現役を引退した鳥栖FWトーレス【写真:安藤 隆】

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引退試合で神戸に大敗も「幸せだった」 笑顔で最後の会見に臨んだトーレス

 「1-6」。

 非情な数字がスコアボードに刻まれたまま、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。スタジアムは静まり返り、選手たちが腰を落としたなか、サガン鳥栖のFWフェルナンド・トーレスは意外なほどにすっきりとした表情を浮かべ、対戦したヴィッセル神戸FWダビド・ビジャと抱擁を交わしていた。自身の引退試合となった23日のJ1リーグ第24節、悲劇的な惨敗を喫したなかで、“らしくない”振る舞いだった。

 トーレスは、世界でもとりわけ負けず嫌いな選手として知られている。かつてリバプールで共闘した盟友スティーブン・ジェラードでさえも、試合に負けた時は声をかけられないほど険悪な空気を醸し出していたことは有名な話だ。そんなトーレスが、記念すべき引退試合で惨敗を喫した直後でも、苛立ちを見せることはなかった。

 セレモニーを終え、約1時間後に記者会見に登壇したトーレスは、「時間の許す限り、どんな質問にも答えますよ」と開口一番に告げ、選手としての最後の質疑応答で真摯な姿勢を貫いた。「試合後のセレモニーはエモーショナルだった。(スティーブン・)ジェラードのメッセージにはびっくりしたし、 コレオも壮観で感動した。(アンドレス・)イニエスタと(ダビド・)ビジャとの抱擁も涙を堪えきれない瞬間だった」と笑顔で振り返った。

 キャリアを通して思い残したことがあるか否かについての質問には、「後悔は一つもないんだ。何一つ」と即答。それが本心であることは、穏やかな表情が物語っていた。誰よりも勝利に貪欲で、ましてや自身の引退試合、ゴールを欲していたことは想像に難くない。それでも、悔しさ以上の充実感を示していたのは、日本での挑戦を全力で駆け抜けた自負があるからだ。

 「日本のマスメディアにも感謝している」と語ったトーレスは、「自分がこの国に来たことで、Jリーグが新たな一歩を踏み出してくれたと信じている」と口にした。実際、トーレスの加入により日本のサッカーメディアは活性化し、世界でのJリーグの認知度や人気が向上するきっかけにもなったことは間違いない。ビッグネームとしての大義を果たすことができたと責任感を覗かせていた。

鳥栖への移籍を選んだのは「困難な道だと感じたから」

 鳥栖移籍の決め手も、クラブの熱意などを挙げる一方で「困難な道だと感じたから」と、険しい道のりだからこそ選んだことを明かした。これまでアトレチコ・マドリードやリバプール、チェルシーやACミランなど、世界有数のビッグクラブでキャリアを積み上げてきたストライカーの、これ以上ない野心だった。

 その道のりの厳しさは、皮肉にも引退試合での「1-6」というスコアが示すことになったが、それでもトーレスはJリーグを活性化させるという使命、そして困難な道のなかで死力を尽くす信念を最後まで貫いた。やり切ったのだ。

 トーレスは会見で「幸せだった」という言葉を、何度も繰り返した。だからこそ、世界で最も負けず嫌いな男は、惨敗のなかでも晴れやかな表情で自らの物語を締め括った。(Football ZONE web編集部・城福達也 / Tatsuya Jofuku)