談合の舞台となったリニア中央新幹線の「名城非常口建設工事」(2017年12月、記者撮影)

「●●建設さん、あれ、どう思いますか……?」

ここ最近、建設業界の人間が集まると、そんな会話が交わされるという。

「あれ」とは、ゼネコン最大手の大林組が5月14日に発表した、「再発防止策の策定について」という文書だ。

大林だけが社長も辞任に追い込まれた

中身に触れる前に、文書を発するに至った経緯を振り返ろう。発端は2017年12月8日、大林組が東京地検特捜部の家宅捜索を受けたことにさかのぼる。JR東海が進めるリニア中央新幹線工事について、東京地検特捜部は名古屋市にある「名城非常口建設工事」を筆頭に複数の工事の入札で受注調整が行われたとし、偽計業務妨害(後に独占禁止法違反)の疑いで大林組のほか大成建設、鹿島、清水建設の大手ゼネコン4社を家宅捜索した。

リニア建設工事への入札参加の可否などについて、土木工事の担当者間で情報交換を行ったことが、捜査関係者に目をつけられた。今年1月23日には当時の大林組社長である白石達氏が辞任を表明する事態にまで発展。そして3月23日、大林組らゼネコン4社は独禁法違反の罪で起訴された。

真っ先に家宅捜索を受け、起訴された4社のうち唯一社長が辞任に追い込まれた大林組。談合事件でやり玉に挙げられた立場もあってか、同社が公表した再発防止策は他社から見ても「非常に厳しい」(ゼネコン幹部)ものとなった。


5月14日、本決算とともに大林組が公表した「再発防止策の策定について」(編集部撮影)

独禁法順守の研修から内部通報の奨励、受注した工事の入札過程についての抜き打ち検査に至るまで、子細にわたる項目の中でも、ひときわ業界関係者の注目を集めたのは、同業者との付き合い方に関するルールだった。

業界団体などが主催する公式行事以外は、同業者が参加する懇親会への参加を禁止。また同業者との会合を持つ場合は、事前に報告する義務を課す。それも工事の受注に直接携わる営業担当者だけでなく、設計や建設現場、果ては事務部門に至るまで全従業員を拘束するという徹底ぶりだ。

法令順守の姿勢を打ち出した同社だが、建設業界の中でその動きが現れたのは最近のことだ。

「名刺はここにお入れください」――。今から10〜15年ほど前まで、国土交通省や地方自治体の工事担当部署には、名刺箱が置かれていた。名刺を入れるのはゼネコンの営業担当者。お目当てはもちろん、役所が発注する工事を受注することだ。

むろん、名刺の枚数、つまり役所に顔を出した回数だけで工事がもらえるわけではない。だが、「参考程度」に名刺の枚数が数えられることはあったという。

指名競争入札を採用している公共工事では、行政機関は名簿に登録されているあまたのゼネコンから、工事の実績や会社の規模などを基準に、入札に参加する業者を指名する。指名されなければそもそも入札に参加できないため、ゼネコン側も自社を指名してもらおうと営業に奔走する。

談合は行政側にも都合がよい

ゼネコン側の利益ばかりが強調される談合事件だが、発注者側にもメリットがある。工事に誰も入札しなければ、価格設定や工期、仕様がまずかったということになり、担当者は責任を問われる。

施行能力のない会社が落札してしまい品質問題が生じた場合も、担当者の責任問題に発展しかねない。実績のある業者による落札があらかじめ決まっていれば、そうした心配はなくなる。

だが2000年代前半には数十〜100社以上のゼネコンを巻き込んだ大規模な談合事件が多数発生し、さらに2005年には旧日本道路公団の元理事が鋼橋工事の談合を主導していたことも発覚した。

2006年には課徴金額を引き上げた改正独禁法や公益通報者保護法が相次いで施行され、談合行為に対する世間の目はますます厳しさを増している。

ゼネコンと行政機関の距離感に対する風当たりも強まり、自治体は次々と名刺箱を撤去。それどころか、ある都道府県庁の工事担当部署では「ここから先、工事関係者の立ち入りはご遠慮ください」という掲示までするようになった。

以来、談合の摘発件数は緩やかな減少傾向にある。


大林組の動きは、談合撲滅に向けた一歩として業界にどこまで波及するのか。同業他社からは「わが社は営業担当者のみにとどめている。全社員まで広げる必要はないのでは」「社員のプライバシーの問題にもかかわるので難しい」という消極的な声が目立つ。

ある中堅ゼネコンの幹部は「ゼネコンに就職したばっかりに、同業他社に就職した同級生と簡単に会えなくなってしまうのはいかがなものか」と漏らす。

一筋縄ではいかない談合撲滅

他社からは「従業員の拘束だけでは問題は解決しない」という声も上がる。公正取引委員会が5月、農林水産省OBを通じて入札情報を入手していたとして準大手ゼネコンのフジタに処分を下す方針を固めたのは、その一例だ。

国土交通省を筆頭に、ゼネコン各社は工事発注者である行政機関のOBを社員に迎えている。彼らの役割は、入札したが落札できなかった工事について「添削」することだ。

近年は入札金額だけでなく、工法や環境対策など各社の提案を多面的に評価して落札者を決める「総合評価方式」が主流だ。落札業者決定後、入札参加者に開示されるのは各項目に基づく点数のみで、なぜその点数になったのかは知らされない。「金額だけで決まる入札よりも、ある意味ブラックボックスになった」(準大手ゼネコン幹部)。

そこでOBは古巣のつてを通じて点数の根拠を聞き出し、ゼネコンは次の受注に向けて提案を変えていく。工事の入札は終了しているため直接「談合」とは呼べないが、一歩間違えれば独禁法に抵触しかねない。

「工法にも『はやりすたり』がある。今の役所がどんな工事を求めているのかを知るべく、最初から落札する気のない工事でも、入札に臨むことがある」(中堅ゼネコン役員)

大林組の新ルールに対して及び腰な建設業界だが、法令順守に向けた包囲網は形成されつつある。公正取引委員会の杉本和行委員長は東洋経済の取材に対して「海外では担当者同士が会って話しただけでアウト。日本でも国際ルールにのっとって判断していく」と建設業界に対して牽制球を投げた。

大林組が策定したルールも、世界的に見れば決して厳しすぎる内容ではない。それどころか、他社も同水準のルールを求められる可能性がある。

どうすれば談合を防げるのか。建設業にとって古くて新しい問題に対し、大林組はさながら「性悪説」とも取れる形で、1つの回答を出した。

空前の好景気に沸く業界だが、これを教訓とせず、一部の従業員による勇み足を許せば、途端に足をすくわれる。