自然エネルギーが自然にやさしいという嘘
※本稿は、掛谷英紀『先見力の授業 AI時代を勝ち抜く頭の使い方』(かんき出版)の一部を再編集、加筆したものです。
■大多数の人が知らない「自然エネルギーが自然を破壊する」
今回の話題は、「電気の未来」というタイトルで、大学のオープンキャンパスや高校での出前講義などの機会に、理系の高校生を相手に何度も話してきたものです。基本的に高校レベルの話ですし、普段高校生相手に話す内容に比べるとかなり平易にしています。
まず、講義で必ず聞くクイズを紹介しましょう。
福島第一原発の事故の後、「これからは自然エネルギーの時代」だと言われていますが、なかなか普及しません。それはどうしてでしょうか?
A 研究予算が足りないから
B 電源として不安定だから
C 自然を破壊するから
D 原理的に無理だから
Aを選ぶ人はテレビの見すぎです。お金があれば何でも解決するという考えは、技術を知らない人の発想です。
理系の高校生の大多数はBを選びます。Bは半分正解です。たしかに、太陽光発電や風力発電のように、気象条件で出力が大きく変化する、電源として不安定な自然エネルギーもあります。
しかし、その一方で水力発電や地熱発電のように電源として安定している自然エネルギーもあります。もし電源の不安定性だけがネックなら、水力発電と地熱発電はもっと普及するはずです。
答えはCなのですが、正解できる人は少数です。自然エネルギーが自然を破壊するという発想は、テレビや新聞だけが情報源の人からは全く出てこないでしょう。
それでも水力発電の話をすれば、自然破壊とのリンクが見えてくるのではないでしょうか。今でこそ話題にならなくなりましたが、民主党政権時代、八ッ場ダム建設反対で盛り上がっていたことはまだ記憶に残っていると思います。当時、ダムは自然破壊の象徴でした。水力発電のためにダムをつくることは、確かに大規模な自然破壊につながります。
■風力発電と太陽光発電は水力発電の5倍の開発面積を必要とする
では、自然エネルギーによる発電に大規模な自然破壊が伴うのはどうしてでしょうか? その謎を解くため、講義で聞くクイズをもう一つ紹介します。
火力発電で重油を1立方メートル燃やして得られるのと同じだけのエネルギーを、高さ100メートルのダムを使った水力発電で得るには、何立方メートルの水が必要でしょうか?
これを知識として知っている人はほとんどいないので、講義では直感で答えてもらっています。今までの講義では10倍から100倍、つまり10立方メートルから100立方メートルといった答えが最も多いです。たまに1000倍といった回答もあります。しかし、実はそれでも全然足りません。
正解は「約4万立方メートル」です。この数値は高校で習う物理と化学の知識を使って計算することができます。
水力発電で得られるエネルギーは、高校の物理で習う位置エネルギーから計算できます。位置エネルギーは<質量×重力加速度×高さ>で表されます。水1立方メートルの質量は1000 kgです。重力加速度は9.8m/s/sです。今、ダムの高さは100mと仮定しています。これらの数字を掛け合わせると、98万J(ジュール)、すなわち0.98MJ(メガジュール)となります。
一方、重油1立方メートルを燃やしたときに得られるエネルギーは、化学の燃焼熱(反応熱)の考え方で求めることができます。詳細な計算は省略しますが、得られる結果は3万9000MJです。
よって、これと同じエネルギーを得るには約4万立方メートルの水が必要になるわけです(なお、これらの計算は全て変換効率100%、すなわち、もとのエネルギーが全て電気エネルギーに変換される場合での比較です)。
■自然エネルギーが自然にやさしいというイメージは虚構
自然エネルギーの最大の欠点は、エネルギー密度が非常に低いことです。そのため、広大な面積を使わないとまとまった電力を得ることができません。広大な面積を使うということは、それだけ自然を破壊することになります。自然エネルギーが自然にやさしいというイメージは虚構に過ぎないのです。
水力発電については、もともと自然破壊につながるとのイメージが持たれていますが、風力発電と太陽光発電にはそのようなイメージを持つ人はあまりいません。しかし、実は風力発電と太陽光発電は、水力発電以上の開発面積を必要とします。内山洋司著『エネルギー工学と社会』(放送大学教育振興会)によると、風力発電と太陽光発電は、水力発電と同じ電力量を生み出すのに、水力発電所の5倍の面積が必要であると算出されています。
