動画投稿アプリTikTokを使えば、BGM入りの15秒の動画が作成できる。 Chesnot/Getty Images

写真拡大

動画投稿アプリTikTokは、わずか12カ月でYouTubeと同レベルで語られるサービスへと成長した。「簡単に有名になれる方法があるなら、試さないわけにはいかない」TikTokは、いかにして音楽を乗っ取ったのか?

2019年のはじめにリーアン・ベイリーさんは丸一日かけて誕生日パーティー用のクッキーを100枚焼いた。そして報酬として、300ドルを受け取った。

その週の後日、ベイリーさんはBGM入りの15秒の動画がつくれる動画投稿アプリTikTokのTheBaileyBakeryというアカウントからBGM入りのクッキーデコレーション動画を2つ投稿した。それによりベイリーさんは1000ドルを稼いだ。「ベイリーさんはケンタッキー州にいる40歳そこそこの女性で、4人の子持ち。TikTokの動画は、経済的に彼女をサポートしているのです」と米アリスタ・レコードでインターンとして働くドゥヴェイン・ドゥーララマニさんは言った。ドゥーララマニさんは、副業としてベイリーさんのアカウントのみならず、合計7000万人のオーディエンスにリーチできる20人以上のTikTokユーザーのマネージメントを行っているのだ。ベイリーさんひとりをとっても、400万人以上のファンがいる。「『お金を払うから、自分たちの楽曲を使ってくれませんか?』というアーティストや音楽レーベルからの問い合わせが毎日10から15件はきます」とドゥーララマニさんは言う。

中国のByteDance社がリップシンク(口パク)音楽アプリMusical.lyを廃止し、2017年末に買収したTikTokがMusical.lyのユーザーを引き継いでから、もうすぐで1年が経つ。リブランディングとローンチは大成功だった。少なくとも、ポップ・ミュージックへのインパクトを考えれば。というのも、TikTokはLil Nas Xの「Old Town Road」はもちろん、Ambjayの「Uno」やY2k & bbno$の「Lalala」などの楽曲がメインストリームで大ヒットするための足場となったのだから。最近では、Lizzoの「Good as Hell」がこうしたヒットに続く勢いだ。

12カ月という期間でTikTokは「YouTubeのショートバージョン」にたとえられるほど大きな存在感を持つようになった、と米音楽出版社のアーティスト・パートナー・グループ(APG)のマイク・カレンCEOは語る。「TikTokだけでもヒット曲の火付け役としては力がありすぎます。いまでは、山火事のようなものです」とカレン氏は言う。「音楽の視聴者層を11歳と24歳に分けて見てみましょう。YouTubeとTikTokという2つのプラットフォームを使えば、その半分を占める前者にリーチできるのです」とAPGの会計・監査部長を務めるジェフ・ヴォーン氏が言い添えた。

だが、TikTokはどのようにして、これほどのスピードで音楽業界のメジャープレイヤーへと成長できたのだろう? Google Trendのデータによると、アメリカでMusical.lyが人気のピークを迎えていた頃でさえ、その人気はTikTokのわずか半分の規模に過ぎなかったことがうかがえる。TikTokはソーシャルモビリティを向上させるアルゴリズムという、より優れた資源を活用し、常に人気ユーザーが最新トレンドとして表示されるための特化したアウトリーチ活動にも取り組んできた。

TikTokがここまで爆発的に引き合いに出されるようになった第一の理由は、運営元であるByteDance社がおよそ何十億ドルもの価値を持つ巨大企業だからだ。Musical.lyとの統合時、TikTokはすでに世界中で毎月5億人ものユーザーを獲得していたそうだ。結果として、Musical.lyは一夜にしていくつかの階級を飛び越えたわけだ。「買収によってユーザー数も増加しました」とドゥーララマニさんは言う。そして、マーケティング資金も増加した。「ByteDance社に買収された結果、TikTokはいままで以上に豊かな資源にアクセスできるようになったのです」とTikTokで1800万人以上のファンを持つメディアブランド、Flighthouseのジェイコブ・ペイスCEOは語った。

だが、予算が増えたとはいえ、Musical.lyが現状を維持していたのなら、ここまで急成長することはなかっただろう。成長の理由は、TikTokがMusical.lyよりもはるかにオープンエンドな前提の上に成り立っていることにある。「誰かが口パクしている動画をそんなに何回も観ますか?」とTikTokユーザーのThe Bentistは問いかける。The Bentistは、同アプリで100万人のファンを持つ開業歯科医だ。「すぐに廃れてしまいます」。それに対し、TikTokの可能性は幅広い。その好例が、The Bentistが最近投稿した動画だ。動画では、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』バージョンの「ネバーエンディング・ストーリー」をBGMに、The Bentist本人が矯正用の保定装置をつくっている。この動画は100万件の”いいね”を獲得した。

