by Mann Library

1870年、ドイツの解剖学者であるカール・ゲーゲンバウアー氏が「カゲロウのような水生昆虫の腹部にあるエラが最終的に羽に進化した」と初めて提唱しました。それから150年間にわたり、科学者たちは「昆虫はどうやって羽を手に入れたのか?」について研究しており、その中でさまざまな理論が提唱されてきたのですが、2020年12月1日に学術誌のNature Ecology&Evolutionに掲載された論文により、ついにその謎の一端が明らかになっています。

Knockout of crustacean leg patterning genes suggests that insect wings and body walls evolved from ancient leg segments | Nature Ecology & Evolution

https://www.nature.com/articles/s41559-020-01349-0

How the Insect Got its Wings: Scientists (At Last!) Tell the Tale

https://www.mbl.edu/wp-content/uploads/2020/11/Bruce-Fig1.pressrelease-768x421.jpg

The mystery of how insects developed wings has finally been solved

https://www.mic.com/p/the-mystery-of-how-insects-developed-wings-has-finally-been-solved-47576183

Nature Ecology&Evolutionに掲載された論文の著者は、シカゴ大学の海洋生物研究所(MBL)で研究者として働くヘザー・ブルース氏とニパム・パテル氏。これまで、昆虫の祖先はヤスデやムカデといった多足類の一部であると想定されてきましたが、2010年に発表された研究論文では、昆虫は遺伝子的にみると多足類よりもカニやエビなどの甲殻類に近いことが明らかになっています。

ブルース氏は昆虫の羽について、「昆虫の羽がどこからくるものなのかを調べるために多足類について研究しても、これまで何も新しい発見はありませんでした。そのため、昆虫の羽は昆虫の中で初めて出現した、祖先が対応する構造を持たない『新しい構造』とみなされていました。しかし、これは研究者が昆虫の祖先を間違って認識していたためです」と語り、昆虫の羽がどのように進化していったのかを調べるには、多足類ではなく遺伝子的に近い甲殻類について調べるべきと主張しています。

そこで、ブルース氏とパテル氏は過去の研究をベースに、ゲノム編集技術のひとつであるCRISPR-Cas9を用い、昆虫と甲殻類の脚の遺伝子を調査しました。研究チームはCRISPR-Cas9を使い、昆虫と甲殻類の脚に関連する遺伝子5つを無効にしたところ、それぞれの脚の6カ所に影響を与えたことが明らかになっています。

以下は甲殻類(a)の脚(b)を、昆虫(c)の脚(d)と比較した図。昆虫と甲殻類の脚の構造が非常に近しいことがわかります。しかし、よく見ると昆虫は1〜6の部分が脚を構成しているのですが、甲殻類は1〜7の部分が脚を構成しており、昆虫よりも1つ多く脚を構成するパーツを持っていることがわかります。

昆虫の祖先が甲殻類であると想定した場合、7つ目のパーツは昆虫のどこに消えてしまったのでしょうか。ブルース氏ら研究チームもこの謎に興味を持ち、過去の研究を掘り下げて調査したそうです。すると、1893年に発表された研究で、「昆虫は体に最も近い脚の部分を体壁に組み込んだ」と主張しているものを発見。さらに、「昆虫が体に最も近い脚の部分を体壁に組み込んだだけでなく、それを背中の方向に移動させ、最終的に羽を形成した」と主張する1980年に発表された研究も見つかっています。

ブルース氏は「我々のゲノム編集を用いた研究結果は、過去の研究論文で提唱されてきた理論を裏付けるものです」と語り、「甲殻類の脚にある7つ目のパーツ」が徐々に体壁と融合し、脚の節部分から背中に移動していき、最終的に昆虫の羽になったと結論づけています。

甲殻類の脚を構成するパーツの1つが昆虫の羽に変わっていった理由は、甲殻類が水上での生活から陸上での生活にシフトしていく中で、自身の体重を支えることができるように7つ目のパーツを体に融合させていった結果である可能性があります。なお、パテル氏は「ゲノム編集を用いた比較から浮かび上がってきたのは、全く新しいものが突如体の中に現れるということはないということです。すべての部位は体のどこかからきたものというわけです」と語り、今回の発見はゲノム編集技術を使ったからこそのものであると主張しています。