儀正しい態度を取ることで、思いやりがあって、他人を尊重する人間であり、自分を律して集団に合わせることができる人間であるということを示せたのだ。