自らの行動を通じて「言いたいことは言っていいし、権利を主張することは大切だと子どもたちに伝えたい」と語る斉藤さん

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 『高度プロフェッショナル制度』(以下、高プロ)が盛り込まれた働き方改革関連法案の国会審議が大詰めを迎えている。高プロが適用されると、法律で定められた労働時間規制からはずれ、残業代も支払われない。

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 そのため長時間労働を助長し、過労死を増やすおそれがあるとして、廃案を求める集会やデモが相次いでいる。

 ところが、高プロで危惧されている「残業代ゼロ」「定額・働かせ放題」という事態を40年以上も前から先取りしてきた職場がある。公立の小中学校、それから高校だ。

「毎年のように周りの教員が倒れていく」

 学校をめぐる問題に詳しい、名古屋大学大学院の内田良准教授はこう語る。

「先生たちは朝も早いし、平日は夜遅くまで学校に残ってテストの作成や採点、部活、生徒指導などにあたっています。帰宅後も仕事を持ち帰る。これらはすべてタダ働きです。労働者として過酷な状況に置かれています」

 こうした問題について、現役教師の立場から改善を訴えているのが教職7年目の斉藤ひでみさん(30代=仮名)だ。

「毎年のように周りの教員が倒れていきました。すぐ隣にいた同僚が、ある日突然、身体をこわして学校に来られなくなる。なかには亡くなってしまう人もいる。生徒に命の大切さを説く教師が、それを看過していいはずがない」(斉藤さん)

 斉藤さんと内田准教授が出した共著『教師のブラック残業』(学陽書房)では、「働き方改革」とは無縁な学校の実情をリアルに伝えている。

《正直、授業にはほとんど手が回らないです。それよりも、学年とか学校全体に関わることを優先しなくちゃならないので》(20代=小学校教員Aさん)

《あるとき倒れてしまって。そうなって初めて管理職が別の人に仕事の一部を振ってくれました》(30代=高校教員Gさん)

 現場の悲鳴をデータが裏づける。文部科学省が昨年4月に発表した『教員勤務実態調査』によれば、公立校で働く教員のうち小学校で3割、中学校で6割が「過労死ライン」(残業月80時間)に達する計算になる週60時間以上の勤務をこなしていた。

 実際、'16年度までの10年間で63人の公立校教員が過労死と認定されたことが毎日新聞の報道で明らかになっている。

どれだけ働いても残業代は出ない

 残業に追われるだけでなく休憩を取ることも難しい。前出の調査では、小学校での休憩時間は平均1分だ。連絡帳や宿題のチェック、授業準備、生徒指導などで授業のすきま時間が埋められていく。

「長時間労働の最たる要因が部活です。一応、校長から顧問の希望を聞かれますが、運動部、文化部で3つずつ書くように指示され受け持たないという選択肢はない。同僚からのプレッシャーもあります。部活はやらないとつっぱねたら、いろんな場面で協力を得にくくなるかもしれない」

 そう話す斉藤さんは、部活の顧問を打診されたとき「それは教員の職務なのですか?」と、校長ら管理職に尋ねたことがある。途端に場が凍りついたという。

 部活が行われるのは放課後、つまり勤務時間を過ぎてから。どれだけ遅くまで働いても、土日の出勤を余儀なくされたとしても、公立校の先生に残業代は出ない。そもそも残業だと認めない法律があるからだ。

「1972年に施行された『給特法』がそれです。非常災害や修学旅行といった学校行事などを除き“原則として時間外勤務を命じない”とされていて、さらに“時間外勤務手当や休日手当は支給しない”と定めています」(内田准教授)

 給特法は、教員の仕事には創意工夫が求められ、夏休みなどの長期休暇は自由度が高かったことから、労務時間の管理になじまないと考えられて導入された経緯がある。その結果、公立校の教員は、残業代の支払い義務を定めた労働基準法の規制からはずされた。

 残業代のかわりに基本給の4%にあたる「教職調整額」が支給されるものの、金額にして1日数百円程度。とうてい現状に見合わない。

「まさに定額・働かせ放題。その元凶が給特法です。教育調整額を増やすにしろ、仕事の量を減らすにしろ、対策を打つには実態の把握が必要なのに、労務時間を管理しない法律があるから残業時間が見えなくなった」

 と内田准教授は言う。そのため前述のような残業に追われていても、法的には「自発的に好きで居残っている人」(斉藤さん)にされてしまう。管理職は「ほどほどにして帰れ」と言うだけ。タイムカードを使って勤怠管理を行う公立の小中学校は全国で2割強にとどまる。

 根本にある制度から変えなければ──。斉藤さんは給特法の改正を目指し、インターネット上での署名活動を行っている。高プロをめぐって国会が紛糾するにつれ署名の数も増え始め、6月22日時点で1万7365人の賛同者を得ている。SNSで声を上げる教員も少なくない。

 一方、職員室は変わらない。

「職員会議で手を上げて問題点を訴えるのは、僕ひとりだけ。会議のあと、机の上に“本当は自分もそう思っている”と書かれた手紙が置いてあったこともあります。

 みんなが問題だとわかっていながら学校で味方を得づらいのは、労働時間や残業代というものが、自己犠牲をよしとする教師の文化では美しくないことが影響しているんだと思います」(斉藤さん、以下同)

 遅くまで学校に残り、生徒に尽くしてこそ教師。そうした考えは現場に根強く、先生の働き方改革を進めるにあたり大きな壁になっている。

「生徒のためにどうかと考えると、やはり僕も葛藤はあります。教師としてダメなんじゃないかという思いにさいなまれたりもする。

 ただ、学校ではいま、膨大な仕事や部活の負担が重すぎて、肝心の授業は手を抜かざるを得ない状況です。疲弊した職場環境では子どもたちのSOSも見逃してしまう。本来、いちばん力を注がなければならない授業と学級経営を核に、学校教育を見直していかなければならないと考えています」

 ブラック残業に目をつぶり続ける限り、そのツケは子どもたちに回される。

〈INFORMATION〉
斉藤さんは長時間労働の改善を目指し、給特法の改正を求める署名活動をインターネット上で展開。以下のURLで賛同者を募っている。
https://www.change.org/p/子どもたちに教育の質を保障する為-ブラック残業の抑制を-教員の残業代ゼロ法-給特法-を改正して下さい