2018.02.14


勝手に悲しかった二つ目の“あのころ”

感謝と惜別の引退カウントダウン連載、第1回ではdocomoのCMが蘇らせた四つの“あのころ”のうち、主に一つ目について触れた。紅白歌合戦出場やアルバム『Finally』の記録的ヒットなど、安室奈美恵関連ニュースは引き続き、連日ネットニュースを賑わせている。間接的にではあるが、小室哲哉の引退発表劇もまた、彼女の功績を改めて知らしめる契機となった。輝かしきコラボ曲リストに、最後に『How do you feel now?』(『Finally』収録)という歴史的名曲まで加えてくれたこのコンビへの感謝は尽きないが、それを語り出すと簡単に1回分が終わりそうなのでひとまず置いておくとして、今年が安室奈美恵の引退イヤーであることを世間が忘れる隙はないように思われる。

アイドル? アーティスト?

90年代と現在ばかりが取り上げられることによって、20年以上にわたって第一線で活躍し続けてきたアーティスト、といった印象を与えている感のある安室奈美恵。だが第1回でも軽く触れた通り、世間が彼女をほぼ忘れた日々は確かに存在した。そんなことは黙っておくのがファンの礼儀なのかもしれないが、そうした日々にあっても真摯に音楽に向き合い続けた彼女はむしろ誇りであり、またその事実によってこそ浮かび上がる偉大さがあると思うのであえて語らせていただく。あれは、二つ目の“あのころ”にあたる2000年前後。産休から復帰してしばらくが経ち、TKプロデュースを離れた彼女は次なる道を模索し、シングルとしては初めて自身で作詞した『Say the word』をリリースした。

このころはまだ、産休前の爆発的人気には翳りが見えてきていたものの、“過去の人”扱いはされていなかったように思う。だが時まさに、浜崎あゆみや宇多田ヒカルの全盛期。常に自身で作詞や作曲を手がける彼女たちの存在は、基本的にパフォーマンスをするだけの安室奈美恵はアーティストではなくアイドルだという風潮を生み出した。作詞に挑戦した裏にはそうした風潮も少なからず影響していたのではないかと推測するのだが、『Say the word』で風潮を覆せたかといえば、さにあらず。曲調がどことなく、当時世界的アイドルだったブリトニー・スピアーズ風だったこともあってやはりアイドルとみなされてしまい、アイドルの絶頂期といえば10代、今のアムロが4つも年下のブリちゃんみたいな歌を歌うのはどうなのか、的な批判にさらされたのだ。

作詞作曲なんてしなくても、楽曲について明確なビジョンを持ち、誰よりもプロフェッショナルなパフォーマンスをする彼女は紛れもなく超一流のアーティスト。今ならば胸を張ってそう言えるし、そもそも第1回で書いた通り世間がどう思おうと気にならないメンタルが出来上がっているのだが、当時はそういう批判的な記事を読む度にただただ悔しかったことを思い出す。当の本人がただただ悔しがってなどいなかったことは、作詞作曲に精を出すのではなく、逆に世間のほうのアーティスト観を変えていくことで風潮を粉々にして見せた、その後の活動が証明しているのだが。

プラチナとは無縁だったライブチケット

『Say the word』以降はしばらく低迷期が続き、引退ライブツアーのチケットがプラチナ化している現在からは考えられないことだが、当時はチケットなんて簡単に入手できた。どれくらい簡単かというと、「楽しかったー」なんて言いながら会場を出ると、同じ会場での翌日以降のチケットがロビーで普通に売られていたほどだ。そのチケットを買ったことによって同じライブを何度も体験する楽しみを知り、それからは毎年地方公演にも行くようになって人生の彩りが増えたことを思うと、今となっては感謝する案件。だが当時はやはり、「こんなに楽しいのになんで」という悲しみも拭い切れなかった。

一番悲しかったのは、2005年に発売されたアルバム『Queen of Hip-Pop』のプロモーション期。それなりに力は入れられていて、渋谷の街にも街灯フラッグが並んだのだが、それを眺める往来の人々の目が物語る“過去の人”感が最も強かったのがこの時期なのだ。フラッグを尻目に、「安室奈美恵のライブに誘われたんだけど、いまどき行きたい人とかいるのかな?」という会話を耳にしたことすらある。「ここにいるよ!実際もう取ってあるよ!行ったら絶対楽しいよ!」と、心の中で叫んだが口には出せなかった。それだけに、2008年に自身出演のヴィダルサスーンCM曲『60s 70s 80s』で、実に約10年ぶりにシングルチャート1位を獲得した時の興奮は今でも忘れられない。

『60s 70s 80s』を含む、TKプロデュースを離れて以降のシングルを収録したベストアルバム『BEST FICTION』は大ヒットを記録し、ライブチケットは入手困難になった。安室奈美恵は“復権”を果たし、二度目の絶頂期とも言える三つ目の“あのころ”を迎えたのだ。次回からはいよいよ、その理由に迫っていきたい――もちろん、完全なるファン目線で。

(Text:町田麻子)
(Illustration:ハシヅメユウヤ)

町田麻子
フリーライター。早大一文卒。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
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