トーレスの人物像を同僚や監督が語ってくれた【写真:荒川祐史】

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世界的スターが加入1年足らずで引退 鳥栖同僚や監督がその人物像を証言

 2019年6月21日、元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスが突然の現役引退を発表した。

 サガン鳥栖に加入してからわずか1年足らずでの出来事。確かに全盛期に比べるとスピードや持久力などは落ちたかもしれない。それでも十分にJ1でプレーできていただけに、誰もが「なぜ?」と思ったに違いない。チームメートで同胞のFWイサック・クエンカも「もっとできるだろ!」と言ったが、トーレスの決意は固く、聞き入れてもらえなかったという。

「自分の中にサッカーのレベル、パフォーマンスのレベルがある。決断した理由としては、そこに到達できていないという疑問があった。オプションで残り1年あるが、最後までやり遂げるより、そこのレベルに到達しているなかで終えたい」

 これが、トーレスが引退を決めた理由だ。サッカーをはじめ、多くのことに対して誠実に取り組んできた彼らしい決断だと思えた。今季終了時という選択肢もあっただろうが、彼はそれを良しとしなかった。スペイン代表でワールドカップ優勝など数々の栄光をともに勝ち獲ってきたMFアンドレス・イニエスタやFWダビド・ビジャを擁する23日の第24節ヴィッセル神戸戦を自らの引退試合に選んだ。

 この1年でトーレスは、鳥栖というJ1で一番小さなホームタウンを持つクラブに何をもたらしたのか。

 最も大きかった効果は、鳥栖を世界に知らしめたことだろう。トーレスの加入が決まった昨夏、鳥栖はJ1に昇格して7シーズン目。リーグ戦をはじめ、カップ戦のタイトルを獲得したことのない単なる地方クラブだった。そんなクラブに世界的なスーパースターのトーレスが加入したことは「衝撃」だった。鳥栖を率いる金明輝監督はこう話す。

「世界的に(サガン鳥栖を)認知してもらった。日本の中でもアウェーに行ってもスタジアムがいっぱいですし、ホームでもお客さんが増えた。そういった意味ではサガン鳥栖というクラブを広めてくれたのが第一にあると思います。世界でやってきた経験や取り組む姿勢、彼くらいの選手が練習でも手を抜かないとかそういった部分は今後、サッカーをしていくうえで選手たちにとっていい経験になっていくと思います。あとは試合に出てもそうですけど、一生懸命やってくれる。なかなか点を取らせてあげられなかったのはありますけど、いい準備をして積極的に取り組んでくれたのは他の選手にできない、残してくれたものだと思います」

フェアプレーのなかで見せたプロフェッショナルとしてのあるべき姿と勝利へのこだわり

 練習や試合などサッカーに取り組む真摯な姿勢は、トーレスを語る時に誰もが口にする。元日本代表であり、日本プロサッカー選手会会長のMF高橋秀人もその1人だ。さらに高橋秀人はこう付け加える。

「プロとしてあるべき姿を示し続けてくれた。例えば、審判にフェルナンドが意見を言いに行くことが顕著に見られました。これはサガン鳥栖のユニフォームを着た以上、勝つために審判をリスペクトしたなかで、『今のジャッジは違うんじゃないか?』と毅然とした態度で物を言うというのは、サガン鳥栖に欠けていた部分でした。それに、ボールを絶対に取られないとか、ボールを取られたらファウルをしてでも取り返すとか、本当にサッカー選手として当たり前のことですけど、時間の経過やマンネリ化が起きるなかでそれを示し続けるのはすごく難しい。本当に彼はそれを示し続けてくれた」

 これだけでなく、トーレスは今後の高橋秀人にも影響を与えている。

「フェルナンドがいなくなった後に、『この局面でフェルナンドだったらこうするだろう?』と自分の中で思い描きながら、これからの僕のサッカー人生における指標として、サッカーをしていくだろうと思います」

 数々の経験を積んできた高橋秀人のサッカー観にも影響を与えるトーレスだけに、若い選手への言葉は絶大だ。高校3年生でありながらプロ契約を結んだ松岡大起は、トーレスからこんな言葉をかけられたという。

「(周りから)どんなに言われてもプレーするのは自分。自分を信じて、自分が思ったことをやるべきだ。ミスをしてもいいし、ミスの数だけ成長できる。ミスを恐れずやってほしい」

現主将の福田は「すべてに対してリスペクトできるし、誇りに思ってやれる」と感謝

 その言葉を胸に、18歳の松岡はハツラツとしたプレーをピッチ上で見せ、試合を重ねるごとに存在感を大きくしている。今季途中にトーレスを含む5人のキャプテンからその座を受け継ぎ、トーレスのJリーグ初ゴール(18年8月26日・第24節ガンバ大阪戦)をアシストしたキャプテンのMF福田晃斗は、その存在をこう語る。

「本当のスター選手で、僕もテレビで見ていた。一緒にプレーできるとは……。アシストした時もすごい反響がありましたし、一緒にプレーすることで、みんながいろんなところから評価を受け、注目される。そういう面でも僕らにいい影響をもたらしてくれた。この前(8月14日)の天皇杯3回戦・柏(レイソル)戦もそうですし、去年の残留争いの(横浜F・)マリノス戦もそうですけど、大事な試合で点を取れるのは“持っている”だけじゃなくて、それが実力。勝負強さを備えた選手だと思う。まだまだ世界のどこでも行けた選手だと思うなかで、サガン鳥栖での引退を決めて、最後に一緒にプレーできたことは光栄だし、彼のすべてに対してリスペクトできる。これからも誇りに思ってやれる」

 こんな偉大な選手がチームに加わったことで、鳥栖のサッカーは変わったのか――。結論から言えば、それは「ノー」だ。ハードワークすることや球際で激しく戦うという“鳥栖らしいサッカー”にブレが生じることはなかった。だが、その質に関しては、少なからず影響を与えている。再び、福田の言葉を借りよう。

「フェルナンドがファウルした時も、『これくらいでファウルなのか?』という雰囲気を出している。世界では、あんな感じで行ってもファウルじゃないところもあるのかなと感じた。それを間近で見られたのは、自分たちにとってプラス」

最古参の高橋義希も証言「大きな都市じゃない鳥栖に来てくれたことは大きい」

 鳥栖で通算14年目となるMF高橋義希は、クラブの良い時も悪い時も知っている。彼はトーレスのことをどう思っていたのだろうか。

「あれだけのスター選手なのにあの人柄だし、練習への取り組みや準備、振る舞いなど素晴らしい。ああいう選手が鳥栖の地、大きな都市じゃないところに来てくれたことは大きいですよね。スターなのにわがままを言うことはまったくなく、そこも尊敬できました。誰よりもジムワームをやっていましたし、あれだけやらないとああいう強い体にはならないのかなと、特に若い選手の刺激になったと思います」

 情熱にあふれるプレー、そして誰もが認め、尊敬できる人柄の良さ。だからこそ、トーレスは世界中から愛されるスーパースターになった。そんな彼が、ついに8月23日の神戸戦でラストマッチを迎える。“神の子”トーレスのラストプレーを、しっかりとその目に焼き付けてほしい。(荒木英喜/Hideki Araki)