SNSが世論に与える影響は少なくありません(写真:Graphs / PIXTA)

2018年は、日本で10年ぶりに国政選挙や統一地方選挙といった「大型選挙」がない年となりそうだ。選挙があると政策議論が停滞しがちだが、一方で選挙報道の増加により国民の政治への関心が高まるというメリットもある。昨今では報道のみならず、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を介した政治的メッセージの発信も増えた。2010年末ごろから起こった中東の民主化運動「アラブの春」では、SNSが大きな役割を果たしたと言われる。

日本の選挙期間のツイッターを分析

SNSが選挙に与える影響について、興味深い研究がある。ドイツのエアランゲン=ニュルンベルク大学日本学部教授、シェーファー・ファビアン博士は、「2014年の日本の衆議院議員総選挙で、政治的な意見やキーワードがどのように共有・拡散がされたか」について、短文投稿SNS、Twitterをもとにビッグデータ分析を行い、論文を発表した。

その分析から、「あらかじめ設定された特定の単語を含む投稿を自動的にリツイート(再投稿)するプログラム『ボット』による大量の投稿があり、それらが結果的に言論の多様性を弱めるような働きをしているのではないか」とシェーファー教授は指摘する。

読者諸氏にはTwitterのユーザーもいることだろう。Twitterを見ると、機械的に投稿されたとみられるツイートが多く目につくが、これは「ボット」によるものだ。

シェーファー教授は、電子化されたテキストがどのように運用されているかに焦点を当て分析を行う『コーパス言語学』の研究者らとチームを組み、2014年の衆議院議員総選挙中のTwitter上の投稿についての研究を行った。

分析対象は2014年12月8日から30日にかけて収集した約54万の投稿だ。政党名や政党代表者名、脱原発などキーワードをもとに集めた。大半はオリジナルの投稿をコピーしたものだが、興味深いのは約14万件のツイートだ。


メディア哲学が専門のシェーファー・ファビアン教授(名前は本人の希望で日本風に姓を先に表記、写真:筆者撮影)

内容は「反安倍政権ブログへの攻撃」、それから意外に思う人もいるかもしれないが、「右寄りの立場からの安倍政権批判」だった。テキストを分析したところ、わずか3700程度のオリジナルの投稿をボットが少し変更して、投稿したものと考えられるという。

「2014年の総選挙では『アベノミクス』継続の是非を巡り、経済政策が争点になっていたが、同時に隠れた民族主義とでも言うものが重要なテーマでした。これが収集したTwitterの投稿にも反映されているように思う」とシェーファー教授は言う。

さらに、「2013年当時は、日本でよりメジャーなSNSはFacebookではなくTwitterだった。また、Twitterに投稿されるテキストの量が世界で2番目に多い言語は日本語だった。ただ、日本語による投稿の多くはボットによるものと推測される」という。

ボットを操るのは見えない人間

ある投稿を100回ツイートしろ、といったことをボットにさせるのは人間だ。だがどんな人物なのかは特定できないし、もちろん安倍政権関係者がボットを利用しているかどうかはわからない。「つまり、われわれは、ボットがどのように働いていたかという現象を事後的に見るしかない」(同氏)。

極端な例をあげると、特定のある内容の投稿で1万回程度を数えるものがあったが、解析するとオリジナルは50ほど。ボットがオリジナルの投稿をそのまま、あるいは少し変更して1万回分リツイートしたわけだ。

こういったボットによる「活動」は近年増えている。たとえばトランプ大統領による頻繁なTwitter投稿はよく知られるところだが、投稿するやいなや、すぐに2万ぐらいの「いいね!」「リツイート」などの反応がある。「しかしボットによるものがかなりあると思う」(同氏)。

さらにシェーファー教授はこう続ける。「ボットの機能は進化もしています。人間はオリジナルの投稿に反応するにしても、ある程度時間差が生じる。たとえば夜中に投稿されたものをリツイートするのは朝起きてからになる。また、人間はリツイートする時に少し文章を変えたり追加したりすることもある。ボットはそういう人間らしさを意図的に取り入れるようにもなっている」。

実はドイツでも極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に関して、SNSには同様の投稿があふれている。現地の報道では有権者への政治的影響を危惧している。

日本を見ると、たとえば、ここ数年で「反日」という言葉が随分ポピュラーになった。シェーファー教授はSNSでの投稿量が増えたことが大きな原因のひとつではないかと指摘する。「反日という言葉は、『A人は反日だ』『B党は反日だ』というように、人によって異なる対象に『反日』をつかっている。それらがボットで増幅され、投稿量がどっと増えた」。

また、人間も深く考えることなく扇動的なフレーズを取り入れてネットに書き込んでいるという問題もある。たとえば、ある人物がネットに「反日」という言葉を何度も書き込み、気に入った投稿に対してほぼ反射的に「いいね」ボタンを押す。「反日」というメッセージが記号的に増幅され、人間がボット化しているといえる。

このように現在はSNS発の「ポピュラーな言葉」が存在する。かつては辞書に掲載されるか否かが「ポピュラーな言葉」の指標だった。「辞書への掲載基準は新聞での掲載実績などが根拠とされます。新聞には『編集』という主体的な行為があり、一種のフィルター機能が働いている。しかし、SNS発の言葉がポピュラー化するにあたってはフィルターがない。ボットはそれに加担している」とシェーファー教授は言う。

SNSがネットの役割を変えた

インターネットは20世紀末に普及がはじまったが、当初は「知識の公共化」とか「国境を越えたコミュニケーション」や「グローバルな公共空間の構築」といった民主主義の進化に役立つものと期待された。
「人間によるコミュニケーションには決まった結果はない。もちろんそのせいで感情的になり、例えば殴り合うといったリスクもある。しかし、人間はコミュニケーションを続けることで学習できる。初期のインターネットではそういう方向でコミュニケーションが深化するのでは、という期待があった」(シェーファー教授)


ドイツでもSNSの政治的影響についての議論が出てきており、演劇作品が作られるケースも。写真はエアランゲン市市営劇場で上演される作品のフライヤー(写真:筆者撮影)

ところが今世紀に入り、SNSが普及すると状況は変わった。ネット空間は高度なアルゴリズムを伴うSNSのプラットフォームと化した。

「ここでは『いいね!』やリツイートなどを通じて、ユーザー同士がただ『つながっているだけ』 という関係性の比重が高くなりました。そこへボットが特定の情報やフレーズの流通量を増やしてさらに極端な方向性を生む。しかも個人の検索履歴などをもとにその人に合った情報のみが提供されるため、情報や思想が偏り、情報社会の中で孤立する『フィルターバブル』に陥りかねない」とシェーファー教授は警鐘を鳴らす。そしてさらにこう続ける。

「こうした現状を見ると、アイデアが偶然に生まれる可能性が低くなり、人々の考え方も狭めることにつながる。そんなふうに思えてなりません。今日、ネットは現実世界になくてはならないものになっているが、民主主義の健全性という点でいえば憂慮すべきだと思います」