■「QRコード発行」はセルフオーダーシステムの主流だが…

店側が発行するQRコードを顧客がスマートフォンで読み取るセルフオーダーシステムで中小企業が特許を取得し、同様のシステムを提供している企業の多くが特許を侵害している可能性がある。筆者はこの特許の出願代理人であり、本来なら論評を差し控えなければならない立場だが、特許権者の利益を保護する観点から事実を明らかにしたい。

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セルフオーダーのイメージ。スマホでQRコードを読み取る - 写真=筆者提供

特許をもつ中小企業は、東京・中野で居酒屋「魚せん」を運営するQueens Japan株式会社(代表取締役:小泉繁樹氏、以下Q社)。今春に2件の特許を取得しており、その1つは「店側が発行するQRコードを顧客自身の携帯端末で読み取ることでオーダーが可能なシステム」、もう1つはこれをベースとしつつ「顧客の要求に対応した広告表示を行うことが可能なシステム」だ。

QRコード発行は、現在のセルフオーダーシステムの主流となっており、同様のシステムを提供・運用している企業は多い。これまで係争に発展していないのは、同社が特許取得の事実をホームページで告知するだけで、利用の差し止めや特許料の徴収に動いていないからだ。

■店舗売却の資金を注ぎ込み、数億円をかけて開発

Q社の小泉代表は筆者に対し、特許権を売却する方針を示している。首尾よく売却できれば、特許係争は新たな特許権取得者と同業他社に引き継がれ、業界地図を塗り替える可能性が高い。

Q社が取得した2つの特許のうち「QRコード発行」は印刷物だけでなく、店舗内の専用端末への表示も含まれる。また、もう1つの特許は「店舗の運営管理システム」「広告画面表示とポイント付与のくじ引き」「多言語対応」「軽減税率対応」「顧客が利用する各種決済サービスとの連動」など多岐にわたる。飲食店の問題解決を図ったシステムであるため、興味・関心のある企業は多いと考えられる。

同社は2017年に同システムを開発、特許を出願していた。これまでに居酒屋を7店舗経営し、いずれも繁盛していたが、店舗売却の資金を今回のシステム開発に注ぎ込み、約7年間をかけて開発にこぎ着けた。投じた費用は数億円に上る。飲食店経営の経験から「顧客も店も、無理なくスムーズに行えるセルフ注文システム」を目指した。

■新型コロナ感染防止で類似システムが急増

当初は人手不足やインバウンド(外国人旅行客)対応の導入拡大を目指したが、緩やかな市場拡大にとどまり、ここにきて新型コロナ感染防止の対人非接触型オーダーシステムとして一気に導入店舗が増えた。その間、類似システムを取り扱う運営会社も増えた。

具体的な使い方は、まず顧客がスマホで店側が発行するQRコードを読み取ると、スマホに専用画面が入力され、「オーダー追加」「領収書発行予約」「定員呼び出し」ができる。店員もスマホをハンディー端末として使う。「オーダー追加」「テーブル状況確認」「領収書印刷」などにきめ細かく対応できる。

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(左)印刷したQRコードから注文画面を呼び出す(右)注文画面のイメージ - 写真=筆者提供

また、POS(販売時点情報管理)レジスターは、これらの機能に加えて「メニュー管理」「伝票管理」「レジ機能」「領収書発行管理」などが行える。クラウド上で情報を管理しているため、リアルタイムで売上データを把握でき、翌日の発注作業の効率化につながる。データ集計で人気メニューがわかるので商品開発にも反映できる。性別、年代別に注文データを蓄積し、AI(人工知能)を活用した業務改善が可能だ。Q社はこれらを初期費用なし、月額利用料4万5000円(税別)で提供している。

■業界地図が塗り替えられる可能性が高い

同様のセルフオーダーシステムは現在、多くの企業が続々と導入店舗を拡大している。コロナ禍に対応した非接触型システムの拡大は、飲食店の生産性向上、2021年に開催が予定される東京五輪に向けたインバウンド対応、人手不足対応の面から加速していくと思われる。

一方で、Q社の特許権は「QRコード発行」という広い範囲をカバーしているため、市場拡大に与える影響は大きいと考えられる。今後はQ社の特許権を「どこが買うか」が最大の焦点になるだろう。その特許取得先が、どのような政策を行うかによって業界地図が塗り替えられる可能性が高い。

もし、どこも名乗りを上げなかったとしたら、Q社は権利を主張すべきだ。ここまで10年近い歳月、億単位の費用、開発や生活の苦労が重なってきている。特許は、開発者利益を適正に保護するものであってほしい。

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大谷 元(おおたに・はじめ)
弁理士
専門分野は、特許(機械、制御、生物、化学、情報)、意匠、商標。2003年から18年まで特許事務所に勤務。2018年に独立し、大谷元特許事務所を設立。
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(弁理士 大谷 元)