鉄道「上下分離方式」はコロナ禍の苦境を救う
富山地方鉄道富山港線は線路・施設を富山市が保有する(筆者撮影)
3月21日、富山駅の南北に分かれて走っていた路面電車の線路がつながり、直通運転が始まった。これに先立って2月には、駅北側の富山港線を運行していた富山ライトレールと、南側の通称・市内電車を走らせていた富山地方鉄道が合併し、富山地方鉄道が存続会社になった。
富山ライトレールは、富山市が掲げてきた「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」の象徴的存在として、2006年の開業以来、内外に存在感を示してきた。しかし今回の合併により、その名前は過去のものになり、富山地方鉄道富山港線と呼ばれることになった。
線路・施設は自治体が保有
ただし富山地方鉄道は、富山港線をまるごと譲り受けたわけではない。合併に先立った協議により、富山市が軌道整備事業者、富山地方鉄道が軌道運送事業者として、上下分離方式での運営が決まっていたからだ。
富山地方鉄道が運行する市内電車(筆者撮影)
つまり線路、駅、電気設備、信号施設などの「下」は富山市が保有し、維持管理を行いつつ富山地方鉄道に貸し付ける。富山地方鉄道はその施設を使って列車の運行という「上」を担当し、運賃収入の中から施設使用料を支払う契約になる。
富山地方鉄道の路面電車で上下分離となっているのは富山港線だけではない。2009年に市内電車環状線化のため新設された富山都心線や、2015年の北陸新幹線開通に合わせて南側が供用開始し、今回残りの北側も完成した南北接続区間も該当する。このうち富山都心線については開通に伴い導入された車両の「セントラム」こと9000形も市の所有になっている。
逆に言えば、2006年以前から富山駅南側を走っていた富山軌道線だけが、保有も運行も富山地方鉄道が行うという体制になっている。
多くの公共交通改革と同じように上下分離方式という言葉もまた、欧州から広まった。欧州でのパイオニアはスウェーデン国鉄(SJ)と言われている。
我が国の旧日本国有鉄道同様、SJの経営もモータリゼーションの影響を受けて経営状況が悪化していた。しかもその後、スウェーデンの欧州連合(EU)加盟も議論に上るようになり(実際の加盟は1995年)、国際化への対応や競争力の強化も重要になりつつあった。
複数の運行事業者が乗り入れるスウェーデンのヨーテボリ中央駅(筆者撮影)
そんな中でスウェーデンでは1988年の交通政策法に基づき、鉄道改革を実施した。ここで運行事業を担当する新SJと、線路や施設を保有し維持管理を行うスウェーデン鉄道庁(BV)への上下分離が決まった。さらにSJ以外の事業者の線路使用を認めるオープンアクセスも導入された。
その結果、たとえばスウェーデン第2の都市であるヨーテボリの中央駅には、ヨーテボリを含むヴェストラ・イェータランド県の公共交通運行事業者であるヴェストトラフィークが運行する通勤電車ヴェストトーゲンや、香港に本拠を置くMTRの子会社が首都ストックホルム―ヨーテボリ間で運行するMTRエクスプレスなどが乗り入れている。
都市交通の場合
都市交通においても、国や地域により形態はやや異なるものの、上下分離と言える体制を取っているところが多い。
ヨーテボリ市内を走るトラム(筆者撮影)
前述したヴェストトラフィークは、ヨーテボリのトラム事業者や複数のバス・フェリー事業者を管轄する立場にあり、隣国フィンランドの首都ヘルシンキではヘルシンキ地域圏交通政策局(HSL)が周辺都市を含めた交通事業の管理を行い、ヘルシンキ市交通局(HKL)が地下鉄と路面電車の運行などを行う。
いずれにしても、欧州は国の鉄道も都市交通も単一事業者が管理し、その中で上下分離方式を導入している事例が多い。日本のように国の鉄道が分割民営化され、ひとつの都市の鉄道を多くの民間事業者が管理するところはほとんどない。
ただし、第三者が保有する線路上でほかの鉄道事業者が列車を運行する方式は、スウェーデンより前から我が国に存在していた。以前記事(2017年10月12日付記事「知られざる大動脈『神戸高速線』はどう変わる」)で紹介したこともある神戸高速鉄道だ。