TikTokへのインプット方法だけがオープンエンドなのではない。そのオープンエンドさは、ユーザーにとっても有益なのだ。現在のTwitterやInstagram同様、Musical.lyを通じて新規ユーザーが本物の人気を獲得することはほぼ不可能だった。だが、TikTokを使えば「ほんとうに簡単に有名になれる」とTikTok動画に手書きのカンペを写し込むトレンドの生みの親として度々評価されているKevboyPerryは言う。「それに、簡単に有名になれる方法があるなら、試さないわけにはいかないよ」。

KevboyPerryの言葉は、TikTokユーザーのコミュニティの信仰告白のようなものであると同時に、アプリの影響力を物語るものだ。「Instagramでは、誰かが次のキム・カーダシアンになれる可能性はゼロです」とFlighthouseを所有している米音楽ディストリビューション・出版社のクリエイト・ミュージック・グループのジョナサン・シュトラウスCEOは語る。「誰だってもっともビッグな人たちと同じくらいビッグになるチャンスがほしいのです」。

TikTokは、こうしたユーザーの欲求を自慢のアルゴリズムで満たしている。TikTokのアルゴリズムは、すでに人気ユーザーの最新動画をプッシュするだけでなく、常に新しい動画を探しているのだ。アルゴリズムを引き寄せる上で「もっとも重要なのが視聴時間だ」とKevboyPerryは主張する(200万人というファン数がその発言に耳を傾けるべきだと教えてくれる)。「すぐにスワイプされるんじゃなくて、オーディエンスに動画をじっくり観てもらうことが重要だ。視聴時間が長ければ長いほどいい。オーディエンスがアプリを長時間使えば、TikTokからご褒美がもらえるんだ」。

ユーザーが一度見た動画をふたたび再生することも動画のランクアップに欠かせない、とドゥーララマニさんは信じている。「TikTokは、最後まで視聴した動画をまた再生すると、観た人の友達にも動画が表示されるようなアルゴリズムを採用しているのです」と解説した。

(その一方、TikTokの視聴回数は音楽グループへのロイヤルティの支払いには影響しない。「ロイヤルティは投稿数に応じて支払われます。新しい動画が生まれれば、その数だけ権利所有者にロイヤルティとして支払われます」とシュトラウス氏は指摘する。「その投稿が100万回視聴されたかどうかは関係ありません」。これは、フォロワー数の多いユーザーにフォーカスするのではなく、新規ユーザーに楽曲を広げる上で有効と思われる。)

全知のマザーシップのようなTikTokが優れたパフォーマンスを発揮している動画を認識すると、TikTokはこうした動画とそのBGMをランクアップさせようと積極的に動く。その結果、ランキングの下にあったものが上昇するという、一種のかくはんが生じるのだ。ドゥーララマニさんは「動画の再生回数が3000から5000になると、TikTokが介入します」と推測している。

TikTokには、オーディエンスの反応がすぐにわかる動画&音楽というコンビネーションを簡単にブラウズできる、カスタマイズ可能な”おすすめ”ページのほかにも、オーディエンスの目と耳を惹きつける”しかけ”がいくつもある。TikTokには、動画に添えるための楽曲が選べる、簡単なサウンドライブラリとしてのインターナルプレイリストがある。Spotifyがニューアルバムの告知で使っているような、コンセプト動画や楽曲へのリンク入りバナー広告の追加も可能だ。さらには、おすすめの最新トレンドが一目でわかるハッシュタグキャンペーンのローンチもできる。

TikTokは、ユーザーのコミュニティにおいて非常に大きな役割を果たしています。なぜなら、コンテンツをプッシュできるからです」とユーザーのひとりであるNiceMichaelは言う。「前にこんなことがありました。『あれ? なんでこの投稿はあまり流行らなかったのかな?』と僕のマネージャーにメールを送りました。すると、『確認してみるよ(ウインクしている絵文字)』という返信がきました。1時間も経たないうちに”いいね”の数が8万件増えていたのです。TikTokには魔法のボタンのようなものがあって、それを押すだけで世界中に動画を拡散できるんです」。

NiceMichaelが言う「僕のマネージャー」は、ラッパーにとってのマネージャーと同じではない。彼は、人気のTikTokユーザーと様々な分野のコーチをつなぐ、クリエイターズ・プログラムのメンバーなのだ。TikTokが「クリエイター・パートナー・マネージャー」と呼ぶコーチ陣は、「TikTokが掲げる目的においてとても重要な役割を担っています」とNiceMichaelは語った。

