「年収0円から700万円に」元専業主婦がモラハラ夫を切り捨てるまで
※この連載「高山一恵のお金の細道」では、高山氏のもとに寄せられた相談内容をもとに、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。
■「自分で稼ぐ自信がないから離婚できない」
「夫は声が大きくて圧が強いので、何か言われると恐怖ですくんでしまい、思考がストップしてしまうんです。それに、彼より自分の稼ぎが少ないことを引け目に感じていたので、盾突くようなこともできませんでした」
「自分で稼ぐ自信がないから離婚に踏み切れない」――。そんな女性の相談に乗ることが少なくありません。夫との収入格差が大きい専業主婦や派遣社員の妻たちが夫婦関係に問題を抱えた場合、経済的な不安から夫と袂を分かつことができず、不幸な結婚を選び続けてしまう。お子さんがいるとなおさら、「私さえ我慢すれば“家族”は保たれるんだ」と、自分の気持ちに蓋をしてしまうのです。
■20代前半で結婚→専業主婦に
冒頭のセリフは、当時25歳だった神山塔子さん(仮名)が漏らしたものでした。神山さんは貿易関係の事務員として働いていた20代前半のとき、20歳上の管理職の男性と結婚。寿退社した後は派遣社員をしていましたが、「俺の稼ぎで十分なのになんで働くの?」という夫からの度重なるプレッシャーにより、専業主婦になります。
交際当時から束縛の厳しかった夫ですが、彼女が家に入るとさらに監視の目は厳しくなり、友達と飲みに行くのも難しい状況に。生活費に不満はなくとも、夫に細かく家計簿をチェックされるため、自分の好きなものを買う気も起きません。「好きに使っていいよ」と持たされているカードも明細が夫の手元に渡るため、「結局は自分の監視下に置くための策なんですよ……」と、神山さんは力なく笑っていました。
■こっそり看護学校を受験し、離婚準備を整えた
はじめて彼女に会った時、失礼ですが、「生気がない」というのはこういう人のことを言うんだと思いました。好きなことをすべて封じられ、夫にがんじがらめにされている状況が彼女の心身を蝕んでいることは明らかでした。救いは、神山さん自身が自分の状態を「異常」だと認識していたことでしょう。
そんな頃、自分と同じように乏しい経済力ゆえに不幸な結婚生活を続けざるを得ない友人の話を聞き、神山さんは「このままじゃ嫌だ!」とはっきり感じたそうです。これがきっかけとなり、彼女は一念発起して看護師を目指しはじめました。
夫に見つかっては道が閉ざされると、彼がいない間や寝静まったタイミングに勉強を重ね、高倍率の、社会人枠のある学費の安い公立看護学校に見事合格。学費は自分のへそくりと親から借金をして捻出し、入学と同時に実家に戻ります。
それまで一切、何も聞かされていなかった夫は大・大・大激怒。何度も実家にやってきて彼女を連れ戻そうとしたそうです。実力行使のみならず、LINEや手紙で泣き落としをしてくることもしばしばで、彼女も相当、揺れていました。それでも、若者にまじって一生懸命勉強することで、夫への未練を断ち切ることができたそうです。
神山さんは看護学校の3年課程を終え、見事、国家試験にも合格。病院で職を得ると同時に離婚も成立しました。「30歳にしてはじめて自由になりました」と語った彼女は、5年がかりで自力で苦しみから脱出したのです。
■経済的依存で夫婦が支配関係になってしまった
神山さんの話は私にとってひとごとではありません。というのも私も若い時に結婚に失敗し、シングルマザーになった経験があるからです。
20代の頃の私は、「女は男の人に養ってもらうもの」という意識でいました。当時はそういう感覚の友人も多かったので疑問に思うこともなく、結婚後は正社員を辞めて派遣社員として働いていました。
しかし、夫婦間の経済格差が大きくなればなるほど、「お前はたいして稼いでないでしょ」「俺がいないとお前はダメだもんな」といった夫の言葉に支配されるようになっていきました。「旦那に稼いでもらおう」という私の経済的依存心が、夫婦間に支配の構図を生み出してしまったのです。
そんな関係性の不健全さに辟易としていた私は、虎視眈々と起業して経済的自立を目指していました。徐々に彼と肩を並べるくらいの収入になると夫は私をコントロールできなくなり、関係性は終わりを迎えました。
■「手に職、貯金、お金の知識」で万が一に備える
