Trojan Horse Was Unicorn(トロイの木馬はユニコーンだった)。略してTHU。ポルトガルにて発祥した一風変わった名をもつこのイヴェントは、3DCGやVFX、ゲーム、コンセプトアートといった分野のアーティストが一同に集まる、いうなればクリエイティヴのためのブートキャンプ。参加者たちは開催地に6日間滞在し、日夜開かれるアーティストによる講演やディスカッション、技術を学ぶマスタークラスなどで、アイデアやインスピレーションのシャワーを浴び続けるという。

「クリエイティヴの漂流者たちよ、「THU」という名の船に乗れ」の写真・リンク付きの記事はこちら

誕生から6年目を迎えた2018年、そんなTHUが国境を超え日本で開催される運びとなった。しかし、THUの3文字に反応する日本人クリエイターは、ほとんどいないだろう。

「クリエイターの祭典? 聞いたことないぞ」「招待されたんだけど、いったい何がおっ始まるの?」

首をかしげる招待客たちの前に姿を現したのは、ホスト役を務めるポリゴン・ピクチュアズの代表・塩田周三。壇上に立つや、唐突に「よいしょ!」のかけ声、ドぉン! と酒樽が割れる音。まさかの鏡開きで幕を開けた「THU Gathering Tokyo」、配られるのはシャンパングラスではなくお猪口だ。しかも……。

「そのお猪口はおひとりさま1個、持って帰ってくださいね。今回のためにつくりました!」

お土産にお猪口!? なんと斬新な。取材の身ながら筆者も般若湯のご相伴にあずかりつつ、ところ狭しとフロアに並んだ屋台をちら見。どうやら今夜は立食パーティの類、らしいのだが……。

メインディッシュはなんと銀シャリそのもの。それも小振りで気取った握り寿司ではなく、大きくて熱々の「握り飯」だ。ヴァラエティに富んだ総菜、梅に塩昆布、極めつけは冷や汁。純和風の、そして、どこか親しみのわくメニューが目白押しである。

「旨いもん、たくさん食べてってくださいね! どんどんメニュー変わりますから」

ハンドマイクを離さない塩田が、祭をぐいぐい引っ張っていく。彼が「サーヴィス精神の塊」だと見当はついていたものの、意外な「和」の大判振る舞いには、どこか真剣勝負の気迫、心意気のようなものが感じられる。

会場こそ都会の小洒落たイヴェントスペースだが、中身はざっくばらんな下町のノリ。だったら何か余興もほしいところ……などと思うが早いか、ドンピシャで生演奏が始まった。

Buffalo Daughterの大野由美子+宅録女子3人によるシンセサイザー・カルテット “Hello, Wendy!” によるライヴパフォーマンスは、華やかのひとことだった。

お高くとまらない、気の置けないお祭り空間。当の塩田に主催者の真意を尋ねてみた。

クリエイターという名のトライブ(種族)

塩田は2年前、ポルトガルで開催された本家のTHUにゲストスピーカーとして初参加。以来、このイヴェントに魅せられている。

半被姿でパワフルに飛び回る塩田。日本語には「粋」という概念がある……そんな深みを感じさせてくれる。

「リスボンから1時間半ぐらいかけて行く半島に、全員が6日間、監禁されるんです。一流のゲストスピーカーたちの経験談を聴きながら、でもそれがメインというわけでもなくて、1000人近いクリエイターの方々が24時間、寝食をともにする」

参加者全員をトライブ(種族)と呼び、ゲストスピーカーはナイト(騎士)と呼ぶのがTHU流だ。

「ナイトは70人ぐらいいるんですけど、みんな自腹で参加するんです。そこが素晴らしい。本当に寝食をともにするから、何もしない時間がたっぷりあるし、一人ひとりが親しくなっていく。トライブがかたちづくられていく。これは凄いなと思った」

もともとはポルトガルにできたCG系の教育機関が発起人となり、学生たちの就職先とコンタクトすべく、世界中の業界関係者を招待したことが発端。それが盛り上がりをみせ、世代や国家を隔ててクリエイターが集う意義が注目を集め、いまのTHUをかたちづくっていった。

「この業界にかかわる方々ってみんな、何らかの不安を抱えている。自分がやっていることが正しいのか、新しいのか……。それをお互い、恥ずかしげもなく語り会うには、けっこう時間が必要なんです。お互いが溶けゆくさまと、語り会うさま。その関係が、イヴェントの終わったあともつながっていく」

