大岸良恵『人の気持ちがわかるリーダーになるための教室』(プレジデント社)

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有能なリーダーとはどんな人物か。学歴や仕事の経験値が高くても、部下がついてこないのでは失格だ。『人の気持ちがわかるリーダーになるための教室』(プレジデント社)の著者で、人事コンサルタントの大岸良恵氏は「リーダーには『情』が必要」という。その理由とは――。

■頭がいいのに人がついてこない人の残念な特徴3

偏差値の高い大学に合格し、立派な成績で卒業した人が必ずしもよいリーダーになるわけではありません。仕事で大きな実績や成功を収めていても「情」のない人に人はついてこないのです。

世論調査や人材コンサルティングを手掛けるギャラップ社の調査でも、転職する理由は「会社が嫌だから」よりも、「直属のマネジャーが要因」とするケースが多いことが分かっています。部下から信頼され、尊敬され、いつの間にかリーダーに押し上られたという人が増えてほしい。

そんな思いをきっかけに、「情のあるリーダーシップ」について若いうちから学んだらいいのではないかと考え、東京大学教養学部で大学生を対象に11年間ゼミを続けています。古今東西の名著を通じて「情のあるリーダー」になるための考え方や行動の仕方を学ぶという内容です。

その講義録などを元に『人の気持ちがわかるリーダーになるための教室』(プレジデント社)を上梓しました。例えば、芥川龍之介著『藪の中』、岡潔・小林秀雄著『人間の建設』、コリン・パウエル著『リーダーを目指す人の心得』などを深く読み込むことで、人の気持ちがわかる「情」の力を養成していくプロセスを解説しています。

登場人物の気持ちを斟酌し「自分が情のあるリーダーだったとしたら、こんなときどうするだろう」「情のあるリーダーはこのような考え方に賛同するだろうか」などと考えながら読み、簡単なレポートを書いてみる。すると、前出のゼミ生でも徐々に人の気持ちがわかるようになりました。

残念ながら、学校では「情」については教えてくれません。そもそも「情」は他人から教えてもらうのではなく、自分の「心」でつかみとるものなのです。

▼「私はなぜ人の気持ちがわからないのか、教えてほしい」

拙著は10年後のマネジャーやリーダーになりたい学生に手に取ってもらえればと思っていましたが、現役の管理職の方などにもお読みいただいています。そうした熱心な読者の皆さんから、「人の気持ちがわからないのは何が足りなかったのか?」「これから『情』を磨こうと決意したら、なにに留意したらよいのか?」という質問を受けることが増えました。

人の気持ちがわからないのは何が足りなかったのか?

この命題について、私なりに考えてみました。以下の3つがそのポイントです。

1.「情」を磨く経験量(時間の長さ、思考の深さを含む)が圧倒的に不足している
2.適切な「フィードバック」をタイムリーに得られていない
3.職場や家庭における「エンゲージメント」が足りない

順番に解説し、対策を考えていきましょう。

■Face to faceで他者と過ごした時間は何分あるか

(1)「情」を磨く経験量を増やそう!

「情」とは他人の気持ちをわかろうとする力です。前述したように教科書を読んで、キーワードを覚えたら「情」が磨かれるものではありません。「情」を磨くには、組織やコミュニティなどで他人と行動せざるを得ない現場に身を置き、自分以外の人のために行動した経験の質と量が求められます。

皆さん、ぜひ、1日の時間の使い方を「見える化」してください。

・Face to faceで他者と過ごした時間はどれくらいありましたか?
・自分以外の人のために使った時間はどのくらいでしょうか?

学生時代を振り返ってみてください。部活・クラブ活動や委員会活動、友達や先生との自由闊達な議論、文化祭や運動会などの裏方の経験。社会人となった今、「情」が足りないのではないかと感じるのは、当時、このような経験が足りなかったからかもしれません。

その足りない経験を補うのが、良質の本を深く読み込む体験だと思います。古典や良質の本の中には、単にストーリーを追うことにとどまらず、深い思索をもたらしてくれるものが数多くあります。本の主人公になったつもりで疑似体験をしてみる。自分が主人公であったら、自分だったらどうするか? 主人公とは違う道を選ばないか? 登場人物たちの心の動きがわかれば、それは、現実社会での他人の心の動きを理解するもとになるのではないでしょうか。

とりわけ、少年が成長する冒険譚や英雄物語には、自己主張が強い大人が多数あらわれます。同じ事柄への受け止め方や、対処方法がまったく違う。本の中で、そういう大人たちが、自己主張をぶつけ合います。価値観はひとつだけではないのだと学べます。それらの熱い主張の中で、自分の価値観や信念を見直すことができます。

「同じ事実を違ったように見ていることを互いに知ること自体が、コミュニケーションである」と言ったのは、ピーター・ドラッカーです。コミュニケーションをとるには、共通の言葉と共通の理解がないといけません。経験が豊富になればなるほど良質のコミュニケーションがとれるようになるでしょう。

(2)適切で、タイムリーな「フィードバック」を!