クリエイターズ・プログラムのメンバーは、定期的にマネージャーとコミュニケーションをとる。「投稿した動画のことや、改善点について話すこともあれば、動画についてアドバイスしてもらう場合もあります」とThe Bentistは解説する。「『この動画のパフォーマンスはかなりよかった。ダンス動画は受けがいいようですね。あなたのコメディ動画も好調です』のように、どれも基本的なことです。『そうだ、明日はこのハッシュタグを導入してみましょう。きっとあなたの役に立つと思いますよ』のようなことも言ってくれます」。

クリエイターズ・プログラムの参加費は無料だ。だが、伝えられるところによれば、コンテンツ制作を引き寄せるため、TikTokが金銭的インセンティブを使用したことがあるらしい。TikTokの常連ユーザーは、「Bytedance社が雇用した第三者エージェンシーがアメリカ中の22歳に呼びかけ、金銭を払う代わりに1日にひとつの動画を投稿させました。30件のコンテンツをつくるため、彼らには毎月400ドルが支払われていたのです(TikTokの広報担当は、これがマーケティングキャンペーンの一環であった可能性がある、と述べている)。さらに、現在1日100万回ストリーミングされているアーティストのひとりには、TikTokが費用を負担した上でアカウントをつくり、動画を投稿し、プロモーションする、とTikTok直々のオファーがあったそうだ。

短期間で物好き向けのプラットフォームから、YouTubeと同レベルで語られるサービスへと成長したTikTokには、いくつかの深刻な課題もある。そのひとつがオーディエンスの若さである。もっと高い年齢層のユーザーを獲得しようと、TikTokは積極的に取り組んできた。可能な限りたくさんの潜在的利用者の層にリーチしたいという理由はもちろん、13歳未満のユーザーから違法にデータを収集していたことが発覚し、すでに罰金を科せられたからだ。「YouTubeには本当の意味での視聴者層というものがありません」とシュトラウス氏は言う。「TikTokの目的もそこにあります。18歳になったとたん、アプリを使わなくなるオーディエンスではなく、もっと幅広いオーディエンスを狙っているのです」。

TikTokには、年齢層の高いクリエイターをうまく惹きつけてきた実績がある。TheBaileyBakeryやThe Bentistの例を見てほしい。「2年前にはあり得なかったことですが、TikTokでコンテンツをつくっている大学一年生もいます」とペイス氏は語る。

しかし、ティーン向け--あるいはプレティーン向け--というTikTokのイメージを払拭するのは容易ではない。「TikTokには、中学生くらいの子どもに媚を売っているという、コミカルなイメージがあります」とTikTokで楽曲が人気を博している歌手のmxmtoonは言う。TikTokの積極的なエンゲージメントによって成功できるかもしれないとはいえ、これは一部の潜在的ユーザーにとってはマイナスポイントだ。「TikTokでプロモーションしてほしい、とアーティストに要請するのは簡単ではありません」とAPGのヴォーン氏は述べる。「安っぽいとか、ダサいとか、無理矢理感を抱かれてしまうのです」。

さらに、現時点では音楽レーベルがTheBaileyBakeryやNiceMichaelなどのユーザーに自由に金を払って楽曲の使用を認めているものの、TikTokから金銭を要求するような状況に転じる可能性もある。そうずれば、また別の課題が生じる。2019年6月には、3つの大手レーベルとTikTokの契約がもうすぐで終了する、と米ブルームバーグがレポートした。TikTokにとって音楽は欠かせない存在だからこそ、レーベルが自分たちにとって都合のよい条件を求めるのは意外でもなんでもないことだ。

それに加え、TikTokはヨーロパの音楽ライセンスの中心的存在であるICEとのあいだで膠着状態に陥っている。ICEは「我々が代表する作詞作曲家や、音楽出版社が所有する何百万もの作品の使用において合意にいたらず、残念な結果になった」と述べた。イギリスの著作権裁判所がこの論争の調査にあたっている。

それに、TikTokの最強のライバルはまだ出現していないかもしれない。「すべてが瞬時に拡散されるスペースにおいて、私たちはまだ、どんなアプリが今後生まれるかわからない状況にあります」と音楽マネージャーのダニー・カン氏は言う。「音楽業界のためにも、毎年新しいオーディエンスと子どもたちにリーチさせてくれる新しいプラットフォームが誕生すれば、最高でしょうね」とヴォーン氏は言い添えた。

音楽業界にとって素晴らしいことは、かならずしもTikTokにとってそうとは限らない。だが、いまのところ、TikTokはたった15秒で有名になれる、という夢をユーザーとレーベルに見事に与えつづけているのだ。