リーマンショックのような金融危機は起きるか
リーマンショックのような金融危機になる恐れはないのか。トランプ大統領は「守り」に特に弱いだけに、心配だ(写真:UPI/アフロ)
新型コロナウイルスが米欧各地域に広がる中で、2月24日に始まった世界の金融市場の混乱に一段と拍車がかかっている。3月16日にはアメリカの主要株式指数は1日で約12%も暴落、1987年のブラックマンデー以来の大幅な下落率となった。3月に入ってからの株価指数が5%以上で上下しながら、1カ月も経たずに直近高値から一時は約30%も下落しており、2008年のリーマンショック後と同様の金融市場の大混乱が起きている。
アメリカ経済はついに景気後退期に入った
アメリカでは、経済活動の大幅な落ち込みを示すデータはまだ見られない。しかし、新型コロナウイルスの感染や死者数がヨーロッパで大きく増え、アメリカでも同様の非常事態に至っている。
感染拡大に歯止めをかけることが最優先されるため、広範囲な経済活動の抑制・自粛が3月から始まりつつあることを踏まえれば、アメリカ経済は4〜6月に大幅なマイナス成長に失速すると予想される。新型コロナウイルスの拡大が、2009年以降11年余りにわたって続いたアメリカの景気拡大を終焉させ、ついに景気後退に入ったとみられる。
足元の世界株式市場の急落を踏まえれば、アメリカを含めて世界的な景気後退の到来は金融市場ではほぼ織り込まれたと言えるだろう。株式市場の急落に加えて、世界の債券市場でも極めて大きな価格変動率が観測されている。
そして、3月11日頃からは安全資産であるアメリカ国債が売られて、長期金利が上昇している。これは、3月9日にアメリカの10年国債金利が一時0.3%前後と到底説明できない水準まで低下した反動が出ている側面がある。ただ、それに加えてアメリカ国債をキャッシュ化して流動性を確保する金融市場の動きが、3月11日以降に顕在化したとみられる。
経済活動が大きく抑制される状況が続けば、企業の手元資金が不足していき、そして信用リスクの高まりに金融機関などが直面する。そういう状況に備え、銀行などは手元にキャッシュを増やすことが最優先になる。2008年のリーマンショック時のように、金融市場から流動性がほぼ枯渇した危機にはまだ至っていないが、同様の状況が起こり始めている。当時は、金融システムが機能不全に陥り流動性が干上がり、そして戦後最大級の経済の大収縮が起こった。
3月10日前後から金融市場では流動性が不足気味となっており、仮にこうした状況が続けば、今後想定される景気後退が2008年同様の大収縮となる。筆者は、こうした事態に危機感を抱いたことが、FRB(米連邦準備制度理事会)が15日の日曜日に2回目の緊急会合を開き、政策金利をゼロまで引き下げるなどの果敢な金融緩和を決断させた最大の要因だと考えている。
流動性に危機を感じた金融市場が落ち着くかどうかは、金融システムを維持する政策対応に依存するだろう。FRBを中心に世界の中央銀行が潤沢な流動性を供給することは言うまでもないが、今後起こるかもしれない金融機関の資本毀損、そして金融システムの崩壊を防ぐことが必要になる。
こうした観点で、2008年と2020年の米欧の金融機関の状況を比較してみよう。2008年のリーマンショックの震源地となった米欧大手投資銀行は、世界で高騰する不動産価格をテコに巨額なサブプライムローンを組成し、見えないところでとてつもない信用膨張を起こしていた。
だがリーマンショック後には金融機関への規制が強化されたため、10年前と同様の行き過ぎたリスクテイクが、2010年以降金融機関で広がっていたようには思われない。
一方、2010年以降は米欧での社債市場の拡大を通じて、アメリカやヨーロッパの企業債務が増え続ける信用拡大が起きていた可能性がある。株価下落とともに、社債インデックスを裏づけとしたETFの価格も同様に急落しており、これは企業債務ブームが崩れたことを意味しているだろう。
金融規制の強化で闇雲な信用膨張は難しくなった
ただ、2008年に破裂したサブプライムローンの組成がもたらしたのと同規模の信用膨張が、2010年以降の企業債務拡大によって起きていた可能性は低いと思われる。リーマンショック後に金融規制が強化され闇雲な信用膨張は難しかったためだ。このため、筆者は現時点では、今回のアメリカの景気後退は、2000年の同国株式市場における「ITバブル崩壊と同程度のインパクト」になると予想している。
筆者が想定するように、リーマンショック同様の金融システム危機が回避されるという前提で、今後の世界的な景気後退がどの程度長引き深刻な影響をもたらすか考えよう。これを決める主たる変数は、まずは、新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う経済活動の萎縮がどれくらいの期間にわたり続くかである。
筆者は、現時点で肺炎封じ込めに成功しつつある中国と似たような展開が各地域で起こると想定している。もちろん、3月中旬以降イタリアで死者が大きく増えていることなどを踏まえると、やや楽観的な想定かもしれない。ただ、新型コロナウイルス感染拡大のリスクを考え巡らすことは、むしろ相場見通しを曇らせる可能性があるので、「誰も分からない」と割り切って、筆者は考えている。
所得減を直接補う財政政策発動が効果的な政策ツールに
もう一つ重要な変数は、各国政府の財政政策である。すでに、ほとんどの先進国の中央銀行が政策金利をゼロ程度まで引き下げており、流動性供給政策も協調して実現した。ただ、新型コロナウイルスによる経済活動の停滞そのものに歯止めをかける効果は限定的になる。一方、今後、企業・家計など民間部門の所得が大きく目減りする中で、これらの所得減を直接補う財政政策発動が効果的な政策ツールになる。
アメリカでは3月17日に給与税(社会保険料)の大幅減税がトランプ政権から発表されており、緊縮財政を続けてきたドイツにおいてもアンゲラ・メルケル首相が「必要なことはなんでもする」と財政黒字にこだわらない姿勢を見せている。これらの主要国の対応が、どの程度の規模でスムーズに発動されるかはまだ判断できない。ただ、世界各国が経済の落ち込みに対して十分な財政政策を発動すれば、起こりつつある景気後退は短期間で収束させることは可能だと考える。
当面は、アメリカの金融システムの揺らぎ、新型コロナウイルスの感染状況、各国の財政政策状況、などを材料に株式市場は引き続き乱高下する状況が続く、とみられる。