■低迷の日本と世界で戦う韓国

NiziU、BTS、『愛の不時着』と、韓国のエンターテインメントが日本で爆発的ヒットを記録し、世界に打って出ている。一方、日本のエンターテインメントは低迷が続き、産業としての価値が大きく損なわれてきている。かつてより韓流ブームなどと騒がれてはいたが、ここ数年で日本と韓国の差はより大きくなったように思われる。

写真=Penta Press/時事通信フォト
2019年1月15日、韓国・ソウルのコチャック・スカイドームで開催された「2019ソウル・ミュージック・アワード」の期間中、フォトコールに登場した韓国アイドルグループ「TWICE(トゥワイス)」 - 写真=Penta Press/時事通信フォト

そもそも、韓国エンターテインメントが国境を超え世界市場に打って出たきっかけは、1997年のアジア通貨危機が韓国経済を直撃したことだった。国内市場が大幅に縮小して、エンターテインメント業界も外に目を向けざるをえなくなったからだ。

しかも、海を越えると世界第3位(当時は2位)の経済大国である日本がある。韓国勢が日本市場に参入しようと考えたのは当然だろう。2001年にBOAが日本デビューして人気を博し、2004年にNHKで韓国ドラマ「冬のソナタ」が放映されて社会現象化した。さらに、男性ボーカルグループの東方神起(のちにデュオ)やBIGBANG、女性アイドルグループの少女時代やKARAが日本でも人気を博し、日本参入を狙って結成された男女アイドルグループが次々と登場した。

■日本人は「未成熟」を応援する

2000年に入ってインターネットが普及すると、アニメや漫画を通して世界的に日本のサブカルチャーが注目されるようになった。とくにフランスやスペインなどのヨーロッパで、“kawaii”をキーワードとする原宿や渋谷のファッションが関心を集め、J-POP人気に火がつき、日本で大人気だったモーニング娘。(1997年〜)が注目された。ところが、モーニング娘。はメンバーが入れ替わり、歌やダンスの実力をつけていくごとに、肝心の国内での人気を落としていく。

日本のファンは、アイドルに高いパフォーマンス力ではなく、「頃合いの下手さ」や「一生懸命」を求め、下手だけれどがんばっているといった「未成熟の一生懸命」を応援するのが、アイドルファンの伝統的なスタイルである。完璧なルックスや高い歌唱力はむしろアイドルには邪魔になる。愛らしく透明感のある外見のタレントが、「下手」をカバーしようと一生懸命になる姿に「萌える」。

初期のモーニング娘。がまさにそうだった。何の訓練も受けていない「普通の少女」たちが、「敏腕プロデューサー」の手で試練にあいながらもヒット曲を連発していく。そんな物語が注目を浴びた。

■AKB48が国内市場を押さえたが…

ところが、モーニング娘。が高いパフォーマンス力を身につけるたびに、ライトなファンが脱落。そのあいだに「未成熟の一生懸命」をシステム化したようなAKB48が国内市場を席巻した。

日本市場でアイドルとして人気を博すためには、宿命的に「未成熟」を抱え込まなければならない。だが、国際市場では「未成熟」は求められず、AKBの国際戦略も一部を除いて失敗している。

モーニング娘。が開いた国際化の道は、むしろ少女時代などの韓国勢によって広げられていった。2012年以降の「嫌韓ブーム」からは、韓国勢は日本より東アジアや東南アジアを中心とした国際市場を広く目指すようになった。日本のアイドルのフォーマットを使いながら、韓国アイドルが国際市場で活躍できた裏には、韓国では「未成熟」ではなく、外見的な完成度や高いパフォーマンスを求める文化があるからだろう。また、日本のエンターテインメントが無意識的に国際的に受け入れられ、そのあと大して努力しなかったのに対して、韓国勢は国家を挙げて世界進出を後押しして、国際市場に必死でアクセスし続けた努力が結実した。

■AKB世代が日本のエンタメを破壊した

中東サウジアラビアでは女性の地位向上が進み、公共の場に一人で出かけられるようになっている。その一環として、2019年10月に韓国の人気グループBTS(防弾少年団)のコンサートがおこなわれた。

BTSは、東方神起やBIGBANGを原形に、本格的なラップを軸に高いダンスパフォーマンスを見せる男性ヒップホップグループで、ビルボードでも1位を獲得している。日本では2018年にメンバーの一人が原爆Tシャツを着た画像をSNSにアップしたことで大バッシングになったことを記憶している人も多いだろう。Tシャツ事件のあとは日本のテレビでは見られなくなったが、世界的には着実にファンを拡げ、上述のサウジアラビアのコンサートでは3万人を動員している。

