保険を見直すのはとてもよいこと。でも「共働きだから」と国の制度を知らずに見直すと、思わぬ「落とし穴」が(写真:tkc-taka / PIXTA)

「最近『保険はいらない』という記事を読み、自分の家も保険に入りすぎているのではないかと不安になりました」

筆者はファイナンシャルプランナーとして、個人のお客様のライフプラン支援を行っていますが、このような問題意識を持って相談に来る方が増えています。今回は、その中から個人情報に配慮をしたうえで、読者の皆さんにも知っていただきたいモデルケースを紹介します。

ご相談者は、Aさんご夫婦(夫Aさん40歳、妻B子さん38歳)。共働きで、8歳の子どもが1人います。数年前に保険会社に勧められて入った保険をすべて見直ししたいとのお話でした。

「貯蓄」と「保険」はどう違うのか?

保険は勧められたままにとりあえず入るものではなく、個々の事情に合わせ必要に応じて加入するべきものです。このように、日々の忙しい暮らしの中でも時折立ち止まって現状分析をすることは、とても重要です。

実はこのご夫婦の保険は、お子さんが生まれた当時、保険のアドバイザーに提案してもらって入ったものでした。当時妻は育児休業中で、今後子育てをしながら仕事を続けられるかどうかも不安に感じていた中での、保険契約だったそうです。

「貯蓄は三角、保険は四角」という言葉がありますが、ご存じですか? いつまでにいくらという、使う用途が決まっているおカネは、コツコツとおカネを積立貯蓄で準備する方法がふさわしく、いつどのくらいのおカネが必要になるかわからない万が一に必要なおカネは、保険で準備する方法がふさわしいとした言い回しです。
 
どういうことでしょうか? もう少し具体的に説明しましょう。

月々1万円の積み立てであれば、1年後は12万円、10年後は120万円となり、その貯蓄残高推移は、直角三角形の形にたとえられます。一方、同じ月々1万円でも、保険料の場合はどうでしょうか? 保険であれば支払った保険料にかかわらず、万一の場合は、決まった額の保険金が受け取れますよね。横軸を時間、縦軸を保障額とすると、いつでも一定額が受け取れる保険を四角形と表現するわけです。

さて、四角形には、向かい合わせとなった直角三角形が2つ含まれます。したがって、本来は「三角形の貯蓄で賄うべきところ」を四角形=保険で備えてしまうと、不要な部分が生じます。すなわち、それがコスト高となることがあります。そのため、おカネの用途をしっかり見極め、三角形と四角形を上手に使い分ける必要があります。

四角形で備えるべきおカネの代表例は家族が亡くなったときの死亡保険です。「死」はすべての人に訪れるものですし、その時期は誰も予測することができません。

では、どう考えればいいでしょうか。四角形の高さ(保障額)は、「国の保険では不足する生活に必要なおカネ」で算出します。したがって、適切な保険を考える場合、まず、万が一のときの「国からの保険」(社会保険給付)がいくらなのかを見積もる必要があります。

もし30歳の妻とゼロ歳の子を残し夫が死亡したら?

契約当時のAさんご夫婦の家庭の事情を振り返ってみましょう。会社員の男性が亡くなった場合、配偶者のB子さんには終身にわたって比較的手厚い国の保険である遺族年金が国から支給されます。

具体的には、まず18歳未満の子どもに対して、遺族基礎年金が年間約100万円支給されます。現在子どもは8歳ですが、契約当時はゼロ歳でしたから、もし夫が亡くなれば、18歳になるまでに合計1800万円の遺族基礎年金が受給可能だったということです。

子どもが18歳になり遺族基礎年金が終了すると、引き続き妻に対し中高齢寡婦加算が年間約60万円、65歳になるまで支給されます。子どもが生まれたとき妻は30歳でしたから、高校卒業時は48歳ですから、65歳までの17年間の合計受取額は60万円×17年=1020万円です。また妻は一生涯にわたり遺族厚生年金が受給できます(実際は夫のねんきん定期便から遺族厚生年金を試算しますが、今回のケースでは、夫のそれまでの平均給与が35万円と仮定して計算します)。

遺族厚生年金は、亡くなった方の厚生年金加入歴に応じて変わります。B子さんの場合、遺族厚生年金は、約43万円です。厚生年金では、被保険者死亡時に厚生年金加入期間が300カ月(25年)に満たない場合、短期要件といって割り増しで遺族厚生年金が計算されるという特典があります。

仮に、当時30歳のB子さんが未亡人になりその後90歳まで生きるとすれば、受け取れる遺族厚生年金は2580万円にもなります。このほか、65歳になると妻自身の老齢基礎年金が満額であれば約78万円程度終身で受け取れます(78万円×25年=1950万円)。つまり、遺族年金だけを考えると5400万円(1800万+1020万+2580万)、老齢年金(1950万円)も加味すれば、7350万円以上ものおカネが、国からの保険で準備できているわけです。

長い時間軸での収支でなく、「単年」で考える

前述した四角形の高さは、「遺族が必要な生活費」と「国の保険」との差分と考えます(国の保険のほか、会社からの遺族への給付がある場合は、それも加味します)。仮に夫死亡後の遺族の生活費が終身で1億円だとすれば、国からの遺族年金保障5400万円との差分である4600万円が民間保険の目安とする考え方もあります。しかし、国の保険は一時金ではもらえず年金として分割でしか受け取りができませんから、何十年もの長い時間軸での収支ではなく「単年」を切り出して考えるほうが理にかなっています。

では、早速単年で考えてみましょう。もし、子どもがゼロ歳の時点で夫が亡くなると、国からの保険は年間約143万円です(遺族基礎年金約100万円と、遺族厚生年金約43万円)。この143万円で万が一の生活にどれほど不足するのか、またその不足は何年続くのか、これが契約当時に想定される四角形の高さとなります。

ここまでAさんご夫妻に説明したところ、Aさん夫妻は契約した当時、詳しい国の保険についてはまったく説明を受けず、どちらかというと一般論的な話で「このくらいの保険が必要でしょう」と勧められた印象が強いとのことでした。「改めて考えてみると、必要以上に大きめの保険に入っていた気がする」と、すでに8年分、これまでに支払った保険料の額を考え残念そうでした。

当時は、子どもをもう1人欲しいと不妊治療を継続するつもりだったというのも事情にあるようです。また、妻は育休中でしたが、2人目の出産も想定していたため、仕事を継続することは積極的に考えていませんでした。しかし、子どもは残念ながら授からず、今は3人家族としての将来設計を考えています。前出のように、B子さんも現在は共働きです。

妻が働いていない場合、どうしても民間保険に頼らなければならない金額が大きくなります。「万が一の場合は、夫に代わって仕事をします」とおっしゃる方は多いのですが、実際夫が亡くなってすぐに働けるのかというと、難しいでしょう。

当時の住まいは賃貸でしたから、Aさんが万一死亡の際には家賃負担の心配もありました。B子さんの実家は現在の住まいから遠く、現実問題として、子どもを連れて戻ることは難しいと考えていました。子どもも小さく、教育資金の準備など不安材料も多いので、漠然と保険に頼る気持ちが強かったのかもしれません。

妻の年収が850万円以上の場合は注意が必要

では、これからについてはどうでしょうか? 「今」改めて四角形の高さを考えてみることにしました。

現在の家族の状況はどうでしょうか。夫Aさんは今も同じ会社で継続勤務中です。妻B子さんは転職をして仕事も順調。むしろ夫よりも高収入とのことです。共働きでの生活も安定し2年前にマンションを購入、共有名義で住宅ローンの返済中です。

今夫が亡くなったら国からの保険がどうなるか、もう一度試算してみましょう。遺族年金は、妻が働いていても受給することができます。現在妻の年収は800万円、会社での成績もよく、今後もさらに頑張りたいと意欲的です。

さて、ここで大きな問題があります。実は国の保険は妻が年収850万円(所得では655万円)を超えると、遺族年金(このケースだと、年間143万円)はまったく受給できなくなるという「しばり」があります。年収850万円もあれば、国からの保険はいりませんよね、という解釈です。これは夫死亡時の妻の年収状況で決定されるので、その後年収が増えたり減ったりしてもその決定が変わることは、原則ありません。

Aさん夫婦の場合、ローンの負担は折半です。団体信用生命保険もそれぞれで加入しているため、夫に万が一のことがあったときでも、妻にはローンの返済が残ります。

また子どもは中学受験を予定しているとのこと。教育資金としての大学進学用の貯蓄は始めていますが、これからかかる塾代や中学・高校6年間学費は夫婦の収入からやり繰りするつもりでいるので、夫が万一死亡となると、子どもの教育は予定どおりにいかなくなります。

このように、国の保険の給付を受けるには条件があります。もちろん国の給付を受けることを優先するために収入を調整するなどナンセンスですから、妻の年収上昇に伴って遺族年金が受給できなくなることも考えたうえで、不足する分は民間保険でカバーするほうが合理的です。Aさん夫婦の場合、結局は、B子さんの仕事ぶりも勘案、最終的にはAさんの死亡保険は、減額どころか増額含みで再検討することになりました。

保険に関する知識を持って、賢く保険に加入したい」という意識が高まることはすばらしいことですが、これらの社会保険の「はざま」を理解せずに万が一の備えを考えてしまうと、大変なことになってしまいます。特に契約後に家計の状況が変わった場合、契約者本人から申し出がないかぎり、契約した保険が不十分になっていてもそのままになってしまいます。

筆者は一般社団法人公的保険アドバイザー協会の理事として、公的保険の知識の普及に努めています。保険の販売サイドの方々にもしっかり国の保険を理解したうえで、顧客に「万が一の際に役立つ保険」を提案していただきたいと思っています。また顧客(契約者)側にも、国の保険給付の内容は、職業や年収によっても変化するということを知ったうえで、自身や家族の万が一」を守っていただきたいと思っています。