TVプロデューサーが明かす「恋愛リアリティー番組」の裏側 出演者が追い込まれる背景とは
リアリティー番組「テラスハウス」(フジテレビ系)に出演していたプロレスラーの木村花さんが亡くなったのは昨年5月のことでした。残念ながら、その後もネットでの誹謗中傷は減ることがありません。
木村さんの遺族の申し立てを受けて審議していた放送倫理・番組向上機構(BPO)は今年3月、番組について「放送倫理上の問題があった」と認定した一方で、「人権侵害があったとまでは断定できない」との判断を示しました。
この指摘を制作サイドはどのようにみているのでしょうか。リアリティー番組など多数のTV番組に関わってきたTVプロデューサー津田環さんは、リアリティー番組特有の出演者の負担感やケアの重要性を指摘します。津田さんの寄稿をお届けします。
●「過剰な演出=やらせ」ではない
先日、公表された放送倫理・番組向上機構(BPO)の報告書では、出演者への精神的なケアが足りなかったことを指摘したものの、過剰な演出による人権侵害については認めませんでした。
私自身がリアリティー番組を制作してきたこともあり、木村さんが亡くなったことに非常に大きなショックを受けました。今後、制作側はどのような配慮をしていくべきなのか考えていきたいと思います。
まず恋愛リアリティショーの裏側について、ご説明します。
リアリティショーの作り方は、他のバラエティ番組や、ドラマとは大きく異なります。テラスハウスでも「台本のない」と冒頭に銘打っていますが、実際に、何が起こるかわからないというスリル感、想定外のハプニングやトラブル、それによって本当に出演者の心や感情が動く瞬間こそが「ウリ」であり、「おもしろさ」であり、存在意義です。
どんな名優でも、「演技」と「素顔」の差は、視聴者にはわかってしまいます。ですので、詳細な台本や、いわゆる「やらせ」演出があると、どんどんリアリティショーとしての番組の質は落ちていきます。ある程度、本人の意思に委ねないと成立しません。
しかし、出演者はその分、自分の頭で考え、予想し、空気を読んで、どういうリアクションや喜怒哀楽を出したら、視聴者は喜ぶだろう? 共感してくれるだろう? と、常に緊張感やプレッシャーのかかる状態におかれます。
むしろ「やらせ」が指示されたのなら、そのほうが楽かもしれません。また、他の出演者と比べて、自分はうまく振る舞えているのか? あの子より人気があるだろうか? という不安や期待も、常につきまといます。真面目に取り組むほど、追い込まれる傾向があります。
現実と虚構、両方の自分を常に行き来しているような状態なので、出演者の精神的な負荷は、実はバラエティ番組やドラマよりも大きいのです。
●フォロワーやファンの多い人がキャスティングされる傾向
そのプレッシャーは、出演者自信が運用するSNSアカウントにもあらわれます。最近では、すでにSNSやYouTubeの個人アカウントを持っており、すでに一定数のフォロワーやファンがついている若者がキャスティングされる傾向にあります。
つまり、彼らのインフルエンサーとしてのSNSの拡散力を、番組宣伝とセットで利用するということです。「テラスハウス」の木村花さんも、すでにプロレスというフィールドで活躍していました。そういう新たなファン層を獲得したい、という期待感も背負わされていたのではないかと思います。
しかし、出演者の多くは、本当に等身大の若者です。地方から出てきて、一人暮らしを始めたばかりだったり、タレント業と、進学をどう両立しようと悩んでいたりーー。見た目を気にして、ちゃんと食事をとらなかったり、まだ稼ぎが少なく、携帯が止められたり…、様々な悩みを抱えています。
また、大人に「悩みを打ち明けて」と声がけされても、親や先生に言われているのと同じで、なかなか本音をさらけ出すことはありません。大抵、イヤなことがあっても胸の内に秘めて我慢しています。なので、日々の撮影の中で、痩せたか太ったか、顔色や吹き出物の有無、持ち物の変化、SNSでの発言や頻度などを、丁寧にみながらケアしていく必要があるのです。
特に悪意のある発言と直接向き合うことになるSNSでは、誹謗中傷にさらされていないか、フォロワーを増やすことや話題になることを焦るあまり、炎上する事態になっていないか。周囲はそこまでフォローするべきではないでしょうか。
●誰が出演者をフォローできるのか?