神戸市内に分散してあった阪急電鉄(当時は京阪神急行電鉄)、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道、神戸電鉄(当時は神戸電気鉄道)のターミナルをつなぐ形で神戸高速の東西線と南北線が開通したのは1968年。会社はその10年前に設立されており、第3セクター鉄道としてもいち早い存在だった。
神戸高速は線路や施設の保有や駅の運営に専念し、車両は所有せず、運行は行わなかった。そのため当時は「トンネル会社」と呼ばれることもあった。
阪急神戸高速線。神戸三宮まで山陽電鉄が乗り入れている(筆者撮影)
その後、神戸市が保有株式の一部を阪急阪神HDに売却し、阪急阪神HDが株式の過半数を所有することになった。駅の運営も乗り入れる鉄道事業者が行う形に変わったが、施設は現在も神戸高速が保有する。
この間、1987年の国鉄分割民営化・JRグループ誕生に合わせて施行された鉄道事業法で、鉄道事業の営業主体と線路の所有主体の分離が認められた。従来からある上下一体方式は第1種鉄道事業、営業に専念するのは第2種鉄道事業、路線の所有のみを行うのは第3種鉄道事業と呼ぶようになった。
全国の貨物輸送を担当するべく生まれた日本貨物鉄道(JR貨物)が、自社の路線をほとんど持たず、旅客鉄道6社に線路使用料を支払い列車を運行する形になったことが、法制化の理由と言われている。
新規路線で相次いで採用
ともあれ法律で明文化されたことで、その後東日本旅客鉄道(JR東日本)や京成電鉄の列車が成田空港へ乗り入れるべく作られた成田空港高速鉄道、西日本旅客鉄道(JR西日本)東西線が走る関西高速鉄道など、第3セクターの第3種鉄道事業者設立による新路線開通が相次いだ。
一方地方では、もともと経営面で厳しい鉄道が多かったこともあり、再建などの過程で沿線自治体が第3種鉄道事業者になり、新たに組織された第3セクターが第2種鉄道事業者として運行する上下分離方式が増えている。
両備グループが運行する和歌山電鐵の車両(筆者撮影)
東北新幹線の開業に伴う並行在来線の転換により誕生した青い森鉄道、近鉄のナローゲージ路線だった内部・八王子線を転換した四日市あすなろう鉄道、南海電鉄貴志川線を引き継いだ両備グループの和歌山電鐵などがここに該当する。
廃止が議論されていたJR路線を存続させるべく第3セクターに移行した事業者の中にも、上下分離に移行した事例がある。北近畿タンゴ鉄道は経営改善の観点から民間資本の導入を公募し、高速バスの運行で有名なWILLERグループのWILLER TRAINSが第2種鉄道事業者となり、京都丹後鉄道の名称で運行を始めている。
そんな中で群馬県は異なる手法を選んだ。鉄道事業者が施設を所有する第1種鉄道事業を維持しつつ、沿線市町村とともに近代化のための投資や施設維持費用、固定資産税などを負担する手法を、上毛電気鉄道に1998年、上信電鉄に翌年導入した。
昔から存在する支援に近い内容であるが、自治体が施設を保有しているとみなして経費を負担することから「みなし上下分離」、群馬県が編み出した手法ということで「群馬型上下分離」などと呼ばれることもある。
なお軌道(路面電車)については、2007年に施行された地域公共交通活性化・再生法で上下分離方式が認められた。そのため前年に開業した富山ライトレール富山港線は「みなし上下分離」という状況であり、2009年に開通した市内電車環状線が、路面電車として初の上下分離になった。こうした経緯を見ると、富山港線が上下分離したのは当然の帰結に思えてくる。
鉄道の経営再建に積極活用を
鉄道は施設の維持管理に多大な費用がかかり、人口減少や少子高齢化という社会変化の中で経営の重荷になっている。
京都丹後鉄道は北近畿タンゴ鉄道の運行部分を引き継いだ(筆者撮影)
国や自治体からの支援に頼る形態では、経営努力により赤字が圧縮されるとその分支援も減少することが多い。上下分離方式を導入すれば、施設の維持管理という重荷から解放されることで、経営努力によって利益が生じれば、それを投資に回すことができるというメリットも生まれる。
公共交通のライバルとして名前が挙がることが多いマイカーは、国や地方自治体などが整備した道路の上を走る。つまり当初から上下分離方式である。それを考えれば、鉄道の上下分離も当然の手法ではないかと思えてくる。新型コロナウイルスの影響で鉄道事業者はどこも厳しい状況に置かれている。経営再建のためツールとして積極的に活用してもいいのではないだろうか。