一方、日本ではAKBの姉妹グループが次々に結成されて、アイドル市場がAKB系に寡占されてゆく。また、AKBの特徴としてCD購入と握手会・総選挙の投票権を組み合わせた「課金システム」を導入して、経済的な余裕のあるファンを優遇した結果、ファンの高齢化が進み、アイドル市場から若者層が逃げていった。

そんな若者の一部が、レベルの高いパフォーマンスを見せる韓国アイドルに注目するのも自然な流れだと言える。かたや、日本のテレビでは、アイドルは「ポンコツさ」をアピールさせれてオヤジ目線での仕事をさせられるばかりだ。その中には、YouTubeで見たTWICEやBLACKPINKなどを通じて、韓国エンターテインメントに憧れるアイドル志望者もおり、いまや「エンターテインメントの本場」として韓国に留学することも珍しいことではなくなっている。

■日本発の韓国アイドルグループ“NiziU”の快進撃

ソニーミュージックと、TWICEを輩出した韓国最大手のJYPエンターテインメントが組み、選抜したガールズグループが話題となっている。9人のメンバーで構成されたNiziU(ニジュー)である。まだプレデビューながら、2020年6月30日に4曲が配信されて、オリコンデイリーデジタルのシングルランキングで初登場1位、3位、4位、6位を獲得した。1位を獲得した「Make You Happy」では「縄跳びダンス」が話題になり、「踊ってみた」の動画も次々上がっている。

NiziUがデビュー前からこれほどの話題となったのは、日本で開催されたオーディション「Niziプロジェクト」の様子をインターネット番組やテレビ(日本テレビ系『スッキリ』など)が追っていたからだ。

NiziUのプロデュースを担当するパク・ジヨン(J.Y.Park)氏も、自らもオーディション映像に露出して、候補者に対する的確なコメントや独自の哲学でも注目された。多くのK-POP好きな少女が憧れているであろうTWICEを手がけたこともある「辣腕プロデューサー」だ。

このやり方は、言うまでもなくテレビ番組でつんく氏がモーニング娘。を手がけたときに酷似している。ただ、NiziUでは、アイドル性とともに、高い表現力も求められており、オーディションの時点で水準以上の音楽性と表現力が問われる。

■プロ志向の韓国に魅力を感じるのは当たり前

近年は子供の頃からプロから歌やダンスを習っている若者も少なくない。プロ志向が強いほどに韓国エンターテインメントに魅力を感じる者が出てくるのは当然だろう。

このプロジェクトは、いわば、日本のアイドル志望者が、韓国エンターテインメントを通して世界を目指すものである。日本のテレビで「ポンコツ」を演じさせられるくらいなら、韓国のプロダクションでやってみたいと考える者にとって、日本か韓国かなどは二の次の問題だろう。

ところが、私の周りの日本人にNiziUのことを聞くと肯定的な反応が返ってくることは少ない。実際にミュージックビデオを見ると、韓国の景色がちりばめられ、メイクや衣装なども韓国流である。日本人メンバーだけであるはずのNiziUに「日本人らしさ」がないことに拒否反応を起こしているのかもしれない。

■日本には世界で通用する若い人材がたくさんいる

だが、NiziU「Make You Happy」のYouTubeにおける再生回数は8月1日時点で7000万回を超えている。この曲は日本語で歌われており、最初に日本市場を狙っているのは確かであるが、7000万回という再生回数は日韓だけで達成するのは難しい。おそらく中国や東南アジアなどでも注目しているファンがすでに相当いるということだろう。日本のエンターテインメントが国際化において韓国に大きく後れを取ったことは認めざるをえない。

AKBが握手会や投票権などで儲け主義に走ったことでファンの高齢化を引き起こし、「歌とダンスで楽しませる」という本来のアイドルグループの在り方を見失った結果、若者に見限られてしまったのではないだろうか。

ただ、NiziUの活躍は、日本には世界で通用する若い人材がたくさんいることを再認識させてくれた。NiziUは日本に韓国人アーティストではなく、韓国エンターテインメントそのものを売り込むという挑戦なのである。次は、国際的な視野で日本のアイドルを売り込めるかどうかという「日本エンターテインメントの力」という大人たちの力が試されている。

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白川 司(しらかわ・つかさ)
国際政治評論家・翻訳家
国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評。
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(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)