ビジネスの現場で「フィードバック」という言葉をよく聞くようになりました。部下の途中経過や結果を上司がチェックし、よりパフォーマンスが向上するようにフィードバックをします。上手に使えば、上司が部下の成長を促す教育のひとつにもなります。ただし、欠点を直す、叱ることがフィードバックではありません。なぜ失敗したのか。2度同じ失敗をしないために何をすればいいのか。本人が納得することで成長の糧となります。

人は、社会的存在に成長するために適切なフィードバックを受けることが欠かせません。

例えば、赤ちゃんの頃や幼少期です。乳幼児の意識は常に、自分の世界、自分のしたいこと、自分の欲しいもの、自分の食べたいモノ、自分の好きな人……で占められています。そういう自己中心的世界観にもとづいてある行動をおこしたときに、周囲の親や大人が反応します。

すると子供は、この行動をしてもよいのか、してはいけないのか、を学び始めます。これこそがフィードバックであり社会的な存在への成長になります。もう少し成長すると、自分自身でフィードバックを加えることもできるようになります。自分の言動に対して、周囲の友達が見せる反応や、親や先生の態度をひそかに観察して、今後は同じ言動をしないようにしようとか、今後もしてもいいんだなとかいう判断ができるようになるのです。

■これまでの人生で適切なフィードバックを受けなかった

タイムリーというのもとても大事です。子供も大人も、半年前のことを叱られても、本人はその出来事を忘れているに違いありません。皆さんは、適切なフィードバックを、タイムリーに受けてきたでしょうか? またタイムリーにフィードバックをしてきたでしょうか?

私は人事コンサルタントとしてたくさんの企業のマネジャーを指導してきましたが、このフィードバックを苦手とする人が多いように感じます。もしかすると、自分自身が適切なフィードバックをタイムリーに受けてこなかったのかもしれません。おそらく身近に理想のモデルとなる人がいないのでしょう。

そういうマネジャーには、カンバセーション(部下との会話)の型から学んでいただきます。タスク、スキル、成長といろいろな種類のフィードバックが必要です。なにを、どのように、どの程度、部下に伝えればよいのかがわかってくるとスムーズなフィードバックをタイムリーに行うことができるようになります。

また地位が上になると、自分を叱ってくれる人がだんだん少なくなるものです。そこで、少しでも「情」のわかる存在になろうとしたとき、役立つのは読書です。仕事とは一線を画した「物語」で人の気持ちを深く考え、人間関係の疑似体験をしてはいかがでしょうか。

(3)職場や家庭のエンゲージメントをもっと高めよう!

「エンゲージメント」が高い職場では、売上、生産性、収益性、定着率が高く、欠陥品発生や事故率が低いといわれています。

「エンゲージメント」は、「満足」とは異なります。

英英辞典で、「satisfy」と「engage」を比べると、「satisfy」は先に自分のwantsや needsがあり、それらが満たされたときに感じるものであるのに対して、「engage」は対象(社員や家族など)との感情的なつながり、involve(関与、巻き込む)や connect(接続・結合)したときの満たされた感じと理解すればよいでしょう。

会社組織のマネジャーの立場で言えば、部下とのエンゲージメントは極めて重要になります。

人には元来、「私の言うことを聞いて」「私のことを知って」「私のした成果を認めて」「私を成長させて」といった根源的な欲求があります。さらに、ひとりひとりにとってこれだけは譲れないというエンゲージの「ツボ」も異なるのです。マネジャーの重要な役割は、部下ひとりひとりの「ツボ」を正しく把握し、応えることでしょう。

■人と「接続」すると、相手の気持ちがわかる

よく「信頼こそが大事」と言われますが、では、その「信頼」を築くためには何が必要なのでしょう? それは人(部下)とのコミュニケーションを密にし、相手をよく知るということではないでしょうか。自分のことをよくわかってくれる職場や家庭は居心地がよいものです。同じ事柄を話しても、信頼している人の言葉はよく耳に入りますが、信頼していない人の言葉は耳に入りません。

まずは信頼される間柄になること。そこにエネルギーとコストをかける必要があると私は思います。そういう居心地の良い職場や家庭であれば、自分にも、部下にも、家族にもゆとりが生まれます。そのためには、ぜひ、「あなたに最も適した仕事を割り振るためにも、あなたのことが知りたい」という、情のあるマネジャーになりましょう。

本に登場する人物(他者)の心理を読み取り、感情を理解するレッスンをすることが職場や家庭のエンゲージメントを見直すきっかけになるかもしれません。エンゲージメントの見直しを始めるのは何歳からでも構いません。気づいて変えるだけで、パフォーマンスがものすごく向上した事例を私は数多く知っています。

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大岸良恵(おおぎし・よしえ)
人事コンサルタント
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニー、W.M.マーサーを経て現職。2007年から、東京大学の学生自治会が主催する自主ゼミ「栴檀(せんだん)ゼミ」の講師を兼任。東大駒場友の会監事。東京都出身。ギャラップ社認定コースリーダー、認定ストレングスコーチ。

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(人事コンサルタント 大岸 良恵 写真=iStock.com)