夫婦の場合、家計をオープンにして互いの財布をブラックボックス化させないことは基本の「き」です。世帯のキャッシュフローを「見える化」することで資産形成が飛躍的にしやすくなるため、FP的にも全面的におすすめしている……のですが、どんな夫婦であれ、「離婚」の可能性は常に頭に入れておきたいところです。
夫婦が一生、夫婦として添い遂げられる保証はどこにもありません。万が一問題が起きたときに不幸な結婚を続けなくてもいいように、言葉は古いですが、「へそくり」として最低限の資産を手元に置いておくのがいいと思います。
特に今現在、専業主婦であったり不安定な雇用状況にある方は弱い立場に置かれやすいので、自衛のためにいち早く用意されることをおすすめします。
ただ、自由度を確保するためにもっとも必要なのは、神山さんのような「手に職」であることは間違いありません。その次に貯金(へそくり)、お金の知識です。
お金の知識は資産運用という意味だけではありません。ひとり親には国や地方自治体から受けられる支援がいくつもあったりします。申請してはじめて受けられるものもあるので、そういった知識もお金のスキルになります。また、離婚後に養育費を貰えず泣き寝入りにしてしまう方も多いですが、決して口約束で終わらせず、離婚に際して公正証書を作ることで支払いに強制力を持たせることができるのです。これも立派なお金の知識です。
■精神的・経済的に自立している夫婦はうまくいきやすい
若い女性と話すと、「自分の姓を名乗りたいから夫婦別姓が可能になるまで事実婚でいい」とか、「結婚に興味はないけど、子どもだけほしい」といった声をよく聞きます。そんな彼女たちの考えに触れる度、私が20代のときに考えていた「男の人に養ってもらう」家族観は自立から程遠く、男女平等の観点からも歪んだものだったなと改めて感じます。
実際、うまくいっているご家庭を振り返ってみると、人間的に成熟した者同士、互いを尊重し合って暮らしている感じがします。非常に逆説的な話になりますが、精神的にも経済的にも自立した者同士、結婚しなくても成り立つ2人だからこそ、あえて結婚する。それくらいの関係性ではじめて「結婚」が成り立つのかなと最近は思います。
また結婚の有無は別として、互いに家計管理がきちんとできるのであれば、パートナーと共通の目標を持ちつつも、それ以外の部分に関しては自分で管理するものアリでしょう。
■「手に職+お金の知識」で雰囲気が変わった
モラハラ夫の束縛から逃れ看護師として活躍されている神山さんは、離婚をきっかけに資産運用にも目覚め、iDeCoとNISA、それに不動産投資もしています。また、今後もし子どもを持ってフルタイムで働けなくなった時にも、看護師の資格があると採血や点滴の単発仕事はよくあるそうで、「仕事を中断せずに済む」という話もしていました。
そして何より、今の神山さんは自信がみなぎっているのがよくわかります。生きていても心が死んでいるような数年前とは大違いです。「昔の自分は暗かったけど、老後の心配もなくなったから、好きなことに打ち込めて楽しいんです」と話してくれました。
今は人生100年時代です。国にも会社にも余力がなく、夫だっていつまで元気に働けるかわかりません。どれだけキャッシュフローを長く維持できるかが、今後の人生において最重要課題になっていきます。この問題に、性別は関係ありません。ぜひみなさんにも、健康に、楽しく、長く続けられる働き方・ライフスタイルを考えてみてほしいと思います。
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高山 一恵(たかやま・かずえ)
Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士
慶應義塾大学卒業。2005年に女性向けFPオフィス、エフピーウーマンを設立。10年間取締役を務めたのち、現職へ。全国で講演・執筆活動・相談業務を行い女性の人生に不可欠なお金の知識を伝えている。著書は『はじめてのNISA&iDeCo』(成美堂出版)、『やってみたらこんなにおトク! 税制優遇のおいしいいただき方』(きんざい)など多数。FP Cafe運営者。
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(Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士 高山 一恵 聞き手・構成=小泉なつみ)