しかし問題は、誰がフォローできるのか、という点です。
多くの場合、出演者は、タレントの卵や読者モデルなどをオーディションして決めます。事務所に所属している場合もありますが、駆け出しの出演者は、マネジャーは掛け持ち担当するなど、万全なバックアップ体制があるとはいえません。
そもそも事務所は、駆け出しのタレントの場合には、次の仕事が来なくなることをおそれて、演出に気を遣い、文句やクレームを言わない傾向にあります。
となると、制作サイドがフォローしていかなくてはなりません。「テラスハウス」では、フジテレビの責任について問われていますが、現在のテレビ番組制作は多くの場合、テレビ局から制作会社に発注受注が行われています。さらに現場では、孫請け会社や期間限定、番組限定の派遣、非正規雇用スタッフなどが働いている状況です。
その状態で、フジテレビのテラスハウス担当プロデューサーは、仕上がりチェックと、視聴率などの成果について意見は述べますが、現場の状況や進行について、ほとんど把握していなかったのではないでしょうか。
●SNS対策と法的な保護、対等な契約書の必要性
今回、木村花さんは、番組に迷惑をかけたら損害賠償を負う、というような、非常に本人にとって不利な同意書にサインをさせられたそうです(毎日新聞の報道より)。
現在、現場に対して、やらせや捏造、炎上騒動などを避けるべく、発注側であるテレビ局などから、コンプライアンス遵守について厳しく言われますが、誰のための環境整備なのかという点を、もっと考えるべきです。
「テラスハウス」はフジテレビの放送に先立ち、Netflixで配信されていました。ネットストリーミングは、視聴数や視聴者層、何分観たかなどのデータが、地上波より細かく出ますので、更に受注側への評価は過酷です。
また、1クール(3カ月)ごとではなく、配信予定期間が長かったこと(多少の出演者の入れ替えはあるものの)も特徴としてあげられます。何らかの事件を起こして出演者の新たな一面や、人間関係の変化などを見せていかないと、飽きられてしまう。何とか視聴数を上げないといけない、という制作サイドの危機感や焦りが、出演者を含めた現場に負荷をかけた可能性を否定できません。
出演者は、制作コンテンツの顔であり、大切に扱われなければならず、また、発注側と対等な立場でないといけません。出演者も、現場のスタッフも、使い捨ての商品であってはならないのです。
ましてや、先ほど述べたように、個人のSNSアカウントや、拡散力を番組宣伝の場として利用するのであれば、番組制作サイド、特に発注側であるテレビ局等が責任を持って、誹謗中傷などへの法的措置をとること。仮にトラブルが発生した際には、訴訟費用の負担などを行うと、ちゃんと出演契約書に明記することを徹底していく必要があると思います。
恋愛リアリティショーは、出演者本人が、自分でも気がつかない自分の魅力を発揮できる場でもあり、視聴者との距離も近く、時には一緒に泣いたり、怒ったり、ケンカしたり・・という友達になった気分で楽しめる良さがあります。
そして、非常に大きな特徴として、恋愛リアリティショーは、制作コストが、ドラマなどと比べて破格に安いことがあげられます。
出演者がまだ駆け出しのためギャラが安い、街中やレンタルハウスなどでのロケで済む、大きなセットの組み立てもいらない、日常生活をドキュメンタリー風に撮影するので、大人数の撮影技術スタッフを用意する必要もない。その上、既存の番組よりも視聴率が取れる、人気が出る、となれば、おいしいところだらけです。
つまりコスパ最高という理由から、これからもリアリティショーはなくなるどころか、増えていくでしょう。
安心安全な現場づくりと、視聴者のマイナス感情を煽り、炎上による話題性に頼らないリアリティショーのあり方を、考えていかなければなりません。
【著者プロフィール】津田環(つだ・たまき) テレビマンユニオン所属。ABEMA「Wの悲喜劇」プロデューサー。「オオカミくんには騙されない」初代プロデューサー、「世界ウルルン滞在記」など海外取材の制作も多数。