ベンツが初の電気自動車「EQC」を投入する意味
メルセデス・ベンツ日本が7月上旬に、初の電気自動車「EQC」を日本で初公開した(写真:メルセデス・ベンツ日本)
7月上旬、メルセデス・ベンツが、日本市場における初の電気自動車(EV)となる「EQC」を発表した(スマートでは、かつてEV導入の実績がある)。
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EQCは、世界的に各自動車メーカーが主力商品と位置付けるSUV(スポーツ多目的車)のEVであり、車体寸法はエンジン車のGLCに近い。日本でも扱いやすい大きさのEVといえる。
外観の造形は、全体的に丸みがあって、エンジン車のメルセデス・ベンツとはかなり違った印象を与える。空気を切り裂くというより、大気に溶け込むような印象を与える造形だ。
クルマとの会話をいっそう楽しめる
室内は、運転席の前に大きな液晶画面が横へ連なるなど、近年のメルセデス・ベンツ各車に通じており、情報通信の時代を実感させる様子となっている。そのうえで、静粛性がより高まるEVであれば、音声認識による機能操作のMBUX(メルセデス・ベンツ・ユーザー・エクスペリエンス)も、より的確さが高まるのではないか。クルマとの会話をいっそう楽しめそうだ。
EQCのバッテリー(写真:メルセデスベンツ日本)
さて、利用者が最も気になるであろう走行性能について、一充電走行距離はWLTCモードで400kmである。この数値は、昨今市場投入されるEVの平均的水準だ。ディーゼルターボエンジン車なら1000km走れると思っている人には、物足りないかもしれない。
だが、ガソリンエンジン自動車を世界で最初に生み出した同社が、EVの導入に際してこの一充電走行距離に落ち着かせた意味は大きい。
EVは、単にバッテリー積載容量を増やせば一充電走行距離がその分伸びるわけではない。なぜなら、増えたリチウムイオンバッテリーの重量が、消費電力(燃費ならぬ電費)に影響を及ぼすからだ。
例えば、日産リーフの場合、搭載バッテリー容量に40kWh(キロワット・アワー)と62kWhの2種類がある。40kWhのリーフは車両重量が1510kg(Xグレード)であり、62kWh(同じくXグレード比較)では1670kgと、主にバッテリー重量増分で160kg重くなる。そして一充電走行距離は、40kWhが322km(WLTCモード)であるのに対し、60kWhは458kmだ。
40kWhから62kWhへ、バッテリー容量を1.55倍増やしたが、一充電走行距離は1.42倍の伸びにとどまっているのである。
以上のように、EVの走行距離と、搭載するリチウムイオンバッテリーの容量は必ずしも比例関係にはない。したがってどこかに合理的な落としどころを見つけなければならない。
最高速度は時速180kmに設定
また電費だけでなく、体積の面でもリチウムイオンバッテリー量が増えれば、客室や荷室の広さに影響を及ぼす。もちろん、販売価格も上がる。
したがって、初代の日産リーフが発売されてから10年近くが経つ今日、EVの一充電走行距離は400kmという水準が正当な答えであることが、メルセデス・ベンツをもって明らかになり、定められたといえるだろう。
EQCの運転席(写真:メルセデス・ベンツ日本)
さらに主要諸元で注目すべきは、最高速度を時速180kmと割り切ったことだ。速度無制限区間のあるアウトバーンを持つドイツの主力自動車メーカーが、速度制限を自らに課した意味は大きい。これにも、とくにドイツ国内では反発の声があるかもしれない。しかし、それも時間とともに収束していくだろう。
たとえ、燃費がよいディーゼルエンジン車でさえ、時速200km以上で走行すれば燃費は大きく悪化する。なぜなら、空気抵抗は、速度の2乗で比例して大きくなるからだ。時速100kmで走っているときに比べ、時速200kmで走れば空気抵抗が4倍になるという意味である。
燃費がよいからと、環境に配慮するような言い方をしていても、速度を出し過ぎれば空気抵抗が増大する走行を、この先も続けていいはずがない。最終的に、二酸化炭素(CO2)の総排出量を増大させるからだ。
EQCを充電する様子(写真:メルセデス・ベンツ日本)
日本的な発想からすれば、それほど高速で移動したいなら新幹線に乗ればいい。そもそも、クルマより鉄道での移動のほうが1人当たりのCO2の排出量は格段に少なく、環境に適合しながら短時間での長距離移動が可能になる。
それがドイツでできないのは、日本のように縦長の国土ではなく、四角い国土で、人口が分散する風土でもあるため、効率や運賃面で高速鉄道をうまく機能できないからである。とはいえ、クルマが普及するまでのドイツは、鉄道王国だった。
いずれにしても、EVの導入でメルセデス・ベンツが速度規制を行ったことは感慨深い。同時に、スウェーデンのボルボは、死亡事故ゼロを目指す安全対策として、世界で販売する新車の最高速度を時速180kmに制限することを決めた。安全と環境の両側面で、速度規制は不可避なことであるといえる。
充電器と設置費用がほぼ無料に
しかしながら、一充電走行距離が400kmと聞くと、充電の不安を訴える消費者は多いはずだ。これに対し、メルセデス・ベンツ日本は、所有者への支援策を打ちだした。
日本全国で約2万1000基の充電器を、1年間無料で利用できるようにする。また、自宅で充電する際の200V充電器本体を無料で提供する。その設置に際しては、費用負担を軽減するため10万円の補助を行う。
一般的に、家庭用充電器の設置費は約10万円なので、充電器と設置費用がほぼ無料になるといえる。これは、アメリカのテスラがモデルSの販売をはじめたときから行っている手法に近い。こうして、まずEVを所有するときの負担を軽減している。
EVを使ううえで、もう1つの懸念は、リチウムイオンバッテリーの劣化だ。これに対しては、5年間10万kmまで一般保証と、無償の保守整備を行うプログラムを標準設定したうえで、8年または16万km以内にリチウムイオンバッテリー容量が70%を下回った際の保証がつけられる。
以上のような支援を行いながら、買い方の1つとして、クローズエンドリースを用意する。これはリース期間を終了する際に、残価に対する負担を所有者に負わせない使用契約だ。ちなみに、EQCの価格は1080万円である。初年度のみ、エディション1886という車名の限定車を1200万円で販売する。
生活習慣が変わるきっかけに
走行距離、充電、リチウムイオンバッテリーの劣化など、これまで使った経験がないから不安になるが、いざ利用してみれば、ほぼ問題が生じないと気づく消費者が多いのではないか。リーフも、走行距離のより長い62kWhの車種を見に来た客が、費用の点などで標準の走行距離322kmの40kWh仕様を成約し、使ってみれば十分満足している状況がある。
EQCの後ろ姿(写真:メルセデス・ベンツ日本)
また、最高速度を時速180kmに制限すること、自宅や目的地で充電すればガソリンスタンドに立ち寄らなくてよい生活を含め、EVの利用はこれまでの生活習慣を転換するきっかけともなる。
それは、環境の時代に適度な快適に満たされ穏やかに暮らす、21世紀型生活スタイルの象徴といえる。大馬力、最高速、やたらに大きな車体とドヤ顔のグリル……。そうしたことで達成感や威厳を示そうとする20世紀型、石油の時代を引きずる生活感は、そろそろ過去のものとなっていくのではないだろうか。