科学というと、多くの人は今まで不可能だったことを可能にするものというイメージを持っている人が少なくないようです。しかし、実際は私たちが住む世界(宇宙)の制約を探す作業という側面が強くあります。たとえば、万有引力の法則は、私たちが重力の拘束から逃れられないことを示します。たしかに人間は飛行機の発明で空を飛ぶことができるようになりましたが、それは重力以上の揚力を生み出すことによって実現しているのであって、重力をなくしているのではありません。
万有引力の法則が私たちを拘束するように、エネルギー保存則も私たちを拘束しています。私たちにできるのは力学的エネルギーや化学的エネルギー、あるいは核エネルギーを電気エネルギーに変換することだけで、何もないところからエネルギーを新たに生み出すことはできません。自然エネルギーの研究によって、その変換効率を上昇させることはできますが、エネルギー保存則を打ち破ることはできないのです。
ですから、どれほど多額の研究費を投入しても、広大な開発行為なくして、エネルギー密度の低い自然エネルギーで従来の火力発電や原子力発電を代替させることは不可能です。その種の試みは必ず失敗します。
■太陽光パネルの劣化にご用心
ここまで書かれていることを読むと、私が太陽光発電、さらには自然エネルギー全体を敵視しているように見えるかもしれませんが、それは誤解です。
その証拠に、私の家の屋根には太陽光パネルがついています。実は、上で紹介した計算は、東日本大震災のときの計画停電で、せっかく太陽光パネルがあるのだから、その電気を貯めて夜の停電中に使えないかと考えたことがきっかけになります。
最初は、蓄電池の購入を検討しました。しかし、1キロワット時の容量で10万〜20万円もすること、さらに寿命が5年から10年というのを見て断念しました。東日本大震災級の地震が今後10年以内にまた起きる確率はそれほど高いとは思えません。そのために10万円以上を投資する気にはなれませんでした。
そこで、「庭に穴を掘って揚水発電をしてはどうだろう」と考えました。昼の余剰電力で水を上に汲み上げておき、夜にその水を落下させて水力発電をしようと思ったのです。それで計算してみると、3mの高低差の場合、10m×10mのプールに水深約1.2mの水をはることが必要であると算出されました。さすがに、そんな広い庭はありません。
もちろん、水より比重の重い液体、たとえば水銀のプール(!)にすれば、プールの体積は約14分の1で済みますが、当然別の問題が生じます。この出来事をきっかけに、各種自然エネルギーのエネルギー密度を計算したことが、今回の内容の元ネタになっています。
ちなみに、我が家の太陽光発電は設置9年目の2014年から徐々に出力が落ち始め、2018年時点で出力は設置当初の10分の1程度まで落ちています。(追記:この点について、その後専門家の方から、こうした加速度的な出力低下が起きた場合、火災のリスクも考えられるので点検が必要との助言をいただきました。なお、今ではこの種の故障に対する対策はとられているそうです※)
※編注:初出時、「太陽光パネルの寿命は基本10年だそうです。つまり、寿命20年というのは誇大広告なのです」とありましたが、「追記」の指摘を受けて、当該部分を削除します。(2018年6月4日プレジデントオンライン編集部)
このように、自然エネルギーに対する過大な期待はどれも裏切られる運命にあります。それでも、自然エネルギー礼賛の声は衰えを知りません。自然エネルギーを喧伝している人たちは、果たしてここに書かれたことについて無知なのでしょうか。それとも分かった上でウソをばら撒いているのでしょうか。
実際には、両者が混在しているように見えますが、私は後者の人に遭遇したことがあります。意図的にウソをばら撒くのは、一体どこのどいつなのか。それはさすがにネット上のこんな目立つところでは書けません。答えを知りたい人は、拙著の116〜117ページを立ち読みして、その正体をこっそりご確認いただければ幸いです。
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筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。
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(筑波大学システム情報系准教授 掛谷 英紀 写真=iStock.com)