営業や就職といった利害ばかり表に出さず、クリエイターという種族への帰属意識、お互いの結束を強めることだけを目的としたお祭り。ありそうでなかったムーヴメントだ。

2度目の参加で、塩田はTHU初の「カラオケ・コンペティション」でMCを勤めた。ナイトであり、かつCEO(チーフ・エンタテイメント・オフィサー)を自称する。

「雰囲気をほぐすために、ぼくがトップバッターで歌うんですけどね(笑)」

ポルトガルだけではもったいない、全世界に広めるべきだし、どうせなら日本でもやりたい。そう運営側に提言し、2018年の開催を決めた。

単なるパーティでは意味がない。塩田自らスポンサーを口説いて開催資金を捻出、自社のスタッフに声をかけて通訳のヴォランティアにあてるなど、THUらしい手づくり感を大切にしている。つくり込みは純和風。日本酒のお猪口や半被には、参加者に向けた強いメッセージが込められている。


 

「日本のクリエイティヴにはものすごくいいものがある。海外からも憧れられている。だけど日本人は外へ出て行かないし、どれだけ素晴らしいのか自分で気づかない。それがとてももったいない。出て行ってほしいし、行ったら、いろんな人たちに会うから刺激になり、自信にもなるし、新しい作品づくりにもつながると思う」

塩田の狙いはアイデンティティの再発見。だからこそ今夜のゲストスピーカー=ナイトにも「日本人にとってなるべく親しみのもてるアジア人を」と配慮し、台湾出身のダグ・チャンに白羽の矢を立てた。

「そろそろ、ダグのトークセッションが始まりまぁす! 2階へ上がってくださいね」

ダグ・チャンという名のナイト(剣豪)

シンプルな黒いTシャツ姿で登壇したダグは、自分が台湾で生まれ育ち、家族全員でアメリカへ移住したという波乱万丈の生い立ちを振り返る。

シンプルな服装を好むダグ。ぼくはスーパースターじゃない。手の届かない存在ではない。それも暗黙のメッセージなのだろう。

子どもの頃に映画館でみた『スター・ウォーズ』が転機になり、大学は映画学科を選んだ。いろんなアルバイト(学生食堂でキャベツを切る、etc)を掛けもちしていたなかで、「新聞社で簡単なモノクロのイラストを描く」という仕事がきっかけになり、イメージボード(絵コンテ)アーティストとして映画会社への就職を果たす。ところが。

「最初に雇用された会社は数作をつくり、倒産してしまった。でも恐れることはない。ポートフォリオ(自分で描いた作品集)が名刺になる。腕に自信さえあれば渡っていけるのが、この業界のいいところです」

次に巡りあった仕事が、あの『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』。Sci-Fiなメカが得意なダグにとっては渡りに船。目の前の仕事に食らいつくうちに、ダグはさらなるステップアップを果たす。

「『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』へ参加するチャンスに恵まれたんです。でもILMとの契約はたったの3週間。なのにぼくは部屋を引き払い、引っ越すことにした。大きな大きな賭けでしたが、結局そのチャレンジは報われました。3週間が、最終的には13年間に伸びたのです」

かなり無謀だったとダグは率直に振り返る。「怖かったのは事実です」と付け加える。

憧れのスカイウォーカーランチ(ジョージ・ルーカス監督の私設スタジオ)に机を得たダグは、名匠に仕えながら、全世界のスター・ウォーズファンを相手どるプレッシャーと闘いつつ、地道に絵描きとしてのキャリアを積み重ねていく。スキルアップは至上命題。ヒマをみつけては絵を描き殴った。

やがて、その時が来る。チーフプロダクションデザイナーとして映画『ポーラー・エクスプレス』のデザイン部門を率いるという大役。だが、そのオファーを受けるにはILMを辞めなければならなかった。

「ずっと憧れてきた肩書きです。でもルーカスの庇護の下を離れることになる。それはとても勇気のいることでした」

当然のように、ダグは立ち止まらなかった。いつだって新しい道を選択し続ける。ILMを離れたあとは自分の会社をもち、その会社がディズニーに吸収されることをOKした。ところがマネージメントの立場で規模を大きくした途端、親会社の方針転換で解散の憂き目にあった。スタッフ全員を解雇しなければならず、自分のキャリアも閉ざされる。そんな紆余曲折が続いていく。

「絶望感を味わいました。でもその翌年、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でコンセプトアーティストとして再起のチャンスを得た。十分やれると思ったんですが……これも大きな間違いでした。マネージメントの立場に身を置き、現場を離れていた期間が長く、描くスピードでぼくがいちばんビリでした。コンセプトアートの現場におけるCGツールの台頭には目覚ましいものがあります。10年前に1週間かかった絵が、いまは3時間で描けるのです」

ダグは奮起した。最先端のCG技術に習熟する。それ以外に選択の余地はない。彼はその半生を振り返りながら、「仕事時間外で自分のスキルアップを図る」「仕事とは別に自分のプロジェクトを計画し、成し遂げる」というフレーズを好む。学び続ける姿勢の重大さを訴える。だからスター・ウォーズのスピンオフ映画『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の動画を流してから、最後にこう結んだ。

「いまでも、新しいことを学びながら仕事をすることに、大きな幸せを感じます」

流石のナイトぶりだ。しかし、うがった見方をすれば「うらやむべきキャリア」「恵まれた人生」というふうにも思える。子どものころに親の都合で渡米できたダグ。アメリカで映画を学んだダグ。ぼくらと彼は違う。そもそもぼくらは自分から望んで日本から出ようとしない。そこまでの勇気がない。ハリウッドからは遠い、ひたすら遠い存在。

そこまで考えて、だからこそ塩田はTHUを日本へ呼び寄せたのだと気づかされる。世界との距離を縮め、世界を手のひらにのせる。そんな感覚を、日本人クリエイターに磨いてほしいがために。

しかし、今夜のTHUへ集ったのは(日本酒が振る舞われているということからもわかるように)学生ばかりではない。すでにプロとしてキャリアを重ねた猛者たちに、海外へ打って出る必然性はあるのだろうか。筆者にいたってはもはや40代、遅きに失した感がある。

そんな質問にダグはこう切り返した。

「あなたにお伝えしたい。アーティストにとってタイミングが遅すぎる、ということは絶対にない。わたしには40歳でアーティストに転向した知人がいる。彼は通信オペレーターとしてパシフィックベルで働いていた。アートをやりたいなと感じ、転身し、10年後にはILMでマットペインターとして採用された。遅すぎるということは決してない」

打って出るのに遅すぎるということはない。それは、そうなのかもしれない。しかし、しかしだ。会社を辞め、大海原へ出て、もしも失敗してしまったら--取り返しのつかないことになる。失敗した。やめておけばよかったと、後悔の念に苛まれるかもしれない。

だから、あえてもう一度問うた。ナイトよ。あなたのキャリアのなかにだって紆余曲折がいっぱいあるじゃないか。後悔はまったくないのか? あのとき、あの失敗をやり直したい……そんな想いは存在しないのか?

希望という名のカンフル剤

その質問に、件の剣豪はまっすぐ答えてくれる。

「とても難しい質問です。確かに後悔することはある。でも、その時点へ戻ってやり直したいか? と問われれば返答に苦しみます。そもそも人生に汚点が、自分に欠点があるからこそ、それを悔いるから成長し、ここまで来れたのだと思うのです」

最高の解答だ。「ダグならきっと、そう答えてくれるだろうと思っていました」と伝え、質疑のマイクを置いた。彼は笑顔でうなずき、会場には盛大な拍手が巻き起こった。

誰もがまっすぐにキャリアを積み重ねられるわけではない。だから大事なのは、常に自らたどったパスを肯定すること。ネガティヴな出来事をポジティヴにとらえられる心もち、いわば推進力を失わないことだ。

もちろん「言うは易し」。クリエイターなるキャリアパスは時折ネガティヴな引力にとらわれる。あなたの家族が、恋人が将来を心配する。あるいは友人があきらめろとアドヴァイスする。アートの世界は雲の上のまた上、それを目指すなんて愚かしい行為。そういう批難を浴びてしまえば、誰だって心根がゆらぐ。推進力が足りなくなる。

だが、そんなときこそTHUが助け船になるだろう。ダグ・チャンは笑顔の人。塩田は陽のパワーに満ちた人。悩める若者と向き合い、そのダークサイドを喜んで引き受け、ポジティヴに変換する心根をもつナイトたち。彼らが貴重な時間を割き、トライブのぐらついた足下を支えてくれる。

もちろんアーティストにとって孤独な時間、つまり作品を制作する一種の引きこもりは不可欠だろう。けれど年に一度ぐらいは孤独を否定し、仲間たちと肩を並べ、先人たちが放つ「陽のパワー」を補給するのも悪くない。子どものころを思い返せば明らかだ。先人たちへの「憧れ」は、いつだって最強の起爆剤なのだから。

来年も参加したいし、もっと規模を大きくしてほしいです。そう伝えると、塩田は笑顔で頷いた。

「来年やるなら、それこそポルトガルの本家風に、どこかの田舎に1週間ぐらい、合宿みたいに缶詰めになってやりたいですね」

1/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA 2/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA 3/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA 4/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA 5/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA 6/62018年、本家THUはポルトガルを飛び出し、マルタ島にて開催された。PHOTOGRAPH BY MIGUEL OLIVEIRA

きっと年に一度、箱船(屋形船?)があなたを迎えにやってくる。伝説の騎士(剣豪?)たちが、笑って肩を叩いてくる。大海原へ出よう。船の漕ぎ方は俺に聞け。海図の読み方ならアイツがいい。とにかく楽しもう。一緒にこぎだそう。

塩田は言う。

「THUってハウツーじゃないんだよね。アートって自分の中から出てくる。その根っこってね、つまりは人生でしょ」

今日は悩んだっていい。今夜は立ち止まってもいい。けれど、明日はまた進もう。進み続けよう。人生という名の航海、旅路の果てにのみ、きみの欲しい答